2015/08/03 00:00 | 中東 | コメント(1)
トルコとクルド①:PKK攻撃、HDPデミルタシュ党首の起訴
■ トルコ、米軍による基地利用を容認-対IS攻撃(7月24日付ウォールストリート・ジャーナル記事)
■ トルコ軍、シリア国内のISIS拠点を初空爆(7月25日付CNN記事)
トルコが、これまでの方針を転換して、米軍による「イスラム国」攻撃のための基地使用を許可。しかも自らも「イスラム国」に対する空爆を行いました。
「『ゼロ・プロブレム外交』の挫折」でも触れましたが、トルコは、「イスラム国」よりもアサド政権打倒を優先したいこと、「イスラム国」からの報復攻撃を恐れていることから、「イスラム国」への直接攻撃と米軍への協力に対して消極的な姿勢をとってきました。このトルコの方針は非常に固いものだったので、今回の方針転換は驚きでした。
方針転換の契機となったのは7月20日に起こったスルチでの自爆テロです。「イスラム国」は犯行声明を出していませんが、トルコは「イスラム国」によるものと断定しています。
これで、「イスラム国」に対する有志連合の攻撃の実効性が高まると期待されそうです。しかし、事態はそう単純ではありません。
まず、米軍に対しては、基地使用の条件として、シリア国境付近での飛行禁止地帯や「安全地帯」の設置を要求しています。これは自国を「イスラム国」の直接攻撃から守ることを目的としてます。
予想できることではありますが、トルコは依然として自らの安全を第一に考えていますから、これからも、米軍との歩調が完全には合わない可能性があります。
そして、さらに驚いたことに、シリア国内のPKK(クルディスタン労働者党)の拠点に対しても空爆を行いました。この発端となったのは7月22日に起こったPKKメンバーによるトルコ警察官の殺害です。
前述のスルチでのテロ攻撃の犠牲となったのはトルコ在住のクルド人だったのですが、テロ攻撃を許してしまったのは、トルコの「イスラム国」対策が不十分であった(あるいはトルコと「イスラム国」の共謀があった)からであり、トルコ政府のクルド人に対する冷遇に責任がある、と考えられたからです。
「イスラム国」は、先般の邦人人質事件を見ても分かるとおり、こうした形で自らの敵を分断する手口を得意としていますが、トルコとクルド人がお互いを攻撃するのは、まさに「イスラム国」の思うつぼにはまった、といえます(トルコ政府によるPKK攻撃の後、さらに7月31日、トルコ国内でさらに2名のトルコ人警察官がPKK関係者と疑われる者により殺されました)。
さらにいえば、トルコの「イスラム国」への空爆は、実はPKKへの攻撃を目立たなくするための口実に過ぎず、本当のねらいはPKKへの本格的な攻撃にある、という見解もあります。「イスラム国」への攻撃によって欧米の批判をかわしつつ、PKKへの攻撃を米国に容認させるのは、十分に合理性のある政策といえます。
そういうわけで、今回のトルコによる「イスラム国」空爆は、「イスラム国」対策を進める朗報というよりは、クルド人との和平を後退させる残念な結果を招くものになりそうです。
トルコとクルド人との関係については、トルコ国内でも新たな動きが出てきています。
■ Turkish prosecutor launches probe against Kurdish opposition leader: media(7月30日付Reuters記事)
「トルコ総選挙」で述べたとおり、6月の総選挙ではクルド政党HDPが躍進しましたが、そのリーダーである「クルドのオバマ」ことデミルタシュ党首の起訴に向けた捜査が開始されたとの報道。
上記記事で説明したとおり、トルコは国境地帯(コバネ)のクルド人を「イスラム国」から守らなかったのですが、その結果、トルコ国内ではクルド人の抗議デモが起き、死者も発生しました。今回の起訴の容疑は、このデモをデミルタシュが扇動した、というものです。
上記記事で説明したとおり、AKPは総選挙において過半数をとれなかったので、どのような連立を組むのか注目されていましたが、どの野党とも協力することが困難とみられていたところ、組閣をあきらめて、もう一度総選挙をやるのではないか、という観測が有力になっています。
大統領が組閣命令を出して45日以内に組閣ができなければ、大統領は総選挙をもう一度行うことを命令できることになっています。デミルタシュを起訴に追い込んだ後、もう一度選挙を行えば、HDPは10%を超える得票を得られず、AKPが再び過半数を握ることも十分に考えられます。AKP(エルドアン大統領)がこのシナリオを描いている可能性はかなり高いでしょう。
以上のとおり、トルコとクルド人との関係は、「イスラム国」によるテロによりPKKとの和平交渉が崩壊し、6月の総選挙を受けてHDPへの圧迫が危惧される中で、急激に悪化しています。「イスラム国」のテロの可能性もあり、トルコの状況はこれからかなり不安定化しそうです。
クルド人については、今回の記事ではPKKとHDPについて述べましたが、イラク、シリア、イラン等にもまたがって在住しており、それぞれに政治勢力と軍隊が存在します。複雑な状況になっているので、次回はこの点について説明したいと思います。
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One comment on “トルコとクルド①:PKK攻撃、HDPデミルタシュ党首の起訴”
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二面作戦に・・
欧米のマスコミ・・驚いた・・
クルドに対する攻撃のカモフラージュか否かは・・
攻撃を受けたクルド基地の重要性・・不明なのだから・・判断は躊躇が付く。
トルコ大統領の狙いが何処にあるにせよ・・
国内の戦闘に拡大する可能性が高まる・・だけでなく・・軍隊によるクーデターの高まりもある。
いずれにせよ・・長い統治の綻びが目に見えてきたには違いない。