2015/07/09 00:00 | 東南アジア | コメント(3)
インドシナの物流をめぐる主導権争い
■ 第7回日本・メコン地域諸国首脳会議(7月4日付外務省HP)
先週、メコン5か国の首脳が同時に来日し、日本を加えて首脳会議を開くというイベントがありました。メコン5か国、すなわちタイと「CLMV」といわれる後発国からなる「陸のASEAN」は、シンガポール、マレーシアらからなる「海のASEAN」と比べて経済発展が遅れていますが、その原因の一つは、国境を越える物資の移動コストが高い点にあります。
これを克服すべく進められているのが「ASEAN経済共同体」と「経済回廊」の構築です。ASEAN経済共同体は、簡単に言えば、ASEAN10か国が共通の市場と共通の生産拠点を作るという試みです。「共同体」と言っても、内実は経済連携協定に近いイメージです。
色々なプロジェクトがありますが、その中でも関税撤廃は順調に進んでおり、一部の例外を除いて、本年中に達成されると見られています。もっとも、運用面などで多くの課題が残っているため、実際に域内貿易に活用されるには時間がかかるとみられます。
●経済回廊
経済回廊は、陸のASEAN域内の物流インフラを整備する(「コネクティビティ」を向上させる)プロジェクトです。①南部経済回廊、②東西経済回廊、③南北経済回廊という3つの経済回廊が作られています。それぞれにおいて道路のインフラを整備し、物流の効率化が図られています。
南部経済回廊は、タイ(バンコク)-カンボジア(プノンペン)-ベトナム(ホーチミン)を結ぶ回廊です。4月に「つばさ橋(ネアックルン橋)」が開通したことで、これまでフェリーで往来していたメコン川を自動車が通ることが可能になり陸路ルートが完成しました。
次の課題はバンコクからミャンマーのダウェーまでのルートを開通させることです。これが実現すればインドへの輸出ルートが開けます。
ダウェーでは経済特区の開発も進められており、今回の首脳会議でも日本・タイ・ミャンマー間で覚書が交わされました。ここは深海港の建設が可能な立地条件を備えており、東南アジアに欠けている重工業を発展させる可能性がある点でも注目を集めています。
東西経済回廊は、ベトナム(ダナン-ラオバオ)-タイ(サワナケット)-ラオス(ムクダハン-メーソット)-ミャンマー(ミャワディ-モーラミャイン)を結ぶ回廊です。ミャンマーの道路は建設中ですが、ソフトインフラを含め、比較的早期に発展したルートといえます。
南北経済回廊は、中国(昆明)-ミャンマー/ラオス-タイ(バンコク)を結ぶ回廊です。こちらもミャンマールートの整備ができておらず、ラオスルートも十分に整備されていません。
注目すべきは、①と②は日本のODAが活用されている一方、③は中国とタイが開発を主導している点です。そして、上記のとおり、①と②は開発が進展し、日本企業の産業集積が進んでいる一方、③は開発がまだ進んでいません。
●クラ運河
このように、インドシナの物流インフラの整備が日本の主導で進展する中で、最近話題となったのが、中国主導によるクラ運河開発プロジェクトです。
■ China not involved in Kra canal work(5月20日付The Straits Times記事)
中国とタイが共同して、タイ南部のクラ地峡に運河を建設する噂があったのですが、中国もタイも、そんな構想はないとして否定したという記事です。色々な話を総合すると、民間企業の間で取り決めが交わされたが、政府は関与していない、ということのようです。
クラ運河は、上記の地図を見れば分かるとおり、実現すれば、マラッカ海峡をショートカットする形で物資を運ぶことができるので、東南アジアの海運に大きなインパクトを与えることになります。
しかし、この構想は、17世紀から存在しましたが、何度も立ちあがっては消えることを繰り返しており、幻のプロジェクトといわれています。構想が実現しないのは、巨額の資金が必要になるためですが、それに加えて、クラ地峡がタイ南部の5県を通過するためです。
