ブログ記者によるオンライン新聞 グッチーポスト

The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2019/07/10 09:51  | JAL |  コメント(15)

久々に・・・・

最近日本航空ネタは静かにしていました。
サービスが大分向上して文句をいう必要もなくなってきた、という訳ですね。

5年前に比べたら、別会社と言っていいくらい見違えたJAL。
やればできるだろ、の典型例と言っていいのかもしれないです。

シートが広いのと、隣のおにいちゃんからパソコンを覗き見されないので、ファーストクラスを愛用していますが、JALはきちんとシャンパーニュを出しています。ANAのプレミアムクラスはなんとスパークリング。値段にすると倍くらいの違いがあるし、マッタク違う飲み物なので、プレミアムクラスでスパークリングを出すANAは本当に客を舐めているとしか思えません。現在JALはブラン・ド・ノワールのキュヴェ・ジャン・パティスを出しており、瓶内熟成30か月、非常に良質のシャンパーニュが飲み放題!! これは飲むしかないっすよね。8000円はすぐ元が取れます(笑)。

一方、ラウンジは酷い。
最近自分のWIFIがあるので、わざわざラウンジは行かなくなっていたのですが、久々に行ったらあまりのひどさに驚いた!!

プレミアムラウンジでは、軽食サービスがあり、おにぎり、パン、味噌汁、スープなどが提供されます。味噌汁、スープはまあまあなんですが、このおにぎりが・・・・

何なんだ、これは!! こんなくそまずいもん出すな!

のレベルなんであります。大体コメの味が全くしないし、袋から出すとぼろぼろになってしまい、これではおにぎりとは呼べません。これならコンビニのおにぎりの方がはるかに品質は上。

プレミアムラウンジで提供するおにぎりとしてはこれは許されないクオリティーでしょう。
こんなもの、3つも4つも食っているおっさんが結構いるんですが、あんたら豚か??

これなら事前にコンビニでおにぎりを買ってくるし、空港の立ち食いのそばの方がはるかにうまいです。
まあ、食う客がいるから出す、っていう話なんでしょうが、これはJALとしては見直すべき。

機内サービスも安定してきましたし(J-AIR などの子会社は相変わらず酷い)、しばらくはJALでいいかなと。

国際線も先日フランス行きで乗りましたが、やはり安心できますね。
ワインも大分よくなりましたし、これなら多少高くてもWIFIがびしびしつながるJALが第一選択しになるでしょうね。

ということで、褒めたり、けなしたり、忙しいんですが、ワタクシは相変わらず日本全国を飛び回っており、今週はアメリカです。移動距離がすごい!

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尚、このレポートは情報提供を目的としており、投資の最終判断は投資家自身でなさるようお願い致します。

15 comments on “久々に・・・・
  1. ブンソン より:
    外資系のクレジットカードを持ってると、、、

    Frequent Flyerでなくても、いろんな航空会社のラウンジに入れると聞きました。航空会社によっては自社の客と差別するためラウンジ内を2クラスにしてサービス、提供する食事に差をつけているとか?航空会社も銀行には弱いようです。

  2. MI-6 より:
    両雄の比較、興味深い・・・・・

    国内も国外もANAしか利用しないので(マイレージがANA)JALのサービス内容の開示は参考になりますね。
    私は、JALの株も少し持っていて、今年になって急降下している為、やきもきしていたのですが、サービス(人的でなくて食料ですが)が良いようなので、少し安心しました。
    もちろん、為替と原油の価格にJALもANAも左右されるのは知っているのですが。

    そういえば、偶然、昔からジョンソン・ジョンソンの株も少し持っていて、ぐっちーさんも推薦しているのを、ここで読んで、これも安心しています。

    しかし、最近のアルコール取り過ぎの操縦士たちには腹が立ちますね。

    毎年、お盆の時期は羽田~広島をANAで往復しているのですが、今年はJALに変えてみようかな?

    私は羽田では、Dカードのラウンジ利用していますが、さえない感じは同じですね。
    成田や海外のANAビジネス・ラウンジは、徐々にサービス内容下げていますが、まだ利用価値はあると感じます。
    ファースト・ラウンジ、生きている間に1回くらい利用したいなーと夢見ていますが。

  3. 健太 より:
    その昔

    エコノミーで18時間揺られていった、途中トランシットがあり、ラウンジへ行ったが別あつかいの所があり、<あそこは別人種がいくところだなあ、俺たちはお客の航空券で行くからいつもエンジンのすぐ後だぜ>とはなした、その時小銭を掃除をしていた人に差し出したら、彼は何が起きたか理解しない表情をした。それからくれることがわかり、にっこりした。複雑な感情に襲われた。
     だいたいJAlなど確か二回つぶれている。それが実情ではないか?

