プロが語る世界情勢・政治・経済金融の最前線!

The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2016/02/12 00:00  | 米国 |  コメント(7)

米大統領予備選挙:ニューハンプシャー予備選


お見舞いのコメントを下さった皆様、どうもありがとうございます。おかげさまで、だいぶ回復しました。ということで、ニューハンプシャーの結果の解説です。

New Hampshire Primary Results(NYタイムズ)

多少混迷してきたところはありますが、大まかな流れは「序盤戦のポイント」で指摘した想定の範囲内です。まず共和党からみてみましょう。

●ドナルド・トランプの初勝利(1位)

これは予想通りでした。特筆すべきは35.3%という高い数字、そして無党派層を含め幅広い層から支持を得ている点です。

トランプの場合、1位になることは当然で、問題は、どれだけ差をつけて勝つことができるかという点にありました。ここまで他を突き放し、しかも偏らない支持を集めたのは上々の内容です。本人も喜びもひとしおというか、安堵したことでしょう。

ではその背景にあったのは事情は何なのか。この点については、「ニューハンプシャーの展望」で述べたとおり、アイオワのように党員集会ではないので無党派を含め幅広い層が投票に行くこと、さらにニューハンプシャーのユニークな特性が指摘できます。少しだけ補足します。

まずニューハンプシャーの特性ですが、白人が94%と大きな割合を占め(米国全体では64%)、米国の中でもトップクラスの裕福な州です。また、リベラルな気風があり、共和党支持者の半数が中道・穏健です。ただし、同時に、20%はかなり右寄りの保守派で、近年の傾向として、この分裂がますます深まっていることが指摘されます。

さらに、非常に小さい州です。人口はわずか130万人(アイオワすら300万人)。代議員数も全体の1%に過ぎません。それだけに地上戦が功を奏する地域です。そして、有権者は直前まで投票を決めないことでも有名です(late-deciders)。このため直前の雰囲気に大きく左右されます。

こういった事情により、ニューハンプシャーの投票行動は予測困難(その一つの表れが「判官贔屓」)といわれます。

過去の予備選でもニューハンプシャーでは数多くのドラマが生まれました。1988年のジョージ・H・W・ブッシュ、1992年のビル・クリントン(2位)(「The Comeback Kid」の伝説が生まれた)、1996年のパット・ブキャナン、2000年のジョン・マケイン、2008年のヒラリー・クリントンは、いずれも事前の予想を裏切って勝利したものです(「予備選挙の歴史」参照)。

このため、今回のトランプの躍進も、果たしてこれが本物なのか、白人でプロ・ビジネスの点が評価され、直前の地上戦が功を奏し、「トランプ旋風」がアイオワで盛り上がらなかったことを受けて、かえって反エスタブリッシュメントの機運が盛り上がったという、局地的・一時的なものなのか、見極めは難しいものがあります。

●ジョン・ケーシックの躍進(2位)

日本のメディアでは意外に受け取られているようですが、これも予想の範囲内の結果です。なぜなら、「アイオワ党員集会」で述べたとおり、アイオワ後にマルコ・ルビオが支持を伸ばす前はもともとトランプに次ぐ支持(12%で2位)を得ていたからです。したがって、ルビオが落ちれば必然的に上位に入る候補だったといえます。

ジョン・ケーシックは共和党本流の中でもマイナーな存在でしたが、堅実な手腕が評価される中道・穏健派であり、同性婚を容認する姿勢を示すなど、柔軟なスタンスが持ち味であることから、リベラルなNYタイムズも「共和党候補の中では最も支持できる」と述べた候補です。

ケーシックのような、堅実でハートに訴えるタイプは、裕福でリベラルなニューハンプシャーという土地柄には最もフィットします。今回は現状打破(トランプ支持)より安定を求める有権者の受け皿になりました。

しかし、ケーシックは自らのリソースをすべてニューハンプシャーに投入しており、サウスカロライナ以降の地域では組織も資金もありません。おそらくここが限界です。ただ多くの候補者がニューハンプシャーで脱落する中で、起死回生の一発を放ったのは特筆に値します。中盤まで粘る可能性もありますし、そうなれば副大統領候補の目も見えてくるでしょう。

●テッド・クルーズの後退(3位)

