2016/07/27 00:00 | 中東 | コメント(4)
トルコのクーデター未遂と非常事態宣言
■ トルコ大統領、非常事態宣言を発令 クーデター未遂受け(7月21日付ロイター)
週末の7月15日に突然発生したクーデター未遂。
その後のエルドアン大統領の反対派を制圧する動きは凄まじく、軍人、裁判官ら数千人を拘束、さらに警察官、公務員、教員も含めると6万人に解職・停職処分が出されたといいます。
コメント欄で皆さんからいただいた質問も含め、重要なポイントを整理します。
●クーデターの背景
これまでお伝えしているとおり(「トルコの政策金利据え置きと総選挙」、「トルコ総選挙」、「トルコの再選挙」)、エルドアンは憲法改正によって大統領の権限を強化し、スルタンのごとくトルコに君臨することを追求してきました。
そのために選挙を行い、敗北すると、連立政権が樹立できない状況を逆手にとって、何と5か月後に再選挙を行うという離れ業。これにより過半数を回復しました。
その後も、政権批判するメディアを抑圧し、憲法改正に慎重だったダウトオール首相を退任させて腹心のユルドゥルムを後任に据え、またテロの頻発を受けてクルドへの抑圧を強めるなど、その強権を一層強めていました。
こうした独裁色を強める中で反対勢力が見切り発車でクーデターを強行したというのが大筋でしょう。
なお、エルドアンのイスラム主義に対する世俗主義の反発がクーデターの要因だったという報道を多く見ます。たしかに過去に発生したクーデターはそうした性格をもっており、今回もそうした面があることは否定しません。
しかし、そもそも与党AKPは中道的なイスラム主義を掲げて多くのトルコ国民の支持を得てきた政党です。トルコには建国以来アタトゥルクが導いた急速な政教分離に違和感を抱いた人々が数多く存在しています。そしてAKP政権下でトルコは劇的な経済発展を遂げ、国民の支持は安定的に拡大していました。
また、エルドアンが最大の標的にしているギュレン師は、穏健なイスラム主義を唱道してきた人物です。世俗主義に対抗するという立場においてはエルドアンのAKPと共闘する関係にありました。
以上からすると、クーデターの原因は、世俗主義からの反発というよりは、エルドアン個人への権力集中(軍を含むあらゆる政府部門における反対派の排除)に対する反発という面が強く、その本質は権力闘争にあったとみる方が合理的です。
また、クーデター制圧後のエルドアンの反対派弾圧のスムーズさ、国会が空爆されたのに大統領宮殿が空爆されなかったこと、首相が拘束されなかったことなどを理由に自作自演説も流れていますが、以下述べるとおりクーデター未遂によってエルドアンが抱えることになるリスクは極めて大きく、常識的に考えてそのようなアクロバットを行う余裕はなかったと考えられます。
●体制の安定性
これは色々な見方がありますが、反体制派を徹底的に粛清することで短期的には体制が強化されるが、エルドアンの強権に対する反発は高まることになり、長期的にはリスクが高まる、という見方が有力です。
また、政権の安定性とは別に、治安情勢に関しては確実にリスクが高まることが予想されます。まず政権は軍・警察の数千人を拘束していますが、これにより国防・治安部門の機能が低下することが懸念されます。
しかも軍は今回のクーデター未遂により、また警察は今回の事件後に反体制派への強権的な抑圧を強めていることにより、市民の信頼を失いつつあります。今回の事件の前からすでにテロが頻発していた状況からすれば、こうした間隙を反体制派、クルド、イスラム原理主義が突いてくる可能性は十分にあると言わざるを得ないでしょう。
そして、何らかの事件が再び起これば、エルドアン体制への打撃となり、それが更なる弾圧につながる・・・という悪循環に陥ります。
●緊急事態宣言の意味
こうした状況において出された緊急事態宣言。体制の安定、治安の改善を目的としていることはもちろんですが、もう一つ重要なポイントは、憲法改正によって実現する大統領統治システムがうまく機能するかどうかのテストです。
現行憲法下では大統領には儀礼的な権限しかなく、これまでエルドアンは実質的なAKPのリーダーとして事実上の権力をふるって政権を操ってきたのですが、緊急事態が適用される間、エルドアンは大統領として制度的・合法的に権力を行使することができます。これがうまくいけば憲法改正の現実性が増す、そういう計算があるとみられます。
