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2015/05/18 00:00  | 東南アジア |  コメント(0)

マレーシア政治①:ナジブ政権の苦境


5月24日から、マレーシアのナジブ・ラザク首相が来日します(5月12日付外務省報道発表)。今回は、このナジブ政権の現状について説明します。

ナジブは第6代首相です。父親は第2代首相トゥン・アブドゥル・ラザク、叔父は第3代首相フセイン・オンという超サラブレッド。ちなみに、現在マレーシアで次代の指導者として最も人気のある政治家は、ヒシャムディン・フセイン国防相ですが、彼はフセイン・オンの息子で、ナジブのいとこにあたります。

ついでに述べると、初代首相トゥンク・アブドゥル・ラーマンは、以前ご紹介した『リー・クアンユー回顧録』にも登場しました。ラーマンはマレーシアの王族出身です(マレーシアは立憲君主制をとっており、現在も国王がいます)。

さらに言えば、第4代首相は、言わずとしれたアジアを代表する政治家マハティール・ビン・モハマド。そして、第5代首相アブドラ・バダウィは、2008年の総選挙での大敗の責任をとり、任期途中で辞任。これにより当時副首相だったナジブが首相に就任し、今日に至ります。

脱線が長くなりました・・・本題に戻ります。ナジブ首相は、現在、様々な問題に直面しており、退陣の危機もあると言われるほど苦しい状況にあります。政権の支持率は、本年1月時点で44%まで低下しています。具体的には、以下の問題に直面しています。

1MDB

最も深刻な問題は、「1MDB」(マレーシア政府のソブリン・ファンド。ナジブ首相がアドバイザリー・ボードの議長を務めている)の総額約420億リンギ(約115億ドル)に上る巨額の負債と不正経理の疑惑です。

1MDBの債務総額は、本年の国家予算(歳出額2,700億リンギ)の16%に相当します。マレーシアの対外債務は、昨年12月末時点でGDP比54.5%に達しており(債務上限は55%)、1MDBの債務がマレーシアのソブリン格付けと通貨リンギの評価に悪影響を与える可能性は十分にあります。

また、不正経理の疑惑が指摘されています。これについては、3月4日、ナジブ首相は、会計監査院に対して1MDB社の監査を実施するよう指示しました。この監査結果は超党派の委員会がチェックする予定であり、その結果、不正が発覚すれば、ナジブに法的責任が発生するおそれがあります。これは政権にとって最悪の事態です。

扇動法とテロ防止法

マレーシア政府は、最近、政府を批判する言論を積極的に抑圧しています。具体的には、扇動法(The Sedition Act)を適用することにより、政府を批判する政治家、ジャーナリスト、弁護士を多数逮捕してきました。

扇動法は、英国植民地時代の1948年に成立した法律であり、政府が言論を抑圧するために利用されているとして批判されてきました。逮捕者の中には、アンワル・イブラヒム元副首相の長女であり、野党・人民正義党(PKR)の有力者であるヌルル・イザー・アンワル、有力紙「The Malaysian Insider」の5名のスタッフ、風刺漫画家のズナル氏などの著名人が含まれています。

アンワルは、かつてマハティール首相(当時)の後継者といわれたが、経済危機への対応をめぐりマハティールと対立し、与党UMNOを除名された後、野党連合の指導者となった人物です。その後、同性愛罪等の容疑で起訴され、一度は釈放されたが、再び起訴され、3月、有罪判決が確定しました。アンワルの起訴は政治的動機によるものであるとの疑いがあり、ヒューマン・ライツ・ウォッチや在マレーシア米国大使館は非難する声明を出しています。

政府の言論抑圧は、先月立て続けに行われた法改正と新たな法律の制定により、一層強まることが懸念されています。

まず、マレーシア連邦下院は、扇動法の改正法を可決しました。改正法の下では、禁固刑の期間が延長されるなど、刑罰が強化されています。ナジブ首相は、就任直後には扇動法の廃止を約束していましたが、前言を撤回して、廃止するどころか強化するという決定を下しました。

次に、マレーシア連邦下院は、テロ防止法(The Prevention of Terrorism Act)を可決しました。同法は、裁判を経ることなく、容疑者を警察の判断で59日間拘束し、当該拘束がテロ防止委員会の判断によって無制限に延長されることを認めています。

マハティール

ナジブ首相は、2009年の就任以来、「一つのマレーシア」をスローガンに掲げ、民族融和を優先課題としてきましたが、この政策は、マハティール元首相をはじめとする与党UMNOの保守派から批判されました。このため、ナジブは、2013年にブミプトラ政策を強化したように改革路線の修正を行っていますが、UMNO内部の権力抗争は継続しています。

先月、マハティールはナジブ首相の退任を求める声明を発出しました。TPP交渉への参加に反対するなど、従来よりナジブ政権の政策を批判してきましたが、公然と退任を要求するのは初めてです。

税制改革

ナジブ政権は、4月1日、6%の物品・サービス税(GST)を導入しました。これは、上記①で述べたとおり、マレーシアの対外債務が拡大していることから、財政健全化を目的として実施されたものです。

国民からは反発の声が上がっており、導入前には、スランゴール州クラナジャヤの税関前で100名を超える市民による反対デモ活動が発生しました。GST導入の結果として、政権の支持率が低下することが懸念されています。これらの問題は、政権にとって大きな逆風になっています。

この中で最も深刻なのは1MDBのスキャンダルです。また、言論抑圧は、アンワル事件の疑惑もあいまって、米国や欧米メディアから批判されています。

もっとも、ホワイトハウスと国務省はそこまで強いメッセージは出しておらず、オバマ大統領はナジブとハワイでクリスマスにゴルフをするなど、個人的に良好な関係を維持しています。これに対し、ウォルフォウィッツ元国防副長官(インドネシア大使を経験)などオバマ政権の対応が手ぬるいとして強く批判する識者は多いです。

しかし、実際にナジブ政権が倒れるかといえば、現時点ではそこまでのリスクはないと見られています。

マハティールの批判にもかかわらず、多くのUMNOの指導者はナジブ首相を支援する旨表明しています 。仮にナジブ首相が退任した場合、ムヒディン・ヤシン副首相が首相に就任すると見られますが(その場合、将来の首相候補として有望視されるヒシャムディン・フセイン国防相が副首相に就任し、世代交代が進む可能性がある)、同副首相はナジブ首相に対する批判を控えています。

こういった状況にかんがみると、近い将来においてナジブ首相が退任する可能性は低いです。このまま大きな問題がなければ、2018年に予定されている次期総選挙まで存続するでしょう。ただ、1MDB問題の展開次第ではどうなるか、予断を許しません。

本日は以上です。次回(明日)は、野党の状況について説明します。

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