プロが語る国際政治・経済・金融の最前線!

The Gucci Post [国際政治・経済・金融 × プロフェッショナル]

2015/07/21 00:00  | 中央アジア |  コメント(2)

中国・中央アジア・トルコ②:トルコ系民族の興亡(前編)


暑い日が続きますね。三連休、いかがお過ごしだったでしょうか。

さて前回の記事の続きです。今回は、トルコ(Turk(テュルク))系民族の歴史をふりかえります。

まず、中国と中央ユーラシアのトルコ系民族について。こちらは、主に中国の史料から明らかにされます。

中央ユーラシアでは、紀元前4世紀、騎馬遊牧民の「匈奴」が最初の遊牧民帝国を築き、たびたび華北(中原)に侵攻して都市文明を脅かします。

1世紀末になると、別の遊牧民の「鮮卑」が有力になります(なお、一説には、鮮卑と後漢に撃破され中原から姿を消した北匈奴が、4世紀にヨーロッパに出現した遊牧民フン族であるとされます)。鮮卑は、五胡十六国時代(4世紀~5世紀)に匈奴ら他の異民族と争いながら華北において勢力を伸ばし(「五胡」とは匈奴、鮮卑、羯、氐、羌)、南北朝時代(5世紀~6世紀)に有力な北朝の王朝(北魏、北周・北斉)を建てます。

一方で、中央ユーラシアでは、5世紀に鮮卑の一部族である「柔然」が帝国を築きます。指導者の社崙は「可汗」という新しい王号を用いて、これが中央アジアの遊牧民に広く利用されるようになります。後述しますが、太宗は、中華の「皇帝」と遊牧民の「可汗」の二つの地位を占め、中国と中央アジアの両方を支配した史上初めての君主として、「天可汗」という尊称を贈られます。さらに、その後、「可汗」は、モンゴルの「ハーン」に受け継がれます。

このように、6世紀までは、匈奴と鮮卑という強力な遊牧民が帝国を築く一方で、テュルク系民族は「高車」と「丁零」といった勢力がありましたが、匈奴と鮮卑ほど強力な帝国は築いていませんでした。しかし、552年、柔然の奴隷であった「突厥」が柔然を滅ぼし、テュルク系民族による最初の遊牧民帝国を築きます(なお、一説には、西方に逃亡した柔然が、6世紀にヨーロッパに出現した遊牧民アヴァール人であるとされます)。

高車、丁零、突厥はいずれもテュルクの漢字表記と考えられています。中国の史書によれば、高車と突厥の始祖が狼とされていますが、これはテュルク系民族に共通する神話であり、現代のトルコ共和国も狼を民族の象徴としています。

ここに至り、中国・中央ユーラシア地域は、中央ユーラシアの突厥(トルコ帝国)、華北の鮮卑(北魏、北周・北斉)、華南の漢族(宋、斉、梁、陳)という3つの帝国が鼎立する構図となります。

突厥は、北周と北斉の対立関係を利用して優位に立ち、中央ユーラシアを支配します。しかし、突厥が東西に分裂し、鮮卑系である北周の楊堅がを建て、南北を統一したことで、突厥と鮮卑の力関係が逆転します。

東突厥」は、隋の後に成立した同じく鮮卑系王朝である唐の太宗により滅ぼされます(このとき太宗は、前述のとおり、中国・中央ユーラシアに君臨する「天可汗」となります)。「西突厥」は、8世紀に別のテュルク系民族である「九姓鉄勒」すなわちウイグル人に滅ぼされます。

ウイグル人は一大勢力を築きますが、この帝国は、9世紀にやはりテュルク系民族であるキルギス人に滅ぼされます。このとき逃れたウイグル人の一部が現在の新疆ウイグル自治区の領域に定住したことで、この地域はトルコ語が話される地域となり、「東トルキスタン」と言われるようになりました。ちなみに遊牧民からオアシスに定住を果たしたウイグルは高度な文化を育み、後にモンゴル帝国の官僚制を支えることになります。

また、ウイグルの崩壊後、突厥系のカラハン朝が勢力を増しますが、この王家がイスラムを受容したことで、その後のテュルク系民族のイスラム化を決定付けることになります。これについては次回の西アジア編で述べます。

一方で、唐に組み込まれた突厥の中で、沙陀族出身の李克用(「独眼竜」と言われた名将)が台頭します。李克用はライバル朱全忠との戦いに敗れ、その朱全忠は唐を滅ぼし、後梁を建国しますが、その後、李克用の息子の李存勗後唐を建てます。

さらに、石敬瑭後晋劉知遠後漢を建国しますが、李存勗、石敬瑭、劉知遠という3人の皇帝はいずれも突厥系でした。「五代」のうち3つの王朝(後唐、後晋、後漢)がテュルク系民族だったわけです。後漢は漢族の郭威に滅ぼされ、五代最後の王朝である後周が成立し、ここにおいて突厥が中原を支配した時代は終焉を迎えます。

なお、この後中国は、宋(漢族)を経て、遼(契丹)、金(女真)、元(モンゴル)と異民族の時代が続き、明(漢族)が奪回した後、清(女真族)の時代に至ります。次回は西アジアについて書きます。

メルマガ「世界情勢ブリーフィング」をお読み頂くにはご登録のお手続きが必要です。
既にお手続き済みの方はこちらから今月の配信済みメルマガの確認と再送信が行えます(ログインが必要です)。

お申込みについてはこちらをご参照ください。

当社に無断で複製または転送することは、著作権の侵害にあたります。民法の損害賠償責任に問われ、著作権法第119条により罰せられますのでご注意ください。

2 comments on “中国・中央アジア・トルコ②:トルコ系民族の興亡(前編)
  1. sissi より:
    再度、学習

    高校一年の世界史の時間を思い出しつつ。
    最も苦手な時代(理解するのに)だったかもです(苦笑)

  2. JFKD より:
    白人、黄色人

    外見上トルコ人は白人に見えますが、テュルク系の突厥・高車・丁零・ウイグル・キルギス・カラハン朝は白色人種で、他の匈奴、鮮卑などは黄色人種と考えていいのですか。前者はトルコ語で後者は日本語と同じツングース系のアルタイ語と思われますが。アッティラに従軍したのは前者でハザールもこれに属し、後者は参加しなかったのでしょうか。

コメントを残す

* が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

いただいたコメントは、チェックしたのち公開されますので、すぐには表示されません。
ご了承のうえ、ご利用ください。