  4. ちょっと より:
    一番のサービスは安全

    パイロット不足による過労・ストレスからの飲酒もありそうですね。
    1985年8月12日の日航123便ジャンボ機墜落事故では520名と1匹の犬が亡くなり、4人の生存者がいましたが、生存者がいた機体の最後尾が滑落した場所は、1953年の山火事の後に植林された細い木が並んでいたので衝撃が吸収されました。
    当時の山下徳夫運輸大臣は事故機が数時間前に飛んだ福岡発羽田行きの便に乗っていました。
    この山下氏は1982年2月9日に羽田沖の逆噴射の日航機に乗る予定でしたが用事で1便遅れて助かりました。
    更に1972年9月24日、日航機がボンベイ空港の隣の小型機用の飛行場に間違えて着陸してオーバーランする事故を起こしましたが、この便に乗っていた山下氏の隣には業務で移動中のパイロットが座っていました。その人は13年後の123便の高濱機長でした。
    山下氏は御巣鷹の生存者の少女の搭乗券の半券のコピーをお守りとして持ち続けていました。
    事故の後、日航は犠牲者を「遭難者」、遺族を「ご被災者」と呼びました。
    献身的に遺族のお世話係を務める社員がいた一方、遺族の移動用のバスの後部に気分が悪くなった女性が降りずに一人で座っていたら、誰もいないと思い込んだ日航の若い世話役が未亡人を品定めする雑談をしていたこともあったそうです。
    情報公開法は1999年に公布され、2001年に施行されましたが、事故に関する資料は1999年に全て破棄されました。

  5. Kubota より:
    愛の鞭

    ぐっちーさんはなんだかんだでJALに乗り続けて、JALを叱咤激励されておりますよね。商社時代の搭乗経験からなのでしょうか、日本のフラッグ・キャリアはJALなんだ、ってことでずっと応援されているように思います。
    私は飛行機にそこまでお世話になる機会がないので、たまに利用する際には税金に頼らず一本立ちしているANAを推してます…判官贔屓なもので。

    どちらも切磋琢磨して、発展していってくれると一番良いですね。

  6. ぐっちー本人 より:
    さすが、というべきでしょうか!?

    kubota さん
    お見通しですね(笑)。1980年代に商社マンをやった人間はJALの黄金時代に当たっており、それはすばらしいアテンダントしかいませんでした。それに比べると今乗ってる連中はゴミみたいなもんで、少しは先輩のことを見習えよ、と思います。超ドメスティックの東亜国内航空を買収した時点でアウトでしたね。

    悪貨は良貨を駆逐する・・・・・であります。

    当時の商社マンは人里離れた遠隔地に飛ばされ、本当に帰れるのだろうか・・・と不安になっているときに、あの赤い鶴のマークが飛行場に降りてきて、思わず眼がしらが熱くなったのです。今では考えられませんが、JAL=日本 という時代でした。それに比べると・・・・という意識はどうしてのありますよね、まさに叱咤激励であります。せめてANAなんかには負けてほしくない・・・という意識が強いのはあの年代の商社マン共通の想いなんではないでしょうか。

    今でもANAの国際線は乗りたくありません。えー、あれは国内線だろ、国際線ができる訳ないよ、という先入観が捨てきれません。そのANAの創成期にJALであまりにもうるさくて、急先鋒でやめさせられたスチュワーデスが何人も転職し、支えた話は有名です。JALの一番良い遺伝子が行っていると言えるのかも知れません。

    人材は大事、という事でありますな。

  7. 楽譜 より:
    言語

    飛行機ネタ,小金持ちの同僚たちはやはりANA派とJAL派に分かれています.いわゆる修行(スーパーフライヤーを取るための余分な搭乗)をしていた人も.
    自分はと言うと….何しろ飛行機にめったに乗らないので割とどうでもよくなっています.結局ラウンジも同行者に便乗して入れますし….プライオリティパスに目を輝かせていた時代が懐かしい….ただ安全のため,スカイ○ークを含む格安飛行機には乗りません.かんべえ先生は気になさらない様でしたが….

    さて,そういえば言語について.先々週のメルマガより.
    >口では国際化、英語力と言いながら、本気で日本の労働者が海外に言ったら困るので、もしかするとこれはポーズだけなのかもしれない
    これはまた秀逸な発想ですね.本当にそうかも知れません.現行の教育改革(特に大学入試)は色々な批判がありますが,自分は期待しています.

