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2015/12/08 00:00  | ロシア |  コメント(18)

ロシアとトルコの激突


「中国とASEAN②」へのコメントでZuciさんから、トルコ・ロシア関係についてご質問がありました。報道を見ても分かると思いますが、現在、両国の関係は、かつてないほどに悪化しています。

ロシアによるトルコ領空侵犯は、今回の撃墜事件より前から何度も行われていました。トルコは、「次にやったら本気で撃墜する」という最後通牒を突きつけていました。日本の報道をみると、トルコが突然に行き過ぎた措置に踏み切ったようにも聞こえますが、トルコにしてみれば、耐えに耐えて我慢の緒が切れたというのが実情です。

そもそも領空侵犯の背景にあるのは、ロシアによるシリア領内の反アサド勢力への空爆だったわけですが、特にトルコが問題視したのはトルクメン人に対する空爆でした。もともと「ロシアによるシリア空爆」で述べたとおり、ロシアの空爆は、実質的には「イスラム国」攻撃ではなく反アサド勢力への攻撃でした。

つまりロシアと米国・トルコとは最初から同床異夢の関係にあったわけですが、トルコ人と同じテュルク系民族であるトルクメン人が支配している領域は、トルコが影響力を行使している戦略的に重要な地域でした。このため当該地域へのロシアの攻撃はトルコにとって許しがたい行為だったのです。

もう一つ問題視されていたのはロシアのクルド人支援です。クルド人は「イスラム国」に対抗する最も有力な勢力ですから、彼らに対する支援は「イスラム国」対策としては合理性があり、米国も支援を行っています。「トルコとクルド①」で述べたとおり、トルコとしてはクルドの攻撃を最優先課題としているため(この方針はトルコの再選挙でAKPが勝利したことにより更に強まっています)、ロシアのクルド人支援はトルコには容認しがたい問題となっていたのです。

さらに、関係悪化の大きな原因となっているのはエルドアン大統領とプーチン大統領の個性です。両者とも強権的な政治運営で「強いリーダー」を演出し、国威を発揚する形で支持を集めてきたタイプのリーダーでした。いわば「皇帝」(「ツァーリ」と「スルタン」)です。それが故に、他国とトラブルがあったときに「弱腰」に見えることを何よりも忌避します。このため、両者の言動はエスカレーションの一途をたどりました。

直近では先週3日のプーチンの年次教書演説がありましたが、ここでプーチンは冒頭いきなり黙祷を始め、「絶対に許さない」という苛烈な言葉でトルコを非難しました。ほとんど戦争を始めかねないくらい勢いをつけた演説でした。

このような激烈な非難の応酬に加えて、実体経済にも影響が及ぶのがロシアによる経済制裁(11月30日付ロイター記事)です。ここで新しくニュースとして入ってきたのがロシアからトルコ経由で欧州にガスを運ぶ「トルコ・ストリーム」の建設中止です。

「トルコストリーム」に関する露土政府間協議 中断(12月3日付Sputnik日本記事)

トルコ・ストリームは、もともとウクライナを迂回して欧州に運ぶパイプラインとして「サウス・ストリーム」(ロシア→黒海→ブルガリア→ギリシャ)が検討されたものの、クリミア危機が発生し、採算性が疑問視されるようになって、またプーチンとエルドアンが良好な関係にあったことから、これに代わるルート(ロシア→黒海→トルコ→ギリシャ)として、昨年12月に両首脳間で合意されたものです。

つまり、このプロジェクトは当時ロシアとトルコの関係が極めて良好だったからこそ決定に至ったものでした。その中止は両国の関係の断絶を強調する象徴的な意味をもちます。

もっとも、トルコ・ストリームも、採算性が疑問視されており、本当に実現するのか分からない面がありました。したがって、今回の中止がもたらす実体面での影響はそれほど大きいものではありません。

