2016/05/20 00:00 | 米国 | コメント(5)
ウォルター・ラッセル・ミード『Special Providence』②
副大統領候補の話を続ける予定でしたが、少しだけ話題を変えます。
延び延びになっていましたが、「ウォルター・ラッセル・ミード 『Special Providence』①」の続きです。
前回は、米国の外交の多様性を理解するためには、ジェファーソン主義、ハミルトン主義、ジャクソン主義、ウィルソン主義の4つの思想の潮流を分析することが有意義であると述べました。今回は、それぞれの内容を説明します。
●ジェファーソンとハミルトン
まず、トマス・ジェファーソンとアレキサンダー・ハミルトン。この2人の建国の父の対比は、外交のみならず、米国の思想史を理解する上で非常に役立つ視点です。
フランスとイギリスという2つの欧州(旧世界)との関係、マサチューセッツ、ニューヨーク、バージニアそれぞれの貴族の傾向、中央集権主義と連邦主義、商業主義と農本主義といった米国思想の根源の違いが明瞭に現れるからです。この対比はその後の民主党と共和党(第二次大戦前)にも引き継がれます。
なお、ジェファーソンは、第3代大統領で、南部(バージニア)貴族、連邦主義、農本主義を代表する人物ですが、その思想・性格は非常に複雑で矛盾に満ちています。人間の平等を謳う独立宣言を起草しながら多くの黒人奴隷を囲い、しかも子どもまで産ませる。それでいて、奴隷たちには愛を注ぎ慕われる。多才にして不思議な魅力に富む人物です。
バージニア州シャーロッツビルにモンティチェロという邸宅が残っています。ここに来るとジェファーソンの独特なスケールの大きさを感じることができます。
(出所:Wikipedia)
ちなみにバージニア州アレクサンドリア(ワシントンDC近郊)にあるマウントバーノンというジョージ・ワシントンの邸宅も、ワシントンという人間と米国思想の理解に大変役立ちます。いずれも観光場所としてお勧めです。
(出所:Mount Vernon at Home)
次に、ハミルトン。大統領にならなかったので日本では少し知名度が落ちますが、米国憲法の起草者であり初代財務長官、米国ではワシントンやジェファーソンに並んで尊敬される偉大な政治家です。
米国思想を理解する上で必読の古典『ザ・フェデラリスト』の3人の共同執筆者の1人でもあります(他の2人はジェームズ・マディソン(第4代大統領)とジョン・ジェイ(初代最高裁長官))。
米国独立戦争では軍事・外交において中心的役割を果たし、独立後はワシントン政権の財務大臣として米国政府の基盤を作り、強力なリーダーシップで中央集権主義を代表する存在となりました。政敵アーロン・バー(第3代副大統領・・・ドラマ『ハウス・オブ・カード』でもネタにされました)との決闘により倒れるという劇的な最期を遂げます。
米国の建国の父たちは、非常に個性が強く、才能があり、多彩でした。彼らは自分たちをローマ共和制における賢人に擬しており、実務のみならず思想哲学、文学においても様々な業績を残しています。特に権力論・民主主義に関する議論の深みは、現代の我々から見てもまったく光を失っておらず、古代ギリシャの議論のような感動をおぼえます。
また、米国の精神の淵源というと、ニューイングランド精神、プロテスタンティズム、平等主義が思い浮かびますが、建国の父の多くが南部バージニア出身の貴族であった点にも注意が必要です。彼らは前述のとおり奴隷制を前提にしたプランテーション農業を営み、英国国教会を信仰し、「理神論(deism)」という理性的な宗教観をもっていました。
たとえば、マサチューセッツ貴族のジョン・アダムズとバージニア貴族のジェファーソンの対比は、初期の米国史を彩るドラマの一つですが(02年にピューリッツァ賞を受賞したDavid McCullough『John Adams』はこの2人とアダムズの妻アビゲイル・アダムズの交流を主題としています)、こうした南北の思想のダイナミズムは、その後の南北戦争にもつながっていく重要なポイントです。
話を戻すと、現代の米国外交では、ジェファーソン主義は孤立主義(モンロー主義)、保護主義、州の利益重視、ハミルトン主義は自由貿易主義、中央政府の指導重視という形で現れます。自由貿易主義は現在の共和党、保護主義(産業政策)は民主党のイメージに近いですが、現代では両党の方針は単純に割り切れず、いずれの党にもこれらのエレメントが混在している状況にあります。
●ジャクソン
本書が画期的だったのは、外交思想の潮流の中にジャクソン主義を持ち込んだことです。もともと本書の原型となったのは、「The Jacksonian Tradition」という短い論文でした。
