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2016/08/03 00:00  | 中国 |  コメント(4)

南シナ海の仲裁判断の衝撃①:ASEANの戦い


中国の南シナ海領有権主張、法的根拠なし 常設仲裁裁判所(7月13日付BBC)

東アジアに激震が走った常設仲裁裁判所の判断。報道に出ているとおりですが、衝撃的な内容でした。ここまでフィリピンに一方的に有利な結果になると予想した人はおそらくいなかったでしょう。

この仲裁判断は、政治的にも法的にも極めて興味深いポイントを含んでいます。今回は政治面でのインパクトを取り上げます。

まず、仲裁判断の内容を確認しましょう。

仲裁判断は、領有権や境界画定について一切判断を行っていません(この点については次回詳しく説明します)。しかし、中国が唱える「九段線」の法的根拠と排他的経済水域に基づく権利は明確に否定されています。

しかも、中国の人工島の造成はフィリピンの排他的経済水域に基づく権利の侵害であり、環境破壊にもあたる、したがって国際法に違反すると認定しています。中国の行動を牽制しているわけです。

以上からすると、中国の完敗、フィリピンの圧勝です。しかし、いくら仲裁判断の内容がフィリピンに有利であっても、これを執行することはできません。国際社会には一元的な法の執行機関が存在しないからです。

フィリピンとしては、仲裁判断の正当性をアピールして、中国の譲歩、自発的な撤退を引き出す他ありません。しかし、軍事力において中国に圧倒的に劣るフィリピンが、丸腰で中国に強硬にあたるのはあまりにも無謀であり、不可能です。

まして、経済的な依存を強めている近年の状況からすればなおさらです。 その上、6月30日に新しく就任したロドリゴ・ドゥテルテ大統領は、中国からの経済支援を期待し、硬軟の間で揺れ動く姿勢を見せています。

同じことは、フィリピンと同様に中国との間で深刻な領土紛争を有するベトナムにもいえます。

こちらも、4月に対中強硬派だったグエン・タン・ズン首相が退任、親中派といわれるグエン・フー・チョン書記長が留任し、ズン首相が権力を掌握していた旧体制と比べると、より中国との関係の安定に配慮した方向に傾くとみられます。

ただ、フィリピンもベトナムも、国民の反中感情の高まりは無視し得ないものがあります。また、両国とも、前政権下では、経済・軍事の両面で日米との関係を強化し、中国への依存から脱却しようとする姿勢が見えました。

この状況と方向性は、新政権においても基本的に大きくは変わらないとみられます。ただ、新政権においては、よりバランスに配慮して、慎重な対応をとる、とみられます。

そういうわけで、フィリピンもベトナムも、硬軟の間で揺れ動く外交を展開することになりますが、両国の外交を左右する重要な要因となるのは、後ろ盾となる勢力の動向です。すなわち、米国とASEANがどのような動きをするかです。

米国は、今のところ慎重な対応をとっていますが、基本的には、中国の南シナ海における活動を全力で抑えるというこれまでの方針に変更はありませんから、これはこれで今までどおりです。

これに対し、ASEANでは、これまでになかった新しい動きがみられます。それは、ジョコ・ウィドド大統領が率いるインドネシアの方針転換です。

インドネシアは、南シナ海の南端にあるナトゥナ諸島を実効支配しており、その排他的経済水域は中国の「九段線」の範囲と重なっています。しかしインドネシアも中国も、領土紛争は存在しないという立場を明言してきました。このため、インドネシアは南シナ海問題に関して一貫して中立の立場をとってきました。

ところが、近年、ナトゥナ諸島の海域で中国漁船の違法操業が頻発し、インドネシア当局による漁船の拿捕が相次ぎました。このため、6月に中国外務省報道官が、この海域は「中国の伝統的な漁場」であると発言したのですが、これがジョコ大統領の逆鱗に触れることになりました。

ジョコは、就任後初めてナトゥナ諸島沖を訪問し、海軍艦船の上で閣議を開くという大胆なパフォーマンスを断行しました。ジョコは、就任前から「海洋国家構想」という政策哲学を掲げ、わざわざ海事担当の調整大臣という枢要なポストを新設するほどこだわりをもっています。

就任するや、違法操業する外国漁船の拿捕や爆破といった手段をとったり、外国人の薬物犯に対して死刑を執行したりするなど、国家の威信を重視して対外的に強い姿勢で臨む姿勢を強調しています。上記のインドネシアの強い姿勢も大統領の個性を反映したものでしょう。

インドネシアは、仲裁判断を受けて、フィリピンとベトナムと歩調を合わせて、中国に対して国際法の尊重を求めるという声明を出しています。さらに、ジョコ政権は、7月27日に内閣改造を実施しましたが、この改造では、大統領の側近中の側近であり、最強の閣僚といわれるルフット・パンジャイタン(元軍人)を政治・治安・法務担当の調整大臣から海事担当の調整大臣に異動させ、ナトゥナ諸島の軍備強化と開発を主導させることにしました。これも、ナトゥナ諸島問題に対するジョコの並々ならぬ思い入れが表れたものといえるでしょう。

