2016/01/15 00:00 | 韓国・北朝鮮 | コメント(8)
慰安婦問題の最終的・不可逆的な解決③:合意の問題点
「慰安婦問題の最終的・不可逆的な解決②:合意の内容」(1/13)の続きです。今回が最終回です。
今回の合意によって本当に問題は決着するのか。残念ながら分からない、と言わざるを得ません。
合意事項に「不可逆的」という強い文言を入れて、それを米国を巻き込む形で約束させたとしても、合意の履行が当事者の意思にかかっている事実は動かせません。たとえば韓国側が、日本が合意の精神に反する行動をとったとして、だから韓国も合意に拘束される必要はない、というのも十分にあり得る話です。しかも今回の合意は解釈の幅をもたせて玉虫色にしている面がありますから、結局のところ当事者がどこまで本気で取り組むのか、というところにかかってきます。
なお、合意の実効性を高めるため、共同宣言という文書の形にしておくべきだった、という意見もあります。たしかにそれはそのとおりですが、大きな問題とは思いません。今回の合意事項は、日韓両国の外交当局のHPで、日本語版のみならず、韓国語版、英語版まで即時に公表されており、両国の意思は広く明示されています。ここまでやれば事実上、共同宣言と同等の効力があるといえるでしょう。交渉当事者も共同文書までこぎつけたかったところでしょうが、時間的制約とお互いの国内事情を考慮し、ギリギリの判断で見送ったのだろうと思います。
しかし、こうした合意の不安定性は、日韓の外交当局も織り込み済みです。両国の国民感情を考慮すれば、ある程度の解釈の幅を認めないと合意に達することなどできません。これはイラン核合意にも当てはまることで、ハードな国際交渉では珍しくない話です。完璧な合意など不可能ですから、どこまでベターなものが作れるか、そういう視点でないと生産的な議論はできません。
今回の合意に関して、日韓が合意に反するような行動に出るかどうかですが、これは両国の世論・国民感情にかかっています。まず日本側ですが、この点について最初に念のため述べておくと、外交とは、国民感情や内政事情とは独立して判断すべきもの、というのが古典的な考え方です(「執政権」に関する記事でも述べました)。
基本的には、国民感情や内政事情は外交のプロが考慮する事項ではなく、それを判断する資格も能力もありません。もっとも、現代の民主国家においては、外交が国民感情と内政事情から完全に独立することはできません。国民の支持を得られない外交は力強さを欠きますし、政権の政治責任を問われかねない事態にもなります。日本国憲法において外交に民主的統制が加えられているのはこうした考え方の現れといえます(「執政権」に関するQ&Aでも述べました)。
ただし、国民感情と内政事情をふまえた判断を行うのは、外交当局ではなく、総理をはじめとする政治家です。ここは純粋な外交ではなく、高度に政治的な判断を要求するイシューとなります。
個人的な考えを述べれば、日本の国内世論・国民感情については、あまり心配していません。日本の嫌韓感情は、多分に、韓国側の反日的な行動に対して反射的に発生している面が強いように思われるからです。振り返ると、たとえば金大中政権のとき日本文化の開放が進み、韓国での対日感情が良好になった頃は、日本側でも今日のような嫌韓感情は目立っていませんでした。
近年の韓国の理不尽な振る舞いに対する嫌悪感は、外務省のようなプロ集団の中においてすら相当に高まっていましたが(武藤正敏『日韓対立の真相』の書評参照)、それでも日本においては、政府が韓国の理不尽さをプレイアップして、世論をあおることはありませんでした。これは一般的にナショナリスト・保守主義の政治家といわれる安倍総理も(少なくとも公式には)同様でした。政治家の失言だけが心配ですが、そこは官邸がしっかりと規律を保って抑え込むよう努力する、ということでしょう。
他方、韓国側ですが、彼らの反日感情や従軍慰安婦問題は、韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)のような一部の団体によって増幅されており、さらに政権がこうした団体の動きを支持率を上げるための道具として利用しています(これは前述の『日韓対立の真相』でも指摘されています)。