ここでもう一つ注目したいのは、ロスアトムがトルコ南部アックユに原発を建設する計画が中止されていないことです。「サウジアラビアとロシアの接近」で述べたように、ロスアトムは世界トップクラスの原発メーカーであり、世界中で原発の輸出を展開し、制裁に苦しむロシア経済の中で希望の星ともいえる存在です。トルコの原発建設の中止は、トルコ・ストリームと違ってロシア経済にとり大きな打撃となります。

こういうところを見ると、さすがにロシアも、経済が厳しい状況にあることから、現実的な対応をとっているように見えます。たしかに冒頭に述べた背景事情と両首脳の非難の応酬をみていると、当面は関係改善の目処は立たないと思われます。

しかし、これは、両国とも「皇帝」としての威厳を保つための国内的な配慮と外交上の地位を有利に進めるためのポーズという面が強いです。このためロシアも実体経済に影響が及ぶ段階までは踏み込んでいません。こうした状況にかんがみればおそらく軍事衝突が起こるレベルまで深刻化することはないと考えられます。

最後に一つだけ述べると、今回の事件の背景として、ロシアとトルコの歴史的な関係の悪さを指摘する意見を見かけます(池上彰氏など)。たしかに両国は、第一次世界大戦以前、オスマントルコと帝政ロシアの時代において、クリミア戦争、1877年の露土戦争含め、数限りなく戦火を交えてきました。これはこれで一面の真実ではあります。

しかし、第一世界大戦より後は武力衝突はなく、この50年間、両国の関係は基本的に良好でした。特に経済交流は極めて活発に行われ、それに伴って人的交流も発展しています。現代においてロシア人とトルコ人がお互いを敵視しているということはありません。最近では、前述のとおり、プーチンとエルドアンという最高指導者の関係も良く、トルコ・ストリームという首脳間の信頼関係の賜物も生まれました。

このように現代史を見れば、両国が構造的に対立している関係にあったとは到底いえません。第一次世界大戦以前のオスマン朝とロマノフ朝の対立を引っ張り出して、今回の衝突に関連づけるのはこじつけというか、ミスリーディングです。現代の動きを丹念に見ていない人が、半知半解の歴史の知識を披露したかっただけと言われても仕方ないでしょう。

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18 comments on “ロシアとトルコの激突
  1. oda_susi より:
    、、、

    すいません、私は現代も近代も何もかも、基本知識不足が故に、解釈以前の状況でした、、、

  2. パふ より:
    NATOの関わり

    いつも勉強させていただいています。

    こちらの記事ではあまり触れられていませんが、この二国間の問題に対するNATOの関わりはどういうものなのでしょうか?お時間のある時にコメント頂ければ幸いです。

    また、仏の国民戦線についてもお話を伺えるとありがたいです。

  3. deco21 より:
    そうだったのか!

    この解説が無料で(自分はメルマガ会員ですが)読めるとは本当にありがたいです。大変勉強になります。

  4. JFKD より:
    呉越同舟 本当はどこを爆撃したいの?

    露土仏英米はシリアでどこを支援しているのかにより、攻撃対象が違うわけで、ISに対しては申し訳程度の攻撃で済ましている印象ですね。基本はアサド政権を支援するシーア派イランと、反イラン・アサドのISを支援するスンニ派(湾岸)サウジと言う構図ですよね。こりゃ役者が多すぎて勢力均衡作用が働いてしまい、どこも真剣にISだけを殲滅するという気はなく、生かしておいて利用するという意図が見え見えですね。全員手を引いて、昔ながらにフセイン、アサドの(毒ガス使用も含む)なすがままにさせていればこんな大量に難民が発生することもなかったと思ってしまいます。介入している国が負担すべきですが、欧州より先に、まず最初にイラン、サウジ、が難民を受け入れるのが筋だと思うのですが。できなければ相当の資金を出させるとか原油で払わせるとか。しかしここはあまりに多くの国が介入し思惑が重なっている火薬庫になってしまい、どうも他に飛び火する雰囲気がある。

  5. JD より:
    oda_susiさん

    いえ、私もこころがけていますが、分からないことは分からないと自覚する素直な態度が大事と思います。
    半可通とか知ったかぶりが一番危険です・・

  6. JD より:
    パふさん

    NATOですが、ロシアはNATOに対して極めて強い警戒心をもっています。
    トルコはNATOのメンバーですが、このことは、ロシアがトルコに対して武力攻撃に踏み切ることを妨げた(つまりNATOが抑止力として働いた)とみることができると思います。