インドネシアは、ASEANの盟主といわれますが、その国力と軍事力は圧倒的であり、その一挙一動がASEANの方向性を決めるほどのパワーを持っています。中国すら、インドネシアには一目置いており、ナトゥナ諸島への対応を見ても、フィリピンやベトナムへの対応とはまったく異なることが分かります。

そのインドネシアがこれほどまでに中国への対抗姿勢を明らかにするのは、これまでになかった事態であり、フィリピンとベトナムの外交にも少なからぬ影響を及ぼすことになるでしょう。

7月のASEAN関係の閣僚会議では、ASEANからの中国への追及は不十分に終わったように見えます。しかし、これから9月にG20(中国が議長国、ASEANではインドネシアがメンバー)、さらにASEAN関係の一連の首脳級会議が待ち受けています。

おそらくインドネシアはこれらの会議において、中国を牽制する言動を続けるでしょう。そうなれば、ASEANのメッセージもより中国にプレッシャーをかけるものになる可能性がありますし(ラオスとカンボジアは、これまで同様に中国をサポートする動きに出るので、共同声明を出すのは難しいですが)、また、可能性は低いですが、ベトナムがフィリピンと同様の提訴を行うこともあり得ます。

ASEANと米国の後ろ盾を得ることができれば、仲裁判断の攻撃力は高まります。もちろん、中国が実効支配する南シナ海の状況を大きく変えることは期待できません。しかし、中国の活動を掣肘し、これ以上の海域への進出を食い止めることは期待できるかもしれません。この意味で、南シナ海をめぐる攻防はあらたな局面に入ったといえます。

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4 comments on “南シナ海の仲裁判断の衝撃①:ASEANの戦い
  1. ペルドン より:
    日本も根本的には・・

    法改正し・・米国の次の大統領のお尻にくっつき・・
    東南諸国の統一と・・同盟を組む以外・・
    無いでしょう・・

    それには・・
    軍拡以外ない・・
    ここで・・ズルズル中国のガブリ寄りに負けると・・
    東南アジアは・・一気に流動化する・・

    としても・・
    トランプが大統領では・・バイバイされかねない・・
    よく知った悪魔の方が良い・・露西亜式選択・・

    新知事は女性ながら・・大変勇ましい方とも漏れ聴く・・
    都立海軍も・・夢ではないか・・・??(笑

  2. カマキリマン より:
    中国当局、日中友好団体理事長を拘束

    中国で日本人(日本国籍保持者)が相次いでスパイ容疑で拘束されていますが、どのように解釈すればよいでしょうか。
    日本政府や他国の政府はどのように見ているのでしょうか。
    もしよろしければ、さらっとでも触れていただけると助かります。

  3. JFKD より:
    同じく根本的には

    フィリピンは南シナ海問題を自分で創って、困ってしまい提訴し、またその判決をカネに変えようとしている。救いようがない。こういう東南アジアでは、AIIBが継続さえできればアセアンに相応しいだろうし、IMFも世界銀行も当のADBも協調している。オバマもお前はG2なんだよと手取り足取り中国を飼育しているので、海軍交流・情報開示を含めて、海洋進出を誘っているようにしか見えないが。(笑)実際手遅れで、オバマが故意に見逃したということだろう。トランプはこれをわざわざもっとはっきり言ってくれているということだ。ヒラリーはもっと深い所で中国とつながっている。本当の意図は透けて来ないが、米国は、中国は今まだいいところなんだから邪魔するなよというつもりで、日韓印と海軍演習しているように思えますが。(笑)
    東南諸国の統一、同盟、(印度も含めて)は必要ではあってもあてにはならないでしょう。今までの中国と北朝鮮の核戦略の実効性いうところからすると、日本は米国からの条件付き核ミサイル供与(笑)も含めた核戦略が必要でしょう。米国は韓国と北朝鮮の核は容認しても、日本だけには認めないという人もいますから。オバマ思想とは違って、核が平和に貢献してきましたが、既にイスラエル、これからイラン・サウジと進み、テロ集団がという事態もありえそうです。そこまでいけばオバマ思想も評価されるのでは。皮肉なことにイスラムを含めたテロが、世界平和に一番貢献するかもしれません。中国に西方からテロが始まれば、一番平和に資する気がしますが、いつものように金で手なずけてしまうかも。(笑)

  4. パードゥン より:
    ペンは剣より強し、されど金はさらに強し

     中国も経済大国化までもおとなしかったから、お金の力は凄いですね
    キッシンジャーが思想的な根拠のようですが、アメリカの中国支援は永く
    両党に根付いて、留学生も半端ない数でもうどうしょうもない
    日本がこれで、アメリカの軍事武器のお得意様になって経済没落すれば
    キッシンジャーのジャパンバッシングは完了です

     オバマが牧師さんのようで、いい事をゆうけど、そのとうりすると
    気分は良いが、神の試練と寄付の依頼が来るでしょ(笑)
    牧師さんは指示と慰めをくれるけど、ご自信は教会(アメリカ)から
    出ないと貧乏人の直感でアジア各国は踏んでて、オバマさんには
    懺悔ですますとして、現世利益の中国様とお付き合いですね

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