このような負の連鎖を韓国政府が断ち切ることができるのか、これは難題でしょう。今回の日韓外相会談でも、まず前の記事で述べたとおり、韓国政府は慰安婦への支援を自らの責任で実現することを約束していますが、このためには元慰安婦を説得しなければなりません。
また、大使館前の少女像を「適切に解決」することを約束させていますが、これは挺対協を説得しなければなりません。これができるのかどうか。ここが韓国の正念場となります。特に、最初の記事で述べたとおり、韓国は4月に総選挙を控えていますから、野党と国民が今回の合意をどう評価するかも重大な影響を及ぼします。
そんな状況で、日本としてはどうすべきかということになりますが、日本側としては、この合意の履行を性急に要求して韓国政府を追い込むのではなく、余裕をもって構えることが重要となります。むしろ、韓国政府はよくやっているという評価を強調して、後押ししてあげるような配慮が必要でしょう。
なぜ韓国のメンツを考えなければならないのか、感情的で非合理的な行動をとっているのは韓国に迎合する必要はない、という意見はもっともと思いますが、韓国側の行動様式や考え方を変えることはできません。感情で動く相手に理詰めで迫っても前進しないわけです。客観的な視点で国益を最大化させるためには、正論を押す以外のアプローチも考える必要があります。
なお、正論だけを押すだけでは十分に有効とはいえないのは、米国人に対しても同じことがいえます。政権内にいる人たちは、米国はもちろん、韓国ですら、過去の問題をこじらせることの不毛さをよく理解しています。
問題は議会、市民です。いかに政権の実務担当者あるいは大統領のようなトップが理解していても、議会や世論から突き上げをくらうとどうにもなりません。そして、議員や市民は、歴史の機微を理解しません。日本とまったく関係のない米国人に極東の小国の歴史を勉強する理由や機会はないでしょう。彼らは理屈ではなくイメージで判断します。いくら正論であっても難しい話を理解することは彼らにはできません(その気もない)。
もちろん、だからといって、説明を続ける努力を放棄する理由にはなりませんし、諦める必要もありません。自らの立場の説明は続けるべきです。ただ、相手が間違っていると言い続けるだけでは事態は変わりません。そういう正攻法の努力だけでなく、別のアプローチも必要になる、ということです。
今回の一件については、まず①最初の記事のとおり、米国の後押しと韓国の方針転換のシグナルがありましたから、ここは乗っかるというのが常道となります。その結果、②2回目の記事のとおり、日本としてはこれまでなかった以上に有利に交渉を進め、韓国側から相当の譲歩を引き出しました。
残る問題は、③今回の記事のとおり、韓国世論がどう動くかです。日本としては、これができるだけ有利な方向に動くよう誘導する他ない、ということに尽きるでしょう。
最後に付け加えると、北朝鮮の核実験は、日韓両国が米国とともに連携を強める方向に働きます。朴政権のハードライナー路線も支持を強めることになり、4月の総選挙に追い風になるでしょう。そうなれば韓国政府としても、世論を抑えて、今回の合意を履行することが容易になります。このような外的な環境の変化を活かすという視点も重要です。
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8 comments on “慰安婦問題の最終的・不可逆的な解決③:合意の問題点”
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>>これができるだけ有利な方向に動くよう誘導する他ない・・
と・・
韓国側も分かっているだけに・・足元を見られる半面もある・・足をすくわれかねない・・恐れもある・・
やはり・・
「日本政府は、緊急時に通貨を融通し合う「通貨スワップ(交換)」の日韓協定について、韓国政府から正式要請があれば再締結に応じる方針を固めた」産経