このうち「深南部3県」といわれるパッタニー、ヤラー、ナラーティワート、それにソンクラーを合わせた4県では、長年にわたり、イスラム過激主義勢力が独立闘争を展開しており、今なおテロが頻発しています。
この地域の不安定な治安状況がプロジェクトの大きな阻害要因といわれています。なお、東南アジアにおけるイスラム主義勢力の独立闘争については、フィリピンも含め、別途詳しく説明します。
また、マラッカ海峡の通行量が減少することが見込まれるので、シンガポールからの反対も予想されています。もっとも、この点については、現在、マラッカ海峡はオーバーキャパシティ状態にあり、あまり大きな反対はないのではないか、との見方もあります。私も4月にシンガポールを訪問した際タンカーの運航の様子を見ましたが、常に交通渋滞が起こっているような風景が印象的でした。
●中国のインフラ開発
しかし、今またこの構想がよみがえったのはなぜなのか。よくいわれるのは、上記のとおり、経済回廊という陸の物流ネットワークの整備が日本主導により進められていることに対する中国の反撃である、という見方です。
中国のインフラ開発攻勢は、特にアジアにおいては目覚ましく、以前の記事でお伝えした昆明-チャオピューの石油・ガスパイプライン、ミャンマーやベトナムにおけるダムや発電所の建設など目白押しです。また、ニカラグアでの運河建設も、米国の建設したパナマ運河に対抗して進められているといわれます。
AIIBも、こうした積極的なインフラ開発の文脈に位置づけられるものです。もしかしたら、AIIB案件としてこの構想が出てきたのではないか、派手なプロジェクトだからAIIBを売り出すにはもってこいだし・・と思いきや、溜池通信(PDF)によればAIIB案件になる可能性はないとのこと。たしかに、上記の中国とタイの消極的な対応を見る限りでは、今すぐに動く話というわけではなさそうです。
もう一つ留意すべき重要なポイントは、この運河が開通すれば、米軍が掌握するマラッカ海峡を経由せずとも中国への輸送が可能になるという点です。最近の南シナ海をめぐる米中の緊張関係も見ていると、こうした軍事的メリットを中国は重視しているとみることには理がありそうです。
そんなわけで、このプロジェクトは、タイ深南部の情勢など次第ではありますが、色々な方面に波及効果が及ぶ、面白い案件です。また忘れられた頃に蘇ってくるでしょう。
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3 comments on “インドシナの物流をめぐる主導権争い”
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ご了承のうえ、ご利用ください。
世界中まだまだインフラ整備する余力は無限にあるんですね。
これ以上生産性が上昇しすぎて大丈夫なのでしょうか。
リークアンユーの本には「日本の失敗は過剰投資」と書かれていました。
インフラや貿易ルールが整うほど国際分業は加速するのでしょう。
米国みたいな全く新しい市場創造をしないまま
産業の陳腐化と高齢化だけが進む欧州日本は何で食べていくのか。
升添えさんはいまさら金融をと旗振りしているそうですが
モノとカネはいっぱいあるんですよねえ。
ヒトというか、プロデューサーが圧倒的に不足している気がします。
テキトーなコメントですいませんが、
地図を見た南北回廊の第一印象が
「借金してまで昆明とつなげてもナァ・・・。それならまず先にハノイとつないでハノイをハブにする方が経済的には合理的なんじゃないの?この計画でタイ人はモチベーションあがるの?」
でした。
10年位前にタイ→カンボジア→ベトナム→ラオス→タイ、とバスで1ヶ月ちょっと掛けて旅行しましたが、カンボジアとラオスはまさに未舗装の自然に囲まれた田舎道で電気もないところを走っていたのを覚えています。他にも単発でミャンマーやマレーシアにも行ったことがあります。
あの状態から横断道路を作るのは、作るだけでなく、メンテナンスするのも相当大変そうですね。
各国とも近隣諸国とは微妙に仲が悪いですしw 10年前はタイ-カンボジア間の国境道路(確か名称は友好橋だったと思います)もタイ側はできているのに、カンボジア側はまったくできていない状況でした。