2015/11/05 00:00 | 中国 | コメント(6)
南シナ海の領有権問題:常設仲裁裁判所によるフィリピンの訴え受理
南シナ海領有権問題は、米海軍の艦艇派遣、日中・日韓・日中韓首脳会談、拡大ASEAN国防相大臣・・・と立て続けにイベントがあって盛り上がっていますが(今月はさらに5日から習近平国家主席のベトナム訪問、19日からASEAN首脳会議が控えています)、報道に出ている以上に言うことはありません。
ポイントはすべて明らかになっていますし、米国も日本もなすべきことをなすだけですから、ここではコメントしません。それよりも、この問題に関しては、裏で面白い動きが起こっています。
■南シナ海問題、国際仲裁手続きへ 中国は反発(10月29日付ロイター記事)
フィリピンの常設仲裁裁判所(PCA)への提訴は2013年に行われていましたが、中国はPCAには管轄権がないとして仲裁を拒絶していました。これに対しPCAは中国の主張を退け、本案審理に入るとの判断。
国際法を勉強したことのある人であれば、あれ、国際司法裁判所にせよ常設仲裁裁判所にせよ(後述する選択条項の宣言をした場合を除いて)当事国の合意がなければ裁判所の管轄権は認められないのでは?と思うかもしれません。一般的な紛争解決手続としてはそうなのですが、今回のフィリピンの提訴は、国連海洋法条約に基づく紛争解決手続によるものです。
この手続は、当事国の両方が国連海洋法条約の締約国であれば利用することができます。当事国の一方がこの手続を利用すれば、国際司法裁判所(ICJ)、常設仲裁裁判所(PCA)など、複数の裁判所のうちいずれかの機関(どの機関が選択されるかは287条の規定に従って決められます)によって拘束力のある決定が下され、義務的解決が図られることになります。
この場合、訴えられた他方当事国が、合意をしていないことを理由に訴えを回避することはできません。欠席しても、国内裁判のように欠席裁判として手続が進められます。
今回のケースでは、中国は国連海洋法条約の締約国ですから、合意していないからと言ってフィリピンの訴えを拒否することはできません。ちなみに以前の記事にも書きましたが、米国はこの条約を批准していません。
もっとも、裁判所が紛争を扱うためには、管轄権がないといけません。ここで問題になるのが国連海洋法条約298条です。
第298条 第2節の規定の適用からの選択的除外
1 第1節の規定に従って生ずる義務に影響を及ぼすことなく、いずれの国も、この条約に署名し、これを枇准し若しくはこれに加入する時に又はその後いつでも、次の種類の紛争のうち一又は二以上の紛争について、第2節に定める手続のうち一又は二以上の手続を受け入れないことを書面によって宣言することができる。
a.i.海洋の境界画定に関する第15条、第74条及び第83条の規定の解釈若しくは適用に関する紛争又は歴史的湾若しくは歴史的権限に関する紛争(中略)
b.軍事的活動(非商業的役務に従事する政府の船舶及び航空機による軍事的活動を含む。)に関する紛争並びに法の執行活動であつて前条の2及び3の規定により裁判所の管轄権の範囲から除外される主権的権利又は管轄権の行使に係るものに関する紛争
(以下略)
「第2節の規定」とは国連海洋法条約の定める紛争解決手続のことです。要するに、締約国は、①境界画定に関する紛争、②歴史的湾・歴史的権限に関する紛争、③軍事的活動に関する紛争、④法の執行活動に関する紛争であれば、国連海洋法条約の定める紛争解決手続には服さない、と宣言することができるのです。
これは国際法上「選択条項(optional clause)」と言われる概念で、ICJ規程36条2項にも同趣旨の規定があります。
さて、今回のケースですが、まず中国は上記①~④すべての紛争について適用を除外すると宣言しています。そして、今回のフィリピンの訴えに対しても、これを発動する(activitate)と明確に述べています。
そうすると、フィリピンの訴えは境界画定に関する紛争に関するものと見られるから、おそらく中国の主張どおり、常設仲裁裁判所(PCA)の管轄権はない(したがって本案審理に入らず訴え却下)という結論が予想されます。ところが、PCAは管轄権があるとの判断を下しました。
PCAのプレスリリース(PDF)を見てみましょう。長文で申し訳ないですが、重要部分のみ抜粋します。
b. Existence of a Dispute Concerning Interpretation and Application of the Convention
(中略)
With respect to the latter objection, the Tribunal noted that a dispute concerning whether a State possesses an entitlement to a maritime zone is a distinct matter from the delimitation of maritime zones in an area in which they overlap. While a wide variety of issues are commonly considered in the course of delimiting a maritime boundary, it does not follow that a dispute over each of these issues is necessarily a dispute over boundary delimitation. Accordingly, the Tribunal held that the claims presented by the Philippines do not concern sea boundary delimitation and are not, therefore, subject to the exception to the dispute settlement provisions of the Convention. The Tribunal also emphasized that the Philippines had not asked it to delimit any boundary.
e. Exceptions and Limitations to Jurisdiction
Finally, the Tribunal examined the subject matter limitations to its jurisdiction set out in Articles 297 and 298 of the Convention. Article 297 automatically limits the jurisdiction a tribunal may exercise over disputes concerning marine scientific research or the living resources of the exclusive economic zone. Article 298 provides for further exceptions from compulsory settlement that a State may activate by declaration for disputes concerning (a) sea boundary delimitations, (b) historic bays and titles, (c) law enforcement activities, and (d) military activities. By declaration on 25 August 2006, China activated all of these exceptions.
