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2015/10/05 00:00  | 中東 |  コメント(2)

ロシアによるシリア空爆


オバマ米大統領、ロシアのシリア空爆を批判(10月3日付ウォールストリート・ジャーナル記事)

1979年のアフガン侵攻以来の他国領域への軍事介入というロシアのシリア空爆ですが、「イスラム国」ではなく他の反政府組織、しかも米国が軍事訓練を提供していた勢力を対象としているということで、米国が激しく反発しています。

そもそもロシアは一貫してアサド政権を支持してきており、今回の空爆もアサド政権支援を目的としていることは明らかでしたから、ある程度予想できた事態ではあります。トルコが「イスラム国」空爆という名目でPKK(クルド)攻撃を行った構図と非常に似てますね。

ロシアの行動原理については、様々な憶測がされていますが、①シリアでの影響力確保(タルトゥースの軍港の維持、ラタキアでの空軍基地建設)、②国内での権力強化の2点がよく指摘されているポイントです。両方とも当たっていると思います。

もっとも、②国内対策については、ウクライナと違って、シリア問題に関心のあるロシア国民はせいぜい3割と言われているので、国威の発揚とか国内の不満の解消という意味合いはそれほど強くはないかもしれません。ただ、最近の注目すべき動きとして、チェチェン人を主力とする勢力とタジク人を主力とする勢力がヌスラ戦線(アルカイダ系の反政府組織)に忠誠を誓ったことがあります。

チェチェン人とタジク人のイスラム過激派は、ロシア国内で最も警戒を必要とする勢力であり、これらの過激派はすでに多数がシリアに流れ込んでいます。彼らがシリアのテロ勢力と合流し、ロシア領内に再び潜入してテロ活動を行うことが懸念されるところ、ロシアとしては、あらかじめシリア内の関係する反政府勢力を叩くという行動に大きく傾いたと見られます。

しかし、米国としては、自分たちが肩入れしている反アサド勢力がロシアに叩かれることに対して不満を述べるのは分かりますが、「トルコのゼロ・プロブレム外交の挫折」で述べたとおり、そもそもシリア問題の難しさは、反アサド派の中に、「イスラム国」、他のアルカイダ系組織、ジハード主義勢力、欧米が支援する「穏健な反体制派」が混在しており、その識別が困難な点にあります。

実際のところ、現状においては、シリア人の多くは傭兵化しており、金を出してくれるところであれば、「イスラム国」でもヌスラ戦線(アルカイダ系)でも自由シリア軍(米国が「穏健な反体制派」と認定している勢力)でも良く、これらの勢力の間を自由に行き来していると言われます。

自由シリア軍はシリア国軍の軍人が母体ではありますが、テロリストまがいの残虐行為も行っていると言われており、シリア国民の支持を得る正当性がどこまであるのかも不明です。このため、ある意味では、自由シリア軍をはじめとする「穏健な反体制派」への米国の支援はナンセンスとも指摘されます。軍事支援をしても、訓練を受けた兵士が「イスラム国」やヌスラ戦線に合流してしまうことになりかねないからです。しかも自由シリア軍は明らかに力を失い、戦闘の表舞台から消えつつあります。

この考え方からすれば、米国のロシア批判もあまり的を得ていない、ということになりそうです。そんなわけで、シリアは出口の見えない厳しい状況にあります。アサド政権も、国土の大半を失っているとはいえ、統治している国民の数は多数を占めており、政権幹部のFBへの投稿などを見ると思いの外余裕があるようです。この混迷はまだまだ続くことになるでしょう。

ハーフィズ・アサド政権時代から今般の内戦に至るまでの経緯を振り返る上では、以下の2冊が参考になります。

青山弘之『混迷するシリア』
国枝昌樹『シリア アサド政権の40年史』

また、「イスラム国」とジハード主義については、既によく知られていますが、以下がコンパクトかつ包括的で理解に役立ちます。

池内恵『イスラム国の衝撃』
内藤正典『イスラム戦争』
ジル・ケペル『ジハード-イスラム主義の発展と衰退』

特に「イスラム国」本は昨年末から沢山出ていますが、不十分な情報を憶測で膨らませたものも多く、玉石混淆です。日本語の書籍としては上記2冊だけで十分でしょう。

一方で、最近のシリアや「イスラム国」をめぐる動きのスピードはあまりにも速く、まとまった書籍ではアップデートが追いつかない状況にあります。物事の根本的な背景を知るには、こうした専門家による骨太の論稿を見ることが不可欠ですが、同時に、欧米、中東のメディアで発信される報道や識者のコメンタリーも日々おさえていく必要があります。

このような、研究と報道の真ん中に落ちるような、学識、実務、現状のミクスチャー的な場面で本HPは一番お役に立てるのではないかなと思っています。これからも専門書と日々の報道・分析の両面をお伝えしてきたいと思っています。

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2 comments on “ロシアによるシリア空爆
  1. ペルドン より
    シリア空中戦

    プーチン曰く・・
    シリア政府・アサド大統領から・・防衛を正式に依頼されたのは、露西亜政府だけだ。シリア領空を飛んでいるのは・・法的根拠がない。

    これでは偶発的・あるいは意図的に・・武力衝突が起きるのに・・そう時間はかからないのでは・?

  2. Aki より
    中国の方が脅威

    いつも楽しくブログ拝見しております。オバマ=アメリカと考えていいのでしょうか?(議会とか財界等との力関係、軍や諜報機関を統率仕切れるか、など)
    今のアメリカにとって、中国の脅威が軍事・金融(AIIBとかアフリアへのバラマキとかで)面で看過できないのでシリア、中東は(自国でもエネルギーは賄えるから)ろしあにお任せ、という事なのでしょうか?それとも米国内のステークホルダーはそれぞれ思惑が異なる??

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