協定するにしても・・十億円支出するにしても・・像は撤去済み・・にならねば・・担保物件がいつまでも消えない。
韓国政府が自ら招いた愚かな政策の付け馬に・・七転八倒・・してもらわねばならない・・ここは日本政府は冷酷な金貸しに徹する場面・・・(笑
日韓スワップ。ウォンを貰っても何に使うんですかと。使い途ない。メリットない。中国とスワップやってるから、下がり続ける人民元をウォンで買い支えたらどうですかと。
>政治家の責任…新聞や雑誌読んで、こう発言すれば国民が喜ぶと考えてるレベルの政治家に、官僚がlectureし、誘導してるくせに、よく言いますね。
>国益…戦前の日本は、原爆を落とされても仕方ないという「悪の帝国」認定の口実を与えることが、国益なのか。
>歴史の機微…事実を提示するだけでいい。それが交渉だ。
>韓国世論がどう動くか…韓国に「言論の自由」がないのに考えるだけ益もなし。日本が誘導など出来る筈もなし。
「国連事務総長は小国から出る。韓国からは出ない」…外務省の分析力なんて、こんなレベル。
解説頂きありがとうございます。
外交当局者の、苦しい胸の内を垣間見た気がします。
韓国ネタは盛り上がりますね。
嫌韓感情は、反日に対する反射的なレベルに留まらなくなってしまっているのかもしれません。。
しかし韓国には、北朝鮮と対峙し緩衝となってもらわねば困るわけで、
上っ面の近所付き合いであっても続けていかなければいけないのかな、
と思う次第です。
翻って韓国側は軍事はアメリカ、経済は日本にその安全保障を依存している状況でどうしたらこういう出方になるのか、意味不明でもあります。
中国主席との同床異夢からも醒めてきたことでしょうし、
まともなお付き合いをして頂くことを願います。
どの国の国民も自分のルーツを捜す。アイデンティティーを捜す。中東も同じ。しかし、アメリカは、そこに手を突っ込む。「安倍は、何故、靖国に行くんだ?何故、教科書を書き換えるんだ?歴史修正主義者か?」
So what?だから何んだと。アイデンティティーは、その国の国民に任せればいい。しかし、日本の歴史はアメリカが決める。
麻生がスワップに前向きらしい。チョン企業の株をアメリカが持ってる。「日本の金でチョンを助けろ」というアメリカ。チョンを反日にしたのもアメ公。中国で大儲けしたチョンを日本が助けろというのもアメ公。
サダムフセインの圧政からイラク国民を解放したと言いイラク占領したアメ公。世界からすれば、何、お前、恩ぎせがましいこと言ってるんだとなるが、アメ公は本気で思ってる。中東を血まみれにしといて、アメ公は、何ら矛盾を感じない。都合の悪いことは忘れ、理想主義を語る。
アメ公は、米国法・ワシントンの意思が、外国法より優先すると主張する。ワシントンは、まずスイス政府に、スイスの銀行の機密法を廃止することを強制した。他国の民主主義を否定してる(笑)。ワシントンは、FBI職員をスイスに派遣して、スイス国民を逮捕する。
ワシントンの対イラン経済制裁にフランスが非協力だとフランスの銀行に90億ドルの罰金を課した。
アーミテージ国務副長官はパキスタン大統領に、「言う通りにしないと爆撃して、石器時代にしてやる」と。
アメリカは地域の覇権を許さない。分断し互いに争わせて置くことがアメリカの国益。韓国が永遠に日本に恨みを持つ今回の日韓合意はアメリカの国益に叶う。
慰安婦問題の今度の決着はいくつかの重大な問題を再提起したと言わざるを得ない。
第一になぜ今度の日韓合意に米国を関与させたのかという点。慰安婦問題は日韓の政治問題なのになぜ2国間での交渉で決着できないのか。米国を後見人にように関与させて韓国政府に合意の履行を促したのかも知れないが、これは日本の外交が米国なしでは何もなしえないという致命的欠陥を改めて世界に露呈したに等しい。
要するに日本は世界では半人前の国だということ。米国さえ押さえれば日本はなんとでもなる。中国を始め、主要国が日本を舐めきっているのも当然。
第二は国家国民の名誉にもかかわる重大な問題を何故ここまで放置していたのかという点。
日本政府は韓国側がこの問題を蒸し返した時に解決済みとして十分な反論もせず放置した責任は重大。早い段階で潰すべきだったにも関わらず対処しなかった外務省の責任は免れない。十分な調査、責任の所在を明確にし二度とこのような大失敗を繰り返さないようにする必要がある。
