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The Gucci Post [国際政治・経済・金融 × プロフェッショナル]

2015/07/29 00:57  | 中国 |  コメント(1)

津上俊哉『巨龍の苦闘』


■ 津上俊哉『巨龍の苦闘 中国、GDP世界一位の幻想』

上海株、また急落しましたね。2007年以来という8%の下落。とはいえ、いまだ年初来からはプラスの水準ですし、そもそも中国経済において株式市場が果たす役割は限定されており、急落の原因は株式売買の急速な大衆化であることから、中国経済に深刻な影響を与えるものではないでしょう。むしろ警戒すべきは過剰なボラティリティです。

もっとも、近年、中国経済がますます厳しい局面に入ってきたことは明らかです。最近では、デビッド・シャンボーのような中国共産党の御用学者が「転向」したことも話題になりました(「終えんに向かい始めた中国共産党」参照)。

では中国経済が抱える問題とは何なのか。これは言い出すと切りがないですが、マクロ経済データからアプローチしたのが本書です。

著者は90年代後半に在中国大使館に経産省アタッシェとして勤務した方で、まさに現場で台頭する中国経済を実感し、中国専門家の道に入ったとのことですが、その著書が、『中国の台頭』(2003年)から始まって、『岐路に立つ中国』(11年)、『中国台頭の終焉』(13年)、『中国停滞の核心』(14年)、そして今回の『苦闘』と、トーンが変わっていくのが趣深いところです。

なお、在外大使館に勤務して後に地域の専門家として名をなす例は結構あります。著者のようなプロパー官僚(経産アタッシェ)のケースは珍しいですが、「専門調査員」という研究者を対象とするポストについては、その後著名な学者になった方は沢山いて、とりあえず思いつくところでは、中国では天児慧教授、中東では酒井啓子教授、立山良治教授、大野元裕議員、「イスラム国」人質事件でクローズアップされた中田考氏がいます。

さて、本書の内容ですが、一言でいえば、中国経済は「投資・負債頼みの成長モデル」だったところ、2014年はもはやそれが続けられなくなり、債務収縮を起こしている、この段階になってなお大規模な投資・借入を続ければハードランディングが起こる、ということです。

高度経済成長を維持するために中国がやってきたことは大規模な投資と金融緩和です。効率性を度外視した投資の積み上げにより数字上高い成長率を達成してきたわけですが、結果として大量の不良債権が発生して資金の流れ(フロー)が悪化し、バランスシート面(ストック)では不良資産が蓄積することになりました。

特に、中国では、地方政府に財政・司法をはじめとする強大な権限が認められています。このため、中央政府が大規模投資・金融緩和に舵を切れば、地方政府はそれにもまして投資と負債を膨張させるおそれがあります。リーマンショック後の空前の「4兆元公共投資」が、全国的に莫大な銀行貸出の拡大を引き起こしたのはその一例です。

そういうわけで、中国は、高度成長路線からの方針転換を図っていますが、その努力は成長の果実を求める勢力に押されて困難に直面しています。これまでも、中国共産党の政策は、右派(改革)と左派(保守)の間で揺れ動いてきましたが、現指導部も、改革路線をとりながら、状況に応じて保守派との妥協を探るという方針をとっていると考えらます。

具体的には、昨年から「ニューノーマル(新常態)」を前面に出して高度成長への期待を下げ、3月の全人代では、2015年の成長率を7%に設定しました。しかし、7%の成長率は、かつての10%成長時代と比べれば抑えられているとはいえ、ここ数年の数値とそう変わるものではありません。

中国が経済成長7%にこだわるのは、習近平ら現執行部を選出した2012年の党大会で、2020年までにGDPと国民の平均収入をそれぞれ2012年の2倍にすると公約してしまったことにあります(目標達成のためには年平均7%の成長が必要)。中国の経済統計は当てにならないと言われますが、こういった背景にかんがみても、党官僚が数字を作り出す事態が容易に想像できるでしょう。

また、地方政府の財源調達手段を制限し(地方債に限定、金額も統制)、「虎退治」(汚職撲滅)を追求しています。これは地方政府の暴走を抑えるためのガバナンス改革の一環ともいえます。

一方で、元々周辺国と良好な関係を築くための外交政策だった「一帯一路」が、各省庁、地方政府、関連業界が投資フィーバーを起こすために利用されるおそれがあるところ、「シルクロード基金」の高速鉄道プロジェクトへの出資がその兆候となる可能性があると本書は指摘しています。

AIIBが財政部に指導される構想であるのに対し、シルクロード基金は人民銀行が主導する取り組みです。AIIBがシルクロード基金にライバル意識をもち、投資フィーバーに乗っかることがあれば、国際機関としての信頼性も失うことになるでしょう。

このように、現指導部は基本的に改革を追求していると考えられますが、この点については、本書でも説明されていますが、最近の中国では、「太子党」を「紅二代」(革命経験者の直系)と「官二代」(革命経験者ではないが共産党の高級子弟まで出世した人の子息)に分けて論じられます。「紅二代」(代表格は習近平(父は習仲勲)、劉源上将(父は劉少奇)、李小林(父は李先念)が中国の将来を憂える一方、「官二代」は自己中心的に経済的利益を追求し、前者を後者を嫌悪している、という図式がよく指摘されています。

そんなわけで、本書は、マクロ経済から見た中国経済の危機的状況を明らかにした上で、外交や安全保障を含む大きなトレンドを予測しています。考えられる中国のソフトランディングとは、現時点で健全な財政状態(債務残高のGDP比26%)にある中央政府が適切に財政出動を行うことで安定成長を持続させるというシナリオです。

そうすると日本のように財政赤字大国になるでしょうが、ハードクラッシュは回避できるということです。マクロ経済的にはそうなんだろうなと納得します。ただ、絶望的な経済格差、社会の不安定といったミクロ的な問題を見ると、マクロ経済政策だけで解決を図ることは難しいのだろうと思います。

ひるがえってみると、冷戦終結以降、かなりの数の共産主義・権威主義体制が滅んでいるわけです。習近平ら現執行部の危機感が相当のものであることは間違いありません。おそらく本音では「中国夢」とか南シナ海とか日中対立とか、そんなことやってる場合じゃないよ、というところでしょう。しかし、覇権志向の保守派に押されて、これを止めることができない。

このガバナンスの脆さこそがチャイナリスクであり、その故に「中国脅威論」を否定することはできません。むしろ、中国の窮状が顕在化するにつれ、経済面においても政治・安全保障面においてもリスクは高まると考えるべきでしょう。

いずれにしても、本書のマクロ経済データを出発点とした考察は、慣れない人には読みこなしにくいかもしれませんが、情緒的な中国経済論が多い中で、データに基づくクールな分析を見ることができる点で一読に値します。

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One comment on “津上俊哉『巨龍の苦闘』
  1. HY より:
    読みました

    興味深く拝読致しました。
    次回も期待しています。

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