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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2015/09/09 00:52  | 日本 |  コメント(7)

安保法制の採決をめぐる議論


政府与党 来週参院での安保法案可決目指す(9月7日付NHK記事)

安保法制について、友人から、法案の重要性は分かるけど、なぜ今必要なのか、憲法に反するかもしれないのに、そこまでやる必要があるのか?と聞かれました。個人的には、ちょっと意外な問いかけだったのですが、彼は非常に聡明な人なので、この人がこう感じているということは、多くの日本人が同様に感じているんだろうな、と思いました。

一つ思ったのは、実務を担当している人間の認識とのギャップです。おそらく、実務を担当している人の多くは、安保法制で想定される行動を政府がとることは当たり前、という感覚をもっています。

これは何も今に始まったことではなく、仮に安保法制がなかったとしても、実際にその局面に接することになれば、法案が想定するとおりに物事は動くと考えられてきました。そうしなければ、同盟関係は持ちこたえられませんから。口が裂けても言えませんが、これが実務を担当している人間の本音でしょう。

そういう意味では、法案を成立させることなく、現状のまま曖昧な状態を続けても特に問題はないわけです。だから、なぜ今なのか?と正面切って言われると、結構答えにくいものがあります。昔から必要だったのに放置していたに過ぎないわけですから。

なぜ今なのか?という問いに対する答えは、今、それができるからです。

これほど多大な政治リスクを伴う問題は、到底官僚が責任を負えるものではありません。安倍政権という、強力な政治基盤、信念とイニシアチブをもったリーダーを擁する政権だからこそ、これが実現できる、タイミングは今しかない、ということです。

いくら法律がなくても何とかなると言っても、このまま具体的局面で対応するという状態では、現場に大変な負担がかかります。それに、なんだかんだ言って、曖昧なままにしておくのは気分が良くないものです。事務方としては、事前に対応を明確にすることができれば、それに越したことはないのです。

このように、実務を担当する人間にすれば、そもそもの出発点として、今の状態がおかしいのであって、それを安保法制によって正常な状態に戻す、という認識があります。

一方で、私の友人のように、多くの人たちは、今が普通の状態で、安保法制によって新しい世界に突入する、という感覚があるのでしょう。だからこそ、なぜ必要なのかと疑問に思うし、加えて、合憲性がグレーである点が、本当にいいのか?という不安がかきたてられるのだろうと思います。

この感覚のギャップはいい悪いという当否の問題ではなく、現実に存在する問題として向き合わなければいけないと思います。そうすると、必要性の説明が求められますが、上記のとおり、昔から存在していた問題から目を背けていたに過ぎませんから、なかなか難しいものがあります。

それでもあえて状況の変化を強調するとすれば、中国・北朝鮮の脅威への対応と米国との関係強化の必要性でしょう。ただ、特定国の脅威を強調することは外交上スマートとは言えませんし、米国との関係は強調しすぎると米国の属国的な議論に向かうおそれがありますから、あまりストレートに表現するわけにはいきません。

そういうわけで、すべて本音をさらして説明するわけにはいかないので、冒頭に友人が言っていたとおり、よく分からない、ということになってしまうのだろうと思います。難しいところですね。

最後に、これは余談ですが、これだけ騒がれている今回の法案ですが、法案が通過した後は、あまり問題として取り上げられることはないように個人的には思います。

一つには、この法案は国家の選択肢を広げるものに過ぎないからです。

実際に問題が顕在化する可能性は極めて低いです。そもそも、外交安保に関する高度な政治判断について、最初からその選択肢を限定する(自らの外交安保のカードを自らの手で縛る)という制度は(それを日本国民が選んだと言われればそれまでですが)かなり変則的なものです。今回の法案は、その選択を民主的に選ばれた政権に委ねることを認めるに過ぎません。

次に憲法の問題について。これは以前の記事でも述べたとおり、難しいところですが、具体的合理性のある決定がなされれば、事実の集積にも影響されつつ、法律が整合的に解釈されるようになるのも現実です。

