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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2015/10/19 00:00  | 米国 |  コメント(0)

阿川尚之『憲法で読むアメリカ史』


「安保法制」で述べたとおり、今回は、最高裁の憲法判断の歴史について紹介します。まず、こちらは憲法判断の歴史を俯瞰するのに便利な一冊です。

山本祐司『最高裁物語』

法曹でなくとも、法学部出身の方であれば、砂川事件、東大ポポロ事件、全農林警職法事件、自衛官靖国合祀訴訟といった重要な憲法判例を勉強したことでしょう。法学徒としてこれらの判例にあたるときは、関連する条文の順番に沿って、憲法上の論点だけを勉強するので、詳しい事実関係やそのときの世相、最高裁の構成などを気にすることはありません。

しかし、現実には、憲法訴訟の中には、政治性が極めて強いものがあって(上記事件はその例)は純粋に法理論だけで見るのでは真実は見えてこなかったり、法理論としてはそれほど見るところがなくとも、現実に与える影響を見ると注目に値するという例がいくつもあります。

たとえば、トリビア的な例になってしまいますが、麹町中学内申書事件という、思想・信条の自由が争点となった事件としてはリーディング・ケースともいえる著名判例がありますが、この事件の原告が保坂展人氏、代理人が仙石由人氏であったことを知ると、その後の二人のキャリアなども考えながら読むと、より事件の面白さが伝わってくるでしょう。

この本を読むと、最高裁の判断の政治的背景や時の最高裁の動向をおさえつつ、時系列に沿って、その判例が現実に与えたインパクトを知ることができます。

これを読むと、ときどき大胆な判断を下す裁判官もいますが、基本的には、当然のことながら、裁判所も国家の機関、裁判官も司法官僚であり、最高裁という最後の砦になれば、自民党のテコ入れもあったりして(憲法判断回避を含めて)政治的配慮を感じさせる結論をとってきたことが分かります。

「司法の独立」を謳う裁判所がこんなにも保守的で政治権力の影響下にあるのかと思うかもしれませんが、そうは言っても、最高裁のアプローチの基本は「判断を回避する」ことにあります(司法消極主義)。

これは、国家の政策を積極的に肯定することではありません。裁判所の能力と役割には限界があるので、民主主義に委ねるのが適当な場面において、司法が抑制的に働くことは健全といえます。

ところで、この司法と政治の関係は、米国において、より明瞭に現れます。米国の最高裁判事は大統領が指名・任命しますから、共和党・民主党それぞれの政権において、党派を意識した人事が展開されてきました。

ニューディール立法を次々に違憲とした最高裁に対して政治的圧力をかけるべくフランクリン・ルーズベルトが行おうとした最高裁改造プラン(失敗に終わるが、その後、ルイス・ブランダイスフェリックス・フランクファーターら進歩派判事の支援を得て、最終的には最高裁の路線変更を実現させる)、保守的な政治家であったアール・ウォーレンを最高裁長官に任命したアイゼンハワーの人事(予想に反して、「ウォーレン・コート」は人種差別、公民権運動、政教分離などの重要な論点について次々に歴史に残る進歩的判決を下す結果となる)が代表的な例といえます。

米国の最高裁の人事や判決は、文字どおり、米国の歴史を形作るほどの影響力をもってきました。連邦と州との権限配分、人種差別、南北対立、ニューディール、冷戦、同性愛、中絶といった、米国社会を分断する重大な課題について、最高裁は、最終的な決定権者として、ことごとく米国の方向性を決める判断を行ってきました。最高裁を知らずして米国を理解することは不可能とすら言えます。

最高裁への米国民の関心は高く、最高裁判事に対する尊敬の念も極めて強いのですが(一種の現代の英雄といえます)、これは、高度に法化社会となった米国社会の構造に由来するところが大きいのでしょう。この点についてはまた別途説明したいと思っています。

米国最高裁について日本語で書かれた文献は少ないですが、参考になるのが以下の二冊です。

阿川尚之『憲法で読むアメリカ史』
ボブ・ウッドワード、スコット・アームストロング『ブレザレン-アメリカ最高裁の男たち』

一冊目の著者の阿川尚之さんは米国の歴史・思想について日本でも有数の卓越した知見をおもちの方です。人間的にも素晴らしい方で、ぐっちーさんと並んで(笑)私の人生の師匠の1人です。

二冊目は1981年出版の古い本ですが、今なお様々な文献で引用される名著です。ボブ・ウッドワードらしく、人間ドラマの生々しい描写(当時「ニュー・ジャーナリズム」といわれた手法)が印象的です。

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