    そして言語と言えばプログラミング,巷では読み書きそろばんプログラムと言われている様ですが,結局はプログラム言語も英語と同じ「使える人は使う,使えない人が大多数,使えれば人生の選択肢が広がるが,使えたからと言って収入の保証はない」という状況でしょう.ちなみにラテン,ゲルマンなどと一緒で系統もあります.

    ただプログラム言語は,例えばアメリカ人にとっても他言語です(単語は英語ですが本質はそこじゃない).そして日本語のサイトでも殆どの言語を非常に詳しく様々な人が非常に丁寧に分かりやすく解説しています.日本人の頭の良さも考慮すると,世界で見た時の日本のプログラム言語識字率はかなり高くなるのではないでしょうか.「英語」と言う存在によって相当なゲタをはかせてもらっているアメリカとイギリスの優位性はこの意味において比較的弱くなります.

    https://news.yahoo.co.jp/pickup/6330162
    NECが,「使える新卒」に1000万を提示してきました.これは良い兆候だろうと思います.

  8. ゆう より:
    良し悪しあり

    JAL国内線のWifiはそんなに繋がるんですね。国際線のWifiは使いもんになりませんよ。かろうじて携帯は繋がりますが、iPadとPCは接続設定画面にすら辿り着けないことがほとんどなので仕事はまったくできません。
    JALが再生してから応援のために使い続けていますが、今のところマイレージプログラム等の改悪はあれど改善された点は見受けられません。

  9. 楽譜 より:
    訂正

    >非常に詳しく様々な人が非常に丁寧に分かりやすく
    なんだこれ…お目汚し申し訳ありません…

  10. volcano より:
    思い

    家の固定費の支払いをJALカードでやると年に二回海外旅行にタダでJALを使えと聞いたことが。
    JALにはグッチさんの思いがあったんですね。
    イラク戦争の折、邦人が帰国するのにJALは飛行機を出さなかった。日本に恩義を感じていたトルコが飛行機を出してくれた経緯があります。
    ナショナル・フラッグ・キャリアという言葉がありますが、全日空が政府専用機の座を得たようです。

  11. 牧神のギガ より:
    政府専用機は防衛省のモノ

    日本の政府専用機は、国有財産で防衛省が運用・管理している。

    日本航空も全日空も関係なし。

    イラン・イラク戦争の際、日本の航空機がイラクに飛ばなかったのは、そもそもイラクとの間に航空協定がなかったから。

    うっかり、イラクの領空を飛んだりしたら、識別不能の航空機になってしまい撃墜されても文句は言えない。

    実際、大韓航空の旅客機がミスでソビエトの領空を侵犯して撃墜された事があったが、ソ連には一切お咎めなしだった。

  12. ちょっと より:
    商社マンの活躍

    イラン・イラク戦争中の1985年、フセイン大統領が「3月19日午後8時以降、イラン上空を飛ぶ飛行機は無差別に攻撃する」と宣言して、イラン在留の邦人が脱出したいのに、どこの航空会社も自国民優先で乗せてもらえずパニックになっていた時、トルコが助けてくれた有名な話ですか。
    明治時代のトルコ軍艦の救助で対日感情が良かったことと、伊藤忠のイスタンブール支店長の森永堯氏が当時のトルコのオザル首相と親しかったお蔭ですが、経済通のオザル首相と森永氏は、森永氏がトルコで、いすゞの合弁企業設立に尽力したことから親密になりました。
    JALが救援機の派遣を検討した時、5ヶ月後に123便の事故で亡くなられた高濱機長はイランへのフライトを希望しましたが、高濱機長は海上自衛隊OBで対潜哨戒機のパイロットの経験があるので、危険な任務に志願する覚悟があったのでしょう。
    紛争や内戦で急に自国民が危険に晒された場合、普通の先進国ならば軍が救援機を飛ばして助けに来ますが、日本の場合、相乗りをお願いするしかありません。
    安保法制が成立しても自衛隊を派遣するには「現地の治安が保たれている」「現地の政府が協力してくれる」等の条件が多く難しいようです。
    ボスポラス海峡があるイスタンブール市と、関門海峡がある下関市は姉妹都市で、下関にトルコから贈られたチューリップが植えられたオルハン・スヨルジュ記念園があります。オルハン・スヨルジュ氏は日本人215名を乗せたトルコの救援機の機長でイスタンブール出身でした。
    政府専用機の整備の委託先がJALからANAになったのは、JALを再建した稲盛和夫氏が小沢一郎や前原誠司と親しく、JALに民主党の色が付いたからなんて話もありますが真相はどうでしょう。

  13. volcano より:
    ちょっとググッてみますた

    ある国が政情不安になることはよくあることで、その時邦人救出をどうするか。それが私のコメの主眼です。今後、韓国や中国にいる邦人が心配。安倍さんの中国との3兆円スワップもその辺を考慮してと聞くが….疑問符?