もっとも、これがうまくいくかどうかはまったく分かりません。3か月という明確な期限もあります。エルドアンにとっては大きな賭けとなるでしょう。
●憲法改正
条件が整えば、エルドアンが憲法改正の手続に踏み切ることは間違いありません。
憲法改正の手続は2つあります。1つは議会の60%の賛成を得て国民投票に持ち込む方法。もう1つは議会の3分の2の賛成を得て、国民投票なしで憲法改正を行う方法です。
エルドアンが実権を掌握する与党AKPは、トルコ議会550議席中317議席(57%)を占めており、憲法改正の最低条件である60%には13議席足りません。しかし、最近の情報によれば、極右政党MHP(40議席)の一部議員が協力する姿勢を見せているようです。そうなれば60%に届く可能性があります。
もっともこの状況で国民投票に委ねることはあまりに無謀です。60%を確保したところですぐに手続に移るというわけにはいかないでしょう。
●米国との関係
エルドアン政権は、米国在住のギュレン師がクーデター計画の黒幕だったと主張して、米国に引渡しを求めていますが、米国は証拠の不足を理由に拒否しています。
トルコは、NATOメンバーとして米国にとって長年にわたる同盟国であり、ロシアや「イスラム国」対策において重要なパートナーですが、エルドアン政権の独自外交、クルドへの弾圧を含む最近の強権的な政治運営をめぐり、両国の関係は悪化しています。ギュレン引渡しの問題は両国の関係をさらに悪化させるおそれがあります。
さらに、前述のとおり、トルコの軍の機能が低下し、「イスラム国」との戦いでの役割が期待できなくなるとすれば、米国はクルドに頼ることになります。これにより両国間の緊張はさらに高まることになるでしょう(「トルコとクルド①:PKK攻撃、HDPデミルタシュ党首の起訴」、「トルコとクルド②:クルド人の対立・トルコ政局・イスラム国」参照)。
●EU加盟
クーデター未遂の後、ユルドゥルム首相が死刑制度の復活について言及しましたが、これが実現すればトルコのEU加盟の可能性は完全になくなります。もっとも、いまやトルコはEU加盟をどこまで本気で望んでいるのかという疑問があります。
トルコは既にEUの関税同盟に加入しており、EUの4つの自由のうち①物品の移動は確保しています。後は②サービス、③資本、④人ですが、④人の移動の自由は到底無理でしょう。
3月にはトルコがEUに流民する難民を管理する協定が成立し、それを交渉材料として、EUへのビザ免除を引き出す可能性がありましたが、エルドアンのメディア抑圧やイスラム過激主義の脅威から実現しませんでした。
結論として、EU加盟はもはやモメンタムと関心が失われています。おそらくこれから気にかけることはないでしょう。
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4 comments on “トルコのクーデター未遂と非常事態宣言”
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まだまだ・・
時間が間近・・
キテレツな事ばかり・・
もう少し経てば・・
視点が・・合い始めるのかなぁ・??・・・(笑
なるほどEU加盟は双方もうその気は失せてますね。EUの維持も定かではないし。
劇的な経済成長を実現し、国民に支持されているエルドアンのイスラム主義というのはなかなか理解しずらいですね。そんなに世俗主義に反感があったのか。権力闘争でスルタンのごとくを目指し、イスラム穏健派と対立するようになったというのは権力者の暴走と思いますが、これまで支持されてきたイスラム主義の中味をもうちょっと解説願います。
オスマン帝国の分割の国々で、少数民族扱いされても合計では
2500万人以上とか。 EUというより、イギリスはこの責任を何とか
しないとヨーロッパの人は何がおきているのかわからんでしょう。
ブレ愚ジットなどと勝手を言わずに、イギリスよ何とかしろ!
エルドアンの最大の不評は宗教より、民族問題のように見えます
一方、難民問題に消極的といわれる日本に彼らの国、ワラビスタンがあるとは
しりませんでした。 少しは自慢できる事があるんですね(笑)
私、実は蕨市出身なのですが、ワラビスタン、知りませんでした・・・笑
たしかに、90年代ぐらいからイラン人を沢山見るようにはなりましたね。クルド人と見分けがつかなかったのかもしれません。