第三は今度の合意の履行を担保する手段を日本政府が有していないこと。慰安婦像の撤去(移転といった政治家がいたが移転と撤去とは全く意味が違う)は韓国政府の努力にゆだねるというのでは話にならない。特に撤去すべきは韓国以外の第三国にある慰安婦像だがこれについては触れていない。海外での教科書の記述は勿論、公的な出版物における慰安婦の記述の訂正など、対処すべき課題はたくさんある。これらを韓国政府に実行させる手段がないこと。強制力のない政府間合意などほとんど無意味。日本の外交の致命的な弱点。
第四に虚偽の話であっても世界に喧伝し日本政府を非難し続ければ必ず日本政府が折れて見返りがあるということを韓国側が確信したこと。これで第二第三の慰安婦問題が提起されることは確実。次は戦時中の朝鮮人強制労働問題かもしれない。
要するに日本は世界では半人前の国だということ。米国の後ろ盾がなければ重大な外交交渉は何もできないということ。中国を始め、主要国が日本を舐めきっているのも当然。(その理由についてはここでは触れない。)
作り話を真実と認め、謝罪するような筋の通らないことをやっている国はこれから増々世界中からたかられ、内部から浸食されいずれ滅びると思うのは私だけか。
韓国との今回の合意で台湾がどう出るのかわかりませんが、台湾では前回、世論が台湾の従軍慰安婦問題を押さえました。
台湾は2次大戦後に蒋介石率いる国民党が大陸から逃れて長期間戒厳令を敷いた歴史がありますが、日本が統治した時代は決して植民地とは言わず、日本統治時代、もしくは日本時代と言っているそうです。
日本統治を植民地と呼ぶ韓国と呼ばない台湾。どうしてこのような違いが出てくるんでしょうかね?韓国は外交で現実的にお金が欲しい?それとも、ステレオタイプになりますが”怨”の文化・国民性/民族性なのでしょうか?
>韓国側が、日本が合意の精神に反する行動をとったとして、
>だから韓国も合意に拘束される必要はない、というのも十分にあり得る話
むしろこれが想定されるシナリオとしての基本ラインなのではないでしょうか。
本来ならば「完全かつ最終的に決着」した話について改めて合意を形成するという事そのものが既に韓国側の我儘に対する日本側の譲歩なわけです。そうであるならば「韓国が合意を反故にした場合の日本側の対応策(オウム返し戦略的な意味での報復)」を十分に準備した上での合意であるべきだと思います。二の矢、三の矢を構えることなく、お互いに一の矢を引っ込めただけで、めでたく握手ということを期待するのは甘い考えのはずです。
このあたりはどうなのでしょうか。
「韓国側はどうせ合意など反故にするだろう。その場合はこういう戦略でいくぞ」というような想定シナリオ集のようなものは日本側には準備されているのでしょうか?
そこがいちばん心配になります。
また、日本側にとっての最大の損失は「イメージの悪化」であって、「条約で決着済」というラインを守ればそれでいいという話ではないはずです。第三国に対するイメージの悪化を防ぐことができないのであれば、外交戦略的には敗北しているとも言えるわけです。このあたり「合意で韓国をなだめることが出来てよかった」では済まない話であるかと思うわけです。
イメージ攻撃という意味での攻撃を韓国側からしかけられているという状況そのもについては根本的には変わっていないわけですから、それを頓挫させる反撃策が必要であるという日本側の立ち位置も根本的には変わっていないはずです。
意味のある合意であることは確かだと思います。しかしながら「大きな構図の中における小さな合意でしかない」という点は確認しておく必要があるかなと思います。
詳しい解説、有り難う御座いました。
しかし、あれですね、日本側には結果が伴ってないから、言い訳を聞いているような感覚になります。
結局、今回の合意後も通貨スワップ等、韓国に利用されるだけで終わりそうな予感がしますな。
海外で反日・侮日を繰り返し、日本を弱体化させようとする韓国を助けるより、逆に韓国を弱体化させる政策をとるほうが良いのでは?