    フランス地域圏選挙ですが、13日(日)の決選投票が終わらないと最終結果は分かりません。ここは色んな分析がされていますが、最終的にFNが後退する可能性もかなり高いようです。

  7. JD より:
    deco21さん

    ありがとうございます。有料化した場合にもお願いします(笑)。

  8. Zuci より:
    なるほど!そして、また質問です・・・。

    JDさん。早速の掲載、ありがとうございます。
    「「皇帝」としての威厳を保つための国内的な配慮と外交上の地位を有利に進めるためのポーズ」とのご指摘はとても分かりやすく、腑に落ちました。

    実際に、様々なプロジェクトの実態や進捗を丁寧に見ていくと、ロシアの思惑もわかりやすく勉強になります。

    また、私もパふさんのご指摘のように、NATOの一員であるトルコとそうでないロシアとの関係も気になっています。利権争奪絡みで、米国の思惑を反映してトルコが動いている、というようなことはないのでしょうか?興味があります。

    いつも、視野が広く、俯瞰的にかつ適切な時間軸で捉えられていて、わかりやすく勉強させていただいています。これからも楽しみにしています。

  9. JD より:
    JFKDさん

    やはり米国の介入が遅すぎたのでしょうね。
    元を正せばアラブの春が問題だったわけですが、それは言っても仕方ない話ですから、ここはやはり米国に期待するほかなかったのだろうと思います。

  10. ペルドン より:
    JDさん

    風邪でダウン・・
    このコメントはしんどい・・腹が立つから・・
    胸毛・・生やしてやったぞ・・・(笑

  11. JFKD より:
    貿易と安全保障

    一昔前は、貿易関係があれば平和に資すると言われましたが、今は経済制裁をされたくなかったら言う事を聞け、さらには中国のように領土をよこせとなるわけです。残念ながら中国進出企業は最後は助からないでしょうね。世界の警察官をやったことがない中露はヤクザのようなものだし、領空侵犯などという意識はさらさらなくトルコの最後通牒など眼中にないどころか謝罪を要求する。逆の場合は民間機にも警告なしで撃ち落とす。これでは日露平和条約はたとえ締結しても守られないでしょうな。トルコは賢くもNATOに加盟していた。EU加盟はフランスの反対でとん挫したが、もうそういう状況ではないですね。日本もあわよくばTPPを太平洋条約機構(NATO支部?)に持って行きたいところですが、見込みはどうでしょうか(笑)。

  12. JD より:
    Zuciさん

    米国やNATOとしては、ロシアと事を構えたくはないので、トルコの行動は正直迷惑だったと思いますね・・ロシアも米国も、まさか撃墜までするとは思わなかったでしょう。

  13. JD より:
    ペルドンさん

    大丈夫ですか?お大事に・・
    腹が立つ、胸毛・・なぜですか??

  14. JD より:
    JFKDさん

    私は、ロシアとはもっとうまくやった方が良いと思っているんですよね。話ができる人たちと思いますから。今の日本外務省のロシアへの態度は非常に厳しくて、仕方ない話ではありますが、やや違和感をおぼえます。

  15. ぺるどん より:
    髭と宗教心 コラム

    腹立つ・・コメント上手く書けない・・
    八つ当たり・・JD・・髭の代わりに・・胸毛はやしている・・

  16. ペルドン より:
    JDさん

    ①腹が立つ・・コメント上手く書けない・・
    ②八つ当たり・・「コラム髭と宗教心」・・において・・
     JDは髭の代わりに・・ 胸毛をはやしている・・と書いた。
    ③コラムを読め・・・(笑

  17. JD より:
    ペルドンさん

    髭、そうでしたか。サムソンの髪の毛のようにパワーアップされんことを(笑)。

  18. パふ より:
    コメントありがとうございました。

    コメントありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。

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