第7代大統領アンドリュー・ジャクソンは、米国史上に残る超個性派大統領であり、毀誉褒貶が激しいですが、不思議な魅力に富んだ人物です。ほとんどまともな教育を受けず(「all correct」を「Oll korrect」と書いて「OK」の語源となったという都市伝説が有名)、若い頃は殺し屋のように決闘を繰り返して人を殺した荒くれ者でしたが、軍に入ってからは恐るべき才能を発揮します。
特に傑出した活躍を見せたのは1812年の米英戦争。この戦争では、英軍の攻撃で首都ワシントンDCが陥落し、当時の大統領マディソンが逃亡するという事態に追い込まれます。その後も米軍は苦戦が続きますが、ジャクソンはインディアンの掃討戦で名を上げ、ニューオーリンズの戦いでは英軍を撃破。救国の英雄として讃えられました。現在のニューオーリンズには「ジャクソン広場」があり、その中央にはジャクソンの像が建っています。
国民的な支持を得たジャクソンは大統領選に出馬し、ジョン・アダムズ(第2代大統領)の息子であるジョン・クインシー・アダムズ(映画『アミスタッド』で主人公を助ける重要キャラクター)と激突します。一度は負けますが、1828年の選挙で勝利し、米国史上初の庶民出身の大統領が誕生します。
大統領に就任したジャクソンは、参政権を拡大し、現代に続く米国の人材登用システムである猟官制(spoils system)を導入するなど、エリートではなく大衆を味方につける、よく言えば民主的、悪く言えばポピュリズムに満ちた政治を行います(ジャクソニアン・デモクラシー)。まさに「反知性主義」を政治において体現した人物です。
現代の米国外交では、セオドア・ルーズベルトやロナルド・レーガン、ジョージ・W・ブッシュの時代に見られた米国の積極的軍事主義を象徴します。その底流に流れるのは、ジャクソンの時代に見られた好戦性、排外的ナショナリズム、ポピュリズム、フロンティア志向です。どちらかと言えば現在の共和党のイメージに近いです。
最後のウィルソン主義と最近の分析手法については次回述べます。
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5 comments on “ウォルター・ラッセル・ミード『Special Providence』②”
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まあ、一筋縄ではいかないアメリカを感じますね
トランプの出現で党再編があるのなら、参考になるかも
前回からさらに踏み込み、根源に遡る説明大変ありがたい。この4つの遺伝子の現れ方での分析は説得力あるんでしょうね。リーマンショックで自爆に至ったユダヤと組んだ国際金融資本主義もハミルトン・ジャクソンの流れというのは酷ですかね。自爆後の、オバマ・トランプ・サンダースはどう推定すればいいのでしょう。単なる反動とも思いにくい。
巨人達・・
好みとしては・・トマス・ジェファーソン・・
建築も・・壮大で惹きつける・・
ジェファーソンの雄大さを設計した・・
以前・・
テレビで・・彼の多くの黒人系子孫達を見たが・・感激したな・・
日本では・・
巨人が出ない・・理想が無いからだろうな・・・(笑
早め、早めに手を打ってきますね
本戦の資金集めと金庫番をゴールドマンにする事で、ある意味、
ウォール街と手打ちですね 芸術系の1%は最後まで反対でしょうから
ほっといて、政策明示でヒスパニックの取り込みができるかどうか。
なにせ、クリントンは大統領になってみないと約束まもるかどうか
わからんから、確実に少しでも手にできそうな奴の方へ投票しちゃうかも(笑)
Whig Party末期の時と同じだと、大統領が半年で死んだり、
母体の党の政策を次々と壊して、党から除名という大混乱に
なるようですが、今回は共和党どういう展開になるのか(笑)
ジャクソニアン・デモクラシーって、トランプさんの主張そのものみたいですね。時代は変わっても人間の考えるパターンは本質的な部分で変わらないものなのかもしれませんね。先々週のアエラで、トランプさんの主張はアメリカ国民の思いに合ってるみたいなこと書いてました。
個人的には、ずっと世界秩序維持のための対外戦争を続けてきたアメリカ国民の厭戦気分がオバマさん以来、強くなっていて、それがトランプさんの主張に同期してるんじゃないかなあって思うのですが。
ちなみに、私にとってのこの時代は「キャンディ・キャンディ」です。
登場人物もこの時代の偉人達のように教養に満ちていたんでしょうね。(笑)