2015/01/10 12:55 | 国際問題 | コメント(10)
フランスにおける悲劇
皆様とシェアしたいと思います。
ワタクシは昨日記帳をさせて頂きました。
在日フランス大使館では、1月7日に週刊紙「シャルリー・エブド」本社で発生したテロを受けて、大使館のFacebookページに弔問記帳簿を設けました。ご希望される方は、こちらのコメント欄にメッセージをご記入ください。
https://www.facebook.com/ambafrancejp/photos/a.343651955674999.83935.342998219073706/902266059813583/?type=1&theater
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10 comments on “フランスにおける悲劇”
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多元文化の有効性を主張して積極的に旧植民地の人とも融和して
音楽を始め芸術の分野では、成果をあげてきたフランスにして、
今回の事は大変に残念で弔意を表します。
麻酔ガスを一気に室内に充満させて生け捕りにして、訓練機関とか
各種情報を集める方法は開発されていないのでしょうか?
高電圧とか瞬時に気絶させられる方法を開発すべきですね。
人質がなくなっても突入はないようにしないと。
射殺してしまっては、どうしてそうした考えになったかの
社会的な背景もつかめませんよね。 日本も人口減を
移民でとの話を議員は簡単にしますが、甘くはありませんね
今回の事件についてかなり犠牲者が出ていますね。まあ言論の自由に対して暴力で押さえ込もうと言う姿勢は到底容認できるものではなく亡くなられた犠牲者の無念を思うと言葉も出ないですね。そういう意味では非常に残念ですが、今回の事件のそもそものきっかけをを鑑みたら被害を受けた新聞社が載せた風刺画(と言うよりもアレは風刺画に値しない「侮辱画」ですが)を発表する事が果たして「言論の自由」や「報道の自由」に値するものなのか、考えるべきではないかと思う。相手の思想信条の根っこに当たる部分を馬鹿にされて「それも仕方ないか…」と思う人間は居ないわけで、ましてやイスラム教の最も守るべき部分を蔑ろにされてしまえば過激派じゃなくても多くのイスラム教徒は怒るであろう事は今までの事例や歴史からも明らかであり、他者の尊厳を蔑ろにする自由があるとは到底思えません。そういう意味では、当然今回の事件は許されるものではないですが、起こるべくして起こった事件といえるでしょうね。そしてまた繰り返される危険性が高いと思います。犠牲になられた警察官や巻き添えになって亡くなった買い物客の方々には弔意を表わしたいですが、事件のきっかけを作ったこの新聞社の連中には
とてもじゃないがそんな気は起こらないですね。むしろ言いたいのは「他者を蔑ろにする自由を行使したから今回の事件が起こった」と。
犠牲となった方々には、ご冥福をお祈りしております。
表現の自由はあるだろうし、いろいろなひとの立場も考えもあるだろうけれど
他人が心のよりどころにしているものを揶揄するということは
やっぱり相応の覚悟が必要なのかもしれない、と思いました。
かといって、真剣に向かい合えば、もっと抜き差しならないことも
あるのでしょうし・・・
コメント欄にもあるように、日本の移民問題もあまり軽く考えないでほしいと思います。
習慣の違いを乗り越えるのは、夫婦でもむずかしい・・・かも。
歴史を見れば民族融和などない。中世の新教と旧教との抗争を見れば十分で、ヒットーが一民族一国家といったことはウエストファリアの条約の表明に過ぎないと素人の私は思う。
もともと第二次世界大戦以後の人口減少における労働力不足を解決するために言い出したものに過ぎないと思う。この点亜米利加とは大きく異なる。
無理ですよ。この解決は政教分離という西洋のやり方と、中東のように各団体をひとつとしてそれぞれの中で解決して、その外は強権、独裁者によってある程度の秩序を保つというやり方です。確かこれをミレット制といった。それはわが国の幕藩体制と似ている、各藩がそれぞれのひとつの民族体と見ればいい。
イスラム関係のテロのニュースを聞くたびに、理不尽なことで犠牲になった人たちがあまりにも気の毒で悲しくなりますし、それ以上に、それを放置している宗教指導者たちに本当に怒りを覚えます。こんなことをして喜ぶ神様なんかいるんでしょうか?
自分が宗教指導者だったら、宗教の名の下、殺人や誘拐などというテロ行為やらかす連中は即破門するでしょうし、そういう行動に出る部分、それを肯定する部分がある教義は確実にどこかがおかしいのです。それを絶対に直します。
今、イスラム教に必要なのは平和を求め、男女の平等を始めとする人権を大切にする宗教改革ができる指導者なのだと思います。
”銃撃受けた仏紙風刺画転載、独新聞社放火される”
力ずくの対応は、犯人達が風刺画の影響力を恐れているとも言えますね
キリストに対しても書かれていたのかバランスは知りませんが
抹殺や放火は考えられません。
新聞社経営者もリスクを”現場”だけにおわせず、今後は掲載趣旨記載など
経営の立場からの援護をすべきですね。
ぐっちーさん、ありがとうございます。
原油の採掘コストの歴史については勉強になりました。
ヒントをいただけたので、自分でも過去のケースについて調べてみたいと思います。
するのも・・
少し間を取り・・哀悼も・・
哀悼に変わりはないが・・
悲しみは・・時の経過が・・深くする。
としても・・
山の老人が・・異国の地にまで・・降りてきた現実・・
山の老人を・・
根こそぎしたのは・・蒙古軍だが・・
蒙古軍は・・歴史の一陣・・姿を消した・・
宗教を越え・・
イスラムの人々と・・手を結び合う以外・・道はないか゛・・
遠いのか・・近いのか・・
まだ・・見えてこないのは・・不幸な事だ・・・
みなさま冷静にコメントしていますね。結構、結構。
当欄も言論の自由を尊重していますことを高く評価いたします。グローバル社会は自由主義から共産主義、独裁性、そしてキリスト、イスラム、仏教、神道、ヒンズー、諸々と多様性を帯びていますから、絶対的なものはあり得ません。そこを理解しないと争いはなくなりません。
西欧キリスト教諸国はもともと仇敵で弟分のイスラム教に比べ教義が不安定で異端が出やすく身内で散々殺し合いをしたうえで信仰・言論の自由を獲得したと思いますが、いくら宗教が政治に劣らず殺戮と腐敗の母だといっても千年前の先進地域イスラムはさすがにそこまでたどり着けませんでした。宗教指導者が命じて日本でも<悪魔の詩>の訳者五十嵐教授が筑波大学内で殺されました。こういう宗教の方が今も拡大しているというのはどうゆうことでしょうか。教義が比較的安定しているといろいろな発展もなく、今では資本主義により突然変異した欧米諸国との圧倒的な非対称に襲われ、それもまたテロの温床となっていると思います。テロはCIA、KGBなど国家組織の十八番でもあるので根が深く、イスラムゲリラだったかつての教え子に恩返しされております。