これは予想どおりです。テッド・クルーズはニューハンプシャーで勝つことはできませんし、その必要性もありません。3位につけたのは御の字でしょう。

●ジェブ・ブッシュとマルコ・ルビオの敗北(4位、5位)

ルビオについては残念ながら読みが外れました。敗北の原因は直前の6日のテレビ討論会です。

ルビオは、アイオワで躍進し、共和党本流の中で頭一つ抜け出したことから、他の候補者から集中砲火を浴びる羽目になりました。特にクリス・クリスティの「ルビオは憶えてきたことを繰り返しているだけ」という批判は強烈で、その後、ジェブ・ブッシュなど他の候補者の支持団体(スーパーPAC)のテレビ広告も、ルビオをロボットのようにからかう内容を流しました。

直前の動きが大きく響いたのは前述のニューハンプシャーの特性も影響しているのでしょう。やはり選挙は直前まで何が起こるのか誰にも分からない、ということを示す良い例になりました。

もっとも、ルビオは選挙戦の後、テレビ討論での振る舞いを素直に敗因として認め、「二度とこんなことは起きないようにする」と述べました。このダメージ・コントロールは非常に適確だったと思います。

●トランプ vs クルーズ vs 共和党本流

ニューハンプシャーが終わったところで分かったのは「トランプ vs クルーズ vs 共和党本流」という構図がそのまま維持されたことでした。つまり、アイオワでいったんは見えかけた共和党本流が一本化する流れが再びストップしました。これにより混迷がより深まった感があります。

歴史をみると、ニューハンプシャーで3位以下になった候補者で最終的に指名を得た者は一人もいません。そうすると今回はトランプかケーシックということになりそうですが、そんな風に考える人は一人もいないでしょう。

たしかにアイオワとニューハンプシャーは、序盤戦のポイントで述べたとおり、極めて重要な州です。しかし、この二つの州の重要性がどこから来ているのかといえば、ここで大敗した候補は選挙戦から脱落するからです。本当に重要なのは、次のサウスカロライナ、ネバダ、そしてスーパー・チューズデーという大票田なのですが、最初の2州で負けるとどうしても資金が集まらず、戦いを続けることができなくなるのです。

たとえばサウスカロライナの代議員数が50ですが、アイオワは30、ニューハンプシャーは23です。2州を足してサウスカロライナとほぼ同数。しかもこれまでの比例配分方式ではなく勝者総取り方式です(これは「サウスカロライナの展望」で解説します)。さらにスーパー・チューズデーではアラバマ(50)、ジョージア(76)、テネシー(58)、テキサス(155)、バージニア(49)という大票田が待っています。

いかにアイオワとニューハンプシャーが占める割合が小さいかが分かるでしょう。つまり、この2州の重要性は、大票田に入る前にどれだけのモメンタムをつくれるかにあって、したがって、大事なのは、結果それ自体よりもその内容、メッセージなのです。また、特に今回の共和党のように候補者が多数にわたる場合、大敗を免れることが何より重要となります。

そういうわけで、ルビオをはじめとする共和党本流にはまだまだチャンスが残されています。ただ、共和党本流が一本化できないうちにスーパー・チューズデーに突入すると、トランプとクルーズが勢いを増す可能性が高まります。そうなるとますます選挙戦は混迷を深めることになります。

●バーニー・サンダースの圧勝

次に民主党ですが、バーニー・サンダースが勝利。これは予想通りです。驚きはありません。

問題は、トランプの場合と同じで、どれだけの差がつくのかという点にありました。これもトランプと同じで、22ポイントもの差でヒラリー・クリントンを突き放し、しかも女性票を含め幅広く支持を集めたことは特筆に値します。

しかし、これまで何度も述べているとおり、次のネバダとサウスカロライナでは、ヒスパニックと黒人の支持を固めるヒラリーが勝つことが疑いありません。今度は、ヒラリーがどこまで差をつけて勝つことができるかです。ここで圧勝すればスーパー・チューズデーで勝負は決します。しかしサンダースが差をつめてくるようなことがあれば、選挙戦は長期化するでしょう。

ということで、次の選挙は、20日に共和党はサウスカロライナ、民主党はネバダ(党員集会)で行われますが、アウトサイダー候補が真の意味でエスタブリッシュメントに対する脅威になるのかは、ここで分かります。両州の展望については来週述べます。