The Tribunal considered that the applicability of these limitations and exceptions may depend upon certain aspects of the merits of the Philippines’ claims:
(a) First, the Tribunal’s jurisdiction may depend upon the nature and validity of any claim by China to “historic rights” in the South China Sea and whether such rights are covered by the exclusion from jurisdiction of “historic bays or titles.”
(b) Second, the Tribunal’s jurisdiction may depend upon the status of certain maritime features in the South China Sea and whether the Philippines and China possess overlapping entitlements to maritime zones in the South China Sea. If so, the Tribunal may not be able to reach the merits of certain claims because they would first require a delimitation of the overlapping zones (which the Tribunal is not empowered to do).
(c) Third, the Tribunal’s jurisdiction may depend on the maritime zone in which alleged Chinese law enforcement activities in fact took place.
(d) Fourth, the Tribunal’s jurisdiction may depend upon whether certain Chinese activities are military in nature.
Following the practice of other international courts and tribunals, the Tribunal’s Rules of Procedure call for it to rule on objections to jurisdiction as a preliminary matter, but permit the Tribunal to rule on such objections in conjunction with the merits if the objection “does not possess an exclusively preliminary character.” For the foregoing reasons, the Tribunal concluded that it was presently able to rule that it has jurisdiction over certain of the claims brought by the Philippines but that others were not exclusively preliminary and would be deferred for further consideration in conjunction with the merits.
簡単に言えば、PCAは、中国のいうa~d(上記①~④)の適用除外の紛争に該当しないものについては判断できる(管轄権がある)、そして今回フィリピンが判断を求めている対象は適用除外の紛争には該当しない、したがって管轄権がある、と述べています。
何が国連海洋法条約上の権原(「島」等)に該当するかという話であれば(フィリピンは、スカボロー礁や(中国が埋め立てを行っている)ミスチーフ礁、ジョンソン礁などが権原とならないと主張してPCAに判断を求めている)、境界画定とは別の話であり(フィリピンは境界画定の判断は求めていない)、国連海洋法条約の解釈に関わる問題となるので、その限りでは管轄権がある、ということです。
「島」に当たるかどうかという話は、明らかに境界画定の判断に直結する問題ですから、かなり大胆な判断です。これまで裁判所がこうした積極的な判断をしたケースは(私の知る限り)ありません。そういう意味で、今回のPCAの判断は画期的です。
さて、そうなると気になるのは、他の領有権をめぐる争いに波及しないのか、という点です。たとえば、日本は韓国を相手にして、竹島の領有権をめぐる紛争について、国連海洋法条約の定める紛争手続を利用する(いずれかの裁判所に訴える)ことはできるのか。これは基本的にできません。なぜなら、韓国は、中国同様、上記の選択的除外の宣言をしているからです。竹島の問題は明確に「境界画定に関する紛争」に該当します。
しかし、今回のフィリピンのケースのように、何とか境界画定に関する紛争には該当しない、という形に持っていくことはできないのか。これも私は専門家ではないので確たることは言えませんが、南シナ海のように岩礁や人工物が「島」に当たるかといった境界画定とは別の次元の話があるのならともかく、それが思い当たらない以上、選択的除外に該当することは避けられないように思われます。
とはいえ、今回のPCAの判断を元に、境界画定の話を回避して竹島の問題を訴えるというテクニックがもしかしたら考案されるのかもしれません。その意味で、このPCAの判断は非常に意義深いですし、これからの審理も要注目です。
かなりマニアックな話でしたが、このへんの解説をしている記事は(少なくとも日本語では)全然見かけません。冒頭に述べた米軍艦艇や首脳会談は、書くことなど決まってますから、こういうサブスタンスのある話にもう少し焦点を当てた方が生産的だと思うのですが、どうなんでしょうね。
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6 comments on “南シナ海の領有権問題:常設仲裁裁判所によるフィリピンの訴え受理”
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フィリッピンにも・・日本以上に知恵者がいたって事ですね・・
誰かの入れ知恵かな・?
霞が関も・・啓発され・・知恵絞りましょう・・
日本のマスコミ・?
こういう知的な話は駄目でしょう・・・(笑
手のとどかない背中のかゆいところをかいて頂いた感じです、ありがたや、ありがたや、、、、
南沙諸島はほとんどベトナムとフィリピンが抑えていたので、領土を欲しがる中国が岩礁を無理やり埋め立てたということなんでしょうか。だとすると権原に該当するかだけで話は済むわけですね。もっともかつて砲撃してベトナム軍から中国が奪った島はどうしようもありませんが。竹島も父の朴大統領の時代は冗談で破壊してしまえば解決するのにね、と言っていたそうです。米国も漁夫の利を得るためではなく、本当に日韓が戦闘ということになるのだったら、ベクテルかハリバートンに沈没させていたかもしれません・・(笑。南沙諸島は深いのでばれないかも。しかし米国は尖閣の土地を賃借していたり、講和条約で竹島を日本領としているのに我関せずという態度をとるところがミソですな。
面白いですか。そこまで言われると、うれしいです(笑)。
竹島は、日本は本気で訴えたいと思っているのか、難しいですね。
マスコミ、あと安全保障関係の「知識人」、いつも同じことばかり言っていて、つまらないです(笑)。
そんなにありがたがってもらえると、私も、ありがたいです・・笑
おそらく、中国が実効支配している礁は権原にならない、ということを言いたいのだろうと思います。竹島は、こんなに本来争う必要はないところですから、もったいないですよね・・。