我々はすでにその例を見ています。そう、自衛隊ですね。自衛隊も、憲法論から言えば限りなく黒に近いグレーの存在です。実際、発足当時には激しい議論がありましたし、いまなお憲法学者の多くはこれを違憲としています。しかし、いま日本の政治家と国民の中で、自衛隊を違憲と考えて問題視する人がどれほどいるのでしょうか。

いずれにしても、今回の判断がおかしいと考えられるのであれば、それは次の選挙で反対する政治家・国民がこれを争点化すれば良いことでしょう。そういうわけで、何度か述べているとおり、私個人としては、この問題を大きく取り上げる気にはならないのです。といいつつ、結構長い文章を書いてしまいましたが・・・笑。

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7 comments on “安保法制の採決をめぐる議論
  1. ペルドン より
    JDさん

    言いたい事ある・・
    あるが・・
    関白殿にやらしておけば・・・(笑

  2. tom より

    安保法制で想定される行動が必要かどうかという問題と、
    国民から政府への命令であるところの憲法で定めた制約の範囲を、相当程度の確率で逸脱していると思われる法律を作成することが近代立憲国家での立法のあり方として正しいかどうかという問題は別で、
    仮に前者が必要であるとしても、国民意志の多数の賛成に基づいた改憲手続きを経た上で立法を行うのが正当ではないでしょうか。

  3. ace より
    なるほど

    役人的な考え方に、多少理解が深まりました。
    ありがとうございます。
    賛成するかは別として。。。

  4. JFKD より
    軍事権のない近代立憲国家

    憲法の制約では自衛隊も安保法制も学者の言う通り違憲でしょうが、それだと自衛権・軍隊もなく憲法が国民の基本的人権を守らない制約を課しているのを認めることになるので、司法は権限外として判断回避していますから、現実的には学者のようなことは言えません。近代立憲国家の立法の在り方として共産党のようなものはなく議会の議決が最高のものです。軍隊は必須ですが、憲法裁判所は必須ではありません。自衛隊の整合的解釈は国内の災害救助が主だと思われるのでまだまだだと思います。しかしJDさんが何度も指摘しているように、私もtomさんもJDさんも言ってる事、皆なにかだんだんおかしくなっていきますよね。理由はタイトルの通り。普通の国家に戻るのは、国際関係・安保条約との関係でとてもすぐには平和ボケの一般国民の係る代物ではないと思うので、真の憲法制定者米国の要請と思われる今回の安保法制で行くしかないかと。ただ憲法改正手続きの緩和はしておかないと独立を迫られた時、間に合わない。あまりに無謀な戦争のトラウマが次の宿命の逆のトラウマとならなければと思いますが、この大きな振れ方をキッシンジャーも警戒した。それは明治以来日本人が自分で獲得したわけではない近代の政治制度だからだろう。戦後の日米関係ほど将来にわたって難しいものはない。

  5. pir より
    要するに

    日本国憲法とそれを逸脱しようとする法律との関係が大問題なのであって、憲法改正をまずするのが第一では?強力な政治基盤とリーダーシップがあるんだったらできるでしょう。

    法律を学んだものからすると、これをたいしたことないという発想が理解できないんですね。

  6. JD より
    皆様

    ありがとうございます。
    皆さんのご意見、私も違和感はありません。私も、法律をつくる立場(役人)と使う立場(弁護士)の両方を経験しているので、立憲主義の建前はよく分かります。
    ただ、現実は黒白きれいに割り切れるものではなく、常にその間のどこかにあります。別に政府の肩をもつ義理はないのですが、彼らの立場を代弁するならば、明らかに違憲とまではいえないものである以上、これを通すことは裁量を逸脱しない、ということでしょう。記事に書いてあるとおり、合憲性はグレーです。どの程度グレーなら許されると考えるのかは、個々人の判断に委ねられるとしか言えません。国政におけるその判断は、民主的なプロセスで選ばれた政治家に委ねられる、というのが制度のあり方でしょう。

  7. ペルドン より
    JDさん

    二度ばかり閣議決定に・・首突っ込んだ・・
    友人に力あった・・
    御蔭で・・役人の立案の真似事・・経験・・
    故に・・
    JDさんの主張・・判るのであります・・・(笑

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