それにしても、さすが米国の大統領選挙、一筋縄ではいきません。これからも幾度となく予想を超える事態が起こるでしょう。楽しみですね。

メルマガ「世界情勢ブリーフィング」を購読するためにはご登録のお手続きが必要です。

当社に無断で複製または転送することは、著作権の侵害にあたります。民法の損害賠償責任に問われ、著作権法第119条により罰せられますのでご注意ください。

7 comments on “米大統領予備選挙:ニューハンプシャー予備選
  1. JFKD より
    作戦

    ジュリアーニは大統領になると思っていたのですが、なぜあんな作戦をとって撤退に追い込まれたのでしょう。前々回の話なのですが、とても奇異に見えたものですから。

  2. ペルドン より
    JDさん

    病床中にも拘わらず・・分析・・感謝・・

    もうすぐ・・民主党・・二者のテレビ討論会・・
    サンダース・・一時間で・・600万$寄付・・ヒラリー陣営ピリピリ・・
    しかし・・ヒラリーの牙城・・黒人層の壁厚い・・
    としても・・どこまで・・

    トランプ・・本物になれるか・?・・可能性・・にじり寄る・・・(笑

  3. edge より
    I Miss Barack Obama

    David BrooksがNYTに書いた ‘I Miss Barack Obama’という記事が面白かったです(何故かリンクが貼れません)。
    こういう記事を読むと、やっぱり、現大統領候補たちは何か物足りないですね。向こうも政治家の人材不足なんでしょうか。まぁ、どっかの国よりはマシですが。
    その一方、物足りないように見えても、長い大統領選レースを通過することによって、どっかで化けたり成長したりしますけど。
    しかし、ヒラリーさんは、もうちょっと夫から感情に訴える術を学べば余裕で勝てるはずなのに。天は二物を与えず、ですか。

  4. ペルドン より
    闘論

    サンダース対ヒラリー一騎打ち・・
    気迫で・・ヒラリーを押した・・
    ヒラリー・・オバマの背後で・・逃げの一手・・

    黒人議員連盟・・ヒラリー・・支持・・

    人物的には・・サンダース推したいけれど・・投票権無し・・・(笑

  5. ペルドン より
    やはり・・

    サンダース・・
    クリントンEメール問題・・攻撃CM・・なかなか面白い・・・(笑

    サンダース・・公民権抗議集会の本人とする写真・・本人と異なる・・との指摘あり・・・(笑

  6. JFKD より
    サンダース

    ラジオ番組で西山ファンドマネージャーが中央銀行バブルが終わりそうだ、そもそもこれをやらざるを得なかったリーマンショックで、濡れ手で粟の所得を持ち逃げして国家に救済された金融機関の人間で、牢屋に入ったり、返還した人は誰もいない、と言っていた。このままでは中間層以下がサンダースを支持するのも当然か。ぐっちーは告発者だから司法取引で免除するとして(笑)、詐欺・不当利得者名簿で訴追までしないと、サンダースの勢いは止まらないかも。リーマン後の会社に対する罰金は筋違いなのでは。まあ独占金融資本も利益率が上がらなくなっての最後の確信的あだ花バブルだったんだろうが、ついにサンダースのような候補者を生み出す素になった。要するに落し前がついていないから。まさか財務省紙幣を発行したたケネディーのようにならなければいいが。未だこういう意識にまではたどり着けないと躊躇する共和党の現状不満分子が、トランプ支持か。なんとなくナチス出現時の臭いがするというのは大袈裟か。

  7. まり より
    Democrat

    サンダースさんが「political revolution」と言って至極真っ当なことを情熱的に訴えている時に、ヒラリーの武器は女性と経験しかありません。その経験が、主権者が政治に求めていないものだったら… ヒラリーの選挙対策は追いつめられているようにしか見えません。今後のキャンペーンは見物です。(たしかに外交・テロ政策ではサンダースよりも実力がありそうですが、その優先順位がどうなのか、でしょう。)ヒラリーがGSから献金受けてスピーチした内容をディスクロできるか効かれてオドオドしてたのはかなりマイナス。

    2月はBlack history monthなので、黒人が人権を勝ち取った映像がかなり流れています。サンダース大統領になれば、あのように国と政治を国民の手に取り戻すことが可能なのではないか、と期待してしまう人も多いのではないでしょうか。

コメントを書く

* が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

いただいたコメントは、チェックしたのち公開されますので、すぐには表示されません。
ご了承のうえ、ご利用ください。