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2016/08/05 00:00  | 中国 |  コメント(5)

南シナ海の仲裁判断の衝撃②:国際法の戦い


「南シナ海の仲裁判断の衝撃①:ASEANの戦い」の続きです。

前回は政治面でのインパクトについて説明しました。今回は国際法面でのインパクトについて説明します。

今回の判断の中で、各国の海洋法関係者に最大の衝撃を与えたのは「」の基準を明示した点です。「島」と「」の定義については、国連海洋法条約121条に規定があります。

Article121
Regime of islands
1. An island is a naturally formed area of land, surrounded by water, which is above water at high tide.
2. Except as provided for in paragraph 3, the territorial sea, the contiguous zone, the exclusive economic zone and the continental shelf of an island are determined in accordance with the provisions of this Convention applicable to other land territory.
3. Rocks which cannot sustain human habitation or economic life of their own shall have no exclusive economic zone or continental shelf.

「岩」は「人の居住や固有の経済生活を持続させることができない」とありますが、これだけでは判断基準が明確ではありません。そこでこの規定の解釈が問題になりますが、仲裁判断で示された基準は以下のとおりです。

The Tribunal interpreted Article 121 and concluded that the entitlements of a feature depend on (a) the objective capacity of a feature, (b) in its natural condition, to sustain either (c) a stable community of people or (d) economic activity that is neither dependent on outside resources nor purely extractive in nature.

この判断基準に従うと、人の共同体を安定的に維持できない地形であれば「島」に該当しない(「岩」になる)ということになるようです。国連海洋法条約の文言からすると、単なる人の居住の可能性があれば足りるようにも読めますが、仲裁裁判所は、一歩踏み込んで、安定的な共同体の維持すなわち継続的な定住の可能性という解釈を示したようです。

しかし、世界中には、人間が継続的に定住していなくとも各国が「島」と認定した例がたくさんあります。これらがひっくり返されるとなれば、まさにゲーム・チェンジャーになります。たとえば「岩」ではせいぜい領海しか設定できませんが、「島」ならEEZが設定できるからです。

このため、いま多くの国の関係者がこの判断の射程を最小限にするためのロジックを検討しています。

今回の仲裁判断の拘束力は、当事国である中国とフィリピン、係争地域である南シナ海にしか及びません。これが事例判断に過ぎず、およそ一般的なルールを定めたものではないというロジックを立てれば、影響が及ばないことになります。

この点について、最も切迫感をもって対応を検討しているのは台湾です。自らが実効支配している「太平島」が「岩」と認定されてしまったからです。

今回の判断の効力は台湾には及びませんから、これをもって台湾のEEZの権利が否定されるわけではありません。とはいえ、当然のことながら係争地域が同じだから、もし台湾を当事国として同様の裁判が行われることになれば、台湾は非常に苦しい立場に追い込まれます。

判断の射程が決まるにあたり、最も重要な要素となるのは、判断例の集積です。すなわち、「島」か「岩」かについて判断を求めるケースが再び取り上げられ、同様の判断が下されれば、事例判断ではなく一般的なルールを定めたものである、という方向に大きく傾きます。

そういうわけで、今後注目されるのは、他の国が同様の提訴を行うかです。まず考えられるのはベトナムです。

ベトナムが同様の提訴を行えば、フィリピンが勝ち取ったのと同様の判断を得る可能性が高いです。したがって、前回述べた政治的事情はさておき、純粋に法的な問題としてとらえれば、ベトナムが提訴する理由は十分にあるといえます。

しかも、今回の仲裁判断には、判決主文ではなく理由部分で、西沙諸島における中国の権利を否定しているように読める箇所があります。このため、ベトナムは、南沙諸島のみならず西沙諸島をめぐる紛争についても十分な勝算が見込めます。

ちなみに、裁判の一般的なルールとして、結論だけを示して余計なことを言わない、というのがあるのですが、今回の仲裁判断は余計なことを書きまくっています。常設仲裁裁判所の裁判官の中には、非常に野心的な人たちが含まれていたらしいのですが、こうした理由部分のテキストを見ても、そうした野心をくみ取ることができます。

国際法に関しては、もう一つ、日本がフィリピンの提訴の手法を使えるか、という議論があります。長くなってしまったので次回にします。

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5 comments on “南シナ海の仲裁判断の衝撃②:国際法の戦い
  1. ペルドン より
    仲裁判断・・

    西沙諸島も提訴しろと・・示唆してるのでは・?

    非常に野心的な人達・・とは日本人では・?
    中国から・・「法匪」・・と詰られるのでは・?

    面白いですね・・・(笑

  2. JFKD より
    日本も

    太平島と沖ノ鳥島は同じ扱いになるということでしょうか。

  3. パードゥン より
    日本も、あちこち灯台守を置かないと

     竹中・小泉のケチケチ改革で灯台守が大幅削減されましたが、
    今後の人口減少も考えると、官舎や公営企業を島にどんどん設置する
    アベノ島ミックスを考えないといけませんね
     公は経済効率を考えるのではくて、国民がお金を持ちよるからこそ
    できる事を考えてほしいですね。  今は、民間の世話をやきすぎ

     鰹節工場を考えた先人は本当に偉い!
     

  4. パードゥン より
    米の従軍慰安婦像撤去訴訟、二審も敗訴

     日本は裁判には弱いですね  9段線の話は中国のオウンゴールでしょう

     従軍慰安婦問題は、韓国側も契約書とか何も残っているはずですよね
    朝鮮警察や、朝鮮人仲介人なしにはありえないでしょう。
    軍としても性病の蔓延や、沖縄のような一般市民の被害は困るから
    戦争という極限の状態で次善として対応したのでしょう
    戦後、アメリカ軍に対して韓国は同様な従軍対応をしてますから

     日本は自衛に専念して、韓国の防衛からは距離を置きたいですね
    韓国が核をもたないように経済・技術支援はもう止めて。  
    韓国は日本へミサイル向けそう

  5. JFKD より
    トランプ自爆したい?

    どうもトランプもやっぱり本当に大統領になりたくないらしく、暴言の質が変わって来たし、自身も国民も飽きてきたようだ(笑)。ヒラリーに勝ってもらいたいのでは。これで当選してしまったら困るだろう(笑)。ぐっちーの言うように、西郷隆盛の「もうこのへんでいいだろう」のようだ。共和党のピューリタンも、そろそろトランプがウォールストリートの同類で、エンターテイナーとしての大統領候補と解って騒いでいたんだろう。ピューリタンは本気でウォールストリートと闘うつもりがなかった。

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