2016/01/05 00:08 | 韓国・北朝鮮 | コメント(3)
慰安婦問題の最終的・不可逆的な解決①:合意に至る経緯
■日韓外相会談(2015年12月28日付外務省HP)
■日韓両外相共同記者発表(2015年12月28日付外務省HP)
昨年の終わりにあった大きなサプライズです。色々な方から論評のリクエストがあったので、まず合意に至る経緯を整理してみます。まず、今回の合意をもたらす大きな原動力となったのは、何と言っても米国の関与と考えられます。
合意の発表直後に、ホワイトハウスと国務省が相次いで声明(ライス大統領補佐官のステートメント、ケリー国務長官のステートメント))を発表しました。本件のような純粋に二国間の問題に対して、米国が、直後のタイミングに、これだけ高いレベルの声明を発出するというのは、極めて異例です。
また、日韓の外交当局は共同記者発表の英語版を即時に公表しました(日本外務省のウェブサイト、韓国外交部のウェブサイト)。合意には「今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える」という事項が含まれています。さらに、詳しくは次回述べますが、「不可逆的」という表現を用いています。
これらは、日韓両国が米国の目線を強く意識していることの現れと考えられます。米国は、「Pivot to Asia」「Rebalancing」と唱えて、アジア重視の政策方針を明らかにしながらも、自らが地域の問題に首を突っ込むことは回避する慎重な態度をとってきました。
中東にも言えることですが、自らが手を汚す形でリスクをとることを避けるオバマ政権のアプローチの特徴といえます。もっとも、これは、昨年末に和訳版が出たイアン・ブレマー『スーパーパワー Gゼロ時代のアメリカの選択』が指摘するように、オバマ大統領の個性というよりは、近年の米国に本質的に内在する傾向といえるのかもしれません。
域外の問題に対して、自らが表立って主体的に関与することを避けたい米国は、地域の友好国が自律的にその地域の問題を解決することを望んでいます。中東ではサウジ、エジプト、トルコ、イスラエル(これに今後はイランが加わる可能性)、アジアでは日本と韓国が頼みとするパートナーになります。
アジアでは、中国がサイバー戦争、南シナ海、AIIBといった問題において、既存の秩序に挑戦する姿勢を強め、北朝鮮も金正日が死去して状況が不穏になる中で、米国としては、日本と韓国が共同して問題に当たって欲しい、少なくとも不安定要因となることは勘弁して欲しい、という思いがありました。加えて、「オバマ政権のレガシー」で指摘した現政権のレガシー志向があります。このように、日韓関係の改善への期待を高める米国は、14年3月に日米韓首脳会談をアレンジしたように、積極的な関与の姿勢を強めます。
さて、韓国はといえば、ご承知のとおり、従軍慰安婦問題が解決しない限り首脳会談が実現することはない、と明言して、自ら門戸を閉ざしていました。日本側としては、韓国が姿勢をあらためない限りどうにもできない、というのがこれまでの基本的な構図になっていました。
しかし、この韓国の強硬な姿勢は今年後半になって急激に変化しました。その端緒となったのは昨年11月の安倍首相・朴槿恵大統領にとって初の日韓首脳会談です。おそらく会談のアレンジの時点で日本側は今回の合意に至るシナリオを描いており、だからこそ韓国も応じたのでしょうが、首脳会談の実現にこぎつけたこと自体が大きなモメンタムとなります。
そして、12月の産経新聞ソウル支局長の無罪判決、さらに続いて憲法裁判所が請求権協定の違憲性を判断しないと決定するという、驚きの展開を迎えます。韓国側の方針転換が明らかになり、しかも一気にスピードを上げてきたことが分かります。あとは、日本側がこれにどう応えるのか、という局面になります。
韓国側の決断の背景に何があったのか。まず前述のとおり、米国からの働きかけの効果が大きかったとみられます。韓国の中国への傾斜により米国との関係が厳しさを増す中で、北朝鮮の脅威の高まりやTPPの合意は韓国にとって関係改善に向けた大きなプレッシャーになりました。
また、歴代の韓国政権は、支持率が低迷すると反日感情に訴えるというポピュリスト的なアプローチをとっており、特に朴政権はその傾向が目立つ政権でした。しかし、最近、この手法の限界も見えてきました。
さらに、韓国では今年4月に総選挙が控えていますが、朴政権の支持率は高いとはいえないものの、概ね45%を上回る水準で安定的に推移しています。これに対し、野党新政治民主連合は党内分裂により勢いを欠く状況にあります。
今回の合意における最大のリスクは韓国世論のバックラッシュですが(これは次回述べます)、現在の野党側の混乱にかんがみれば、次の選挙で大きな悪影響が及ぶ可能性は低い、むしろ、外交の成果としてうまくアピールすればさらに支持を伸ばすことができる、これが政権の読みだったのでしょう。
では、日本の対応は・・といえば、今回の合意事項ということになるのですが、長くなってしまったので、続きは次回にします。
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3 comments on “慰安婦問題の最終的・不可逆的な解決①:合意に至る経緯”
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タイムリーな解説を頂きありがとうございます。
英語版をざっと見た限り、私見ですが韓国側がかなり譲歩したのではないかと感じています。
安倍首相の謝罪の言葉や、軍の”involvement”を認めこそすれ、強制性などの記述はありません。
日本政府は10億円を拠出しますが、”finally and irreversibly”とあるように、
韓国側に慰安婦カードを放棄させることに成功したように見えます。
少なくともこの合意に関して、日本は大分上手くやったように思いますが、
JDさんのご意見は如何に。。
次の記事が楽しみです。
いつも明瞭簡潔な解説ありがとうございます。
おかげ様で慰安婦問題の合意について理解が深まりました。
しかしながら、サウジとイランなど次から次へと事件が起こり気が休まらないですね。
>憲法裁判所が請求権協定の違憲性を判断しないと決定・・・・・
うかつにも、知りませんでした。
韓国・北朝鮮関連は腹立たしいニュースが多いため、あまり読む気がしなかったため。
ネット保守の方々の怒りのコメントが沸騰していたため、右翼・保守の仮面をかぶる(実は、米国基準で見れば穏健派だと思います)安倍政権グッド・ジョッブなんだろうと発表時から見ています。
次回の卓見を楽しみにしています。