    1985年3月17日、48時間の猶予期限以降にイラン上空を飛ぶ航空機は、無差別に攻撃するとサッダーム・フセイン大統領が突如宣言した。

    JALの労組が飛ばさないと拒絶。
    ちょっと思い出してきますた(笑)。

    イランにいる在留外国人は一斉に出国。在留邦人も脱出しようとしたが、乗せてくれる飛行機がない状態だった
    伊藤忠商事・森永堯氏の依頼を受け、トルコのオザル首相(のちの大統領)が特別便を飛ばす事を決断
    トルコ航空では、すぐさまミーティングが開かれ、特別機への志願者を募った。
    なんとその場にいた全員のパイロットが日本人救出に手を挙げた。
    3月19日午後8時30分のタイムリミットが迫ってくる中、空襲警報が鳴り止まないテヘランのメヘラバード空港に2機のトルコ航空機が降りてきた。
    無事にイラン国境を超えた際、機長は機内放送で「ようこそトルコへ」とアナウンスした。
    トルコはイラクの近隣に位置することから、陸路での脱出もできる自国民に優先して日本人の救出を計ってくれた。
    救出劇の背景には100年前の出来事が。明治時代にトルコのエルトゥールル号を日本人が救出したことはトルコの歴史教科書にも掲載されているからどすえ。ニセ歴史を教える南北朝鮮や中国とは大違い。

    当時の外務大臣(安倍晋太郎)

    「政府が政府の決断でぱっと行けるというふうな、そういう態勢が、非常に大事なことじゃないかと思っております」
    http://ertugrul.or.jp/?page_id=1010

    このurlに当時の国会でのやり取りが出てます。自衛隊機はあるが当時の社会党が反対。
    人道目的の邦人救出機と領空侵犯の大韓航空機は話が違うんでねーの?フセインでさえ猶予期間を与えている。
    日本は1992年(平成4年)より、「日本国政府専用機」としてボーイング747-400 2機を運用し防衛省が管理運用….当時はそんなものはなかった。なお、中東を路線としている民間機は、ミサイルを回避する「チャフ」を搭載してるようです。

  14. dowahaha より:
    呆れた市場w

    2000万ネタをイイ事に、ご老人に投資信託を売りつけてる潰れかけの銀行の営業マン
    青くなったワナ
    小生もさすがに呆れたわ

    さすがに今日は半分くらいは戻してるが
    こんな調子なら日本株なぞ誰も買わん

    買い方不在の中で1パー以上下げたらクロダが買うってたって判で押したように同じ金額とタイミング、その前に売り方は逃げてるワ

    欧州系が先物でドカンドカンと買いと売りを交互に繰り返し、引けには綺麗にチャラにしてからに
    仕組みはド素人でもわかる
    国内勢はおこぼれ頂戴とばかりにご相伴するだけ
    米株がどうの円高がどうのほとんど後付けヨ
    それにAIとアルゴリスムのHFT取引には太刀打ち出来んわナ

    まあ、昨日の下げにはドイツ銀行のポジ売りが絡んでるとの話があるが
    これも事前にわかってて売り仕掛けやられたんだろうがナ
    こんなんインサイダー取引とどこが違うんだ

    ドイツ銀行といえば悪どい売りで有名だったからな
    小生からすればザマアミロなんだが、ただじゃあ死なんか(笑)

  15. 牧神のギガ より:
    CAを殺したのは、誰か?

    ぐっちーさんによると:

    1980年代はJALの黄金時代で、すばらしいアテンダントしかいませんでした。

    それに比べると今乗ってる連中はゴミみたいなもんです。

    では、この間何が起こったか?JALの倒産だけではない。

    ルフトハンザドイツ航空には、CAさんは搭乗して居ない。居るのは、女看守のグループで、「キャビンは私達が仕切ってるんだよ。分かってるね」と言わんばかりの態度だ。

    ベトナム航空には、中国との混血のCAさんなんかも居て、「足長ーい。四川省辺りの血が入っているのかな」と思わせてくれるし、旧宗主国のフランスとのハーフに至っては、日本人のアイドルが50人くらい束になっても叶わないくらいに可愛い。

    つまり、日本のCAの労働市場は、80年代では現在のベトナムに近く、現在はドイツに近づいてきている。

    この変化を加速したのが、1985年に成立した男女雇用機会均等法だ。

    JALの黄金時代にCAとして活躍したような才色兼備の女性達は、CAより美味しい職業を見つけて、そっちに行ってしまった。

    これが真相じゃないか、と思う。

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