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2015/05/19 00:00  | 東南アジア |  コメント(6)

マレーシア政治②:野党連合の苦境


「マレーシア政治①:ナジブ政権の苦境」の続きです。

UMNOの支配

マレーシアでは、1957年のマラヤ連邦としての独立以来、統一マレー国民組織(UMNO)が多数党の地位を占めています。絶対的優位を保ってきたUMNOに衝撃を与えたのが2008年の総選挙です。

UMNOの獲得議席は3分の2を割り、得票率は51.5%、マレー半島に限ると50%を割るという屈辱的な結果になりました。この歴史的後退を理由に、アブドラ・バダウィ首相(当時)は辞任に追い込まれました(新首相に就任したのが現首相であるナジブ・ラザク副首相(当時))。

選挙後、野党3党(PKR、DAP、PAS)は、野党連合「人民同盟」(Pakatan Rakyat, PR)を結成し、与党連合「国民戦線」(Barisan Nasional, BN)に対抗します。

そして、2013年総選挙を迎えます。野党連合は50.87%の得票率を得ながら、不利な選挙区割りのために獲得議席数においてはUMNOに劣後する結果となりました。しかし、野党連合が結束を維持すれば、将来的には政権交代が十分にあり得ることを予感させる結果となりました。

アンワルの闘い

野党連合を導いてきた指導者がアンワル・イブラヒムです。前回の記事でも説明しましたが、アンワルは、マハティール政権で副首相・財務省の要職を務め、マハティールの後継者、次代のアジアを代表するリーダーと謳われました。

もともとイスラム教の学生組織を結成した経歴があり、UMNO本流のエリートではありませんでした。しかし、敬虔なイスラム教徒でありながら、西欧的な価値観・素養を備えたアンワルは、欧米からの信頼感も絶大であり、近代化に成功したイスラム国家のリーダーの象徴として、国内外において高い評価を得ていました。

輝かしい未来が約束されたかに見えたアンワルが失脚するのは1997年の経済危機の時期です。このとき、IMFの支援とワシントン・コンセンサスに従った対応を主張したアンワルは、ナショナリスティクな路線をいくマハティールと激突し、UMNOから除名されます。その後、同性愛罪や権力濫用罪で起訴され、収監されます。

次期首相間違いなしと言われた権力の頂点から引きずり降ろされ、投獄されるという数奇な運命をたどりました。なお、一説には、マハティールがアンワルを排除したのは、政策上の不一致ではなく、アンワルが真に同性愛者であった点にあると言われています。

保守的なイスラム教徒であるマハティールにしてみれば、同性愛者が国のトップに立つことはどうしても耐え難かったのでしょう。また、アンワル自身、元々はイスラム教の学生組織を結成したほどのイスラム教徒であったのに、禁忌を犯し、それを隠していた点も許せなかったのかもしれません。ゴシップめいた話と思うかもしれませんが、たとえば米国でさえ、アフリカ系や女性の大統領は誕生しても、同性愛者の大統領が認められることはないでしょう。この感覚に近いものがあると思います。

しかし、釈放されたアンワルは、今度はUMNOに対する猛烈な批判者として復活します。収監中、夫人のワン・アジザが結成した政党PKRの実質的な指導者として活動を開始し、他の野党であるDAPとPASとの連携を進め、野党連合を実現させます。

DAPは華人、PASはマレー人を主な支持母体とし、特にPASは保守的なイスラム教の価値観を信奉していることから、野党3党の連帯は至難の業と思われましたが、アンワルは、強力なリーダーシップを発揮してこれを実現させました。そして、2013年の総選挙を終え、これからの活躍が期待されました。

しかし、昨年、上訴裁判所において、同性愛容疑の一審での無罪判決が覆され、有罪判決が下されます。そして、2月、有罪判決が確定し、再び5年間収監されることになりました。アンワルは、一貫して無罪を訴え、政治的陰謀であると主張しています。

このように、マレーシアでは、圧倒的優位に立ってきた与党UMNOに対して野党連合が挑むという状況になっていますが、現在、野党連合は、その結束に不安を抱かせる様々な問題に直面しています。具体的には、以下の問題に直面しています。

イスラム刑法の導入

前述のとおり、野党連合を形成する3党は、それぞれ支持者と価値観が異なることから)、従来より、それぞれの党の政策の不一致がその結束を弱体化するリスクが指摘されてきました。特に、PASが主張するイスラム刑法の導入に対しては、DAPとPKRは強く反対してきました。

そうした状況の中で、3月、クランタン州議会は、PASが提出したイスラム刑法を実施するための改正法を可決しました(クランタン州議会はPASが多数を占めている)。この改正法には、石打ち、鞭打ち、手足の切断等を伴う身体刑(Hudud)が規定されており、DAPとPKRはその成立を強く非難しています。この問題は極めて深刻で、野党3党の結束に致命的な亀裂を生じさせる可能性があります 。

野党指導者の世代交代

前述のとおり、2月にアンワルの有罪判決が確定しました。アンワルは67歳の高齢であり、刑期終了後にアンワルが政界復帰する可能性は低いと見られます。野党連合の求心力としての役割を果たしてきたアンワルに匹敵する有力な指導者は現状見当たらず、野党連合にとって彼を失うことは大きな打撃です。

これに加えて、PASの精神的指導者であったニック・アジズが2月、DAPの党首であったカルパル・シンが昨年亡くなりました。これまで野党連合の協力に強くコミットしてきたこれら野党3党の指導者の引退は、野党連合の結束を弱体化させる可能性があります。

次期下院選挙は2018年に予定されていますが、上記①②の問題から、近い将来、野党連合は崩壊し、再編されるとの見方も有力です。このように、ナジブ政権が苦境にある一方で(前回の記事)、野党連合は、それ以上の苦境に陥っているのが現実です。

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6 comments on “マレーシア政治②:野党連合の苦境
  1. anonymous より
    リクエスト

    東南アジアは旅行の時くらいしか調べないので、大変勉強になります。
    各国に対するわが国の外交的なスタンス、関わり方(どの勢力とパイプを持っているのかいないのか、など)についても触れて頂けると、よりリアリティがあってよいなあと思っております。
    これからもよろしくお願い致します。

  2. JFKD より
    イスラム伝播

    砂漠の宗教イスラムが征服でもないのに東南アジアに伝わったのは不思議です。モンゴルが征服地ではイスラムに改宗したのはなんとなく理解しやすいですが。温度の高い地域では豚は衛生上問題あるのが共通しているのかもしれません。しかしインドネシア・マレーシアにはその素養は葬祭仏教の日本と同じくらいないし、特に神秘主義においては中東とは全く別物のイスラムと思うのですが。同じ一神教内での改宗なら解りやすい気がしますが、アニミズムと幻覚の宝庫のような所でのイスラムというのは想像しにくいです。

  3. JD より
    anonymousさん

    ありがとうございます。ご指摘の点、今後、念頭において書いてみたいと思います。

  4. JD より
    JFKDさん

    東南アジアのイスラムは、歴史・思想においても、現代の政治・社会においても、大変興味深いテーマですね。そのうち書いてみるつもりでいます。

  5. ichi より
    アジアの勢い

    いつも楽しみに読ませて頂いております。
    マレーシアに来ております。初めてジョホールバルに来て開発現場を見学し凄いなぁの一言。
    イスカンダル計画を推進する指導力とマルボロカレッジなどの誘致。海岸を埋め立てコンドを建設しまくる中国企業。シンガポールと陸続きになりそう(笑)テマセク、ラッフルズなどシンガポールの勢い。
    日本のスーパーゼネコンなども参入しているようですが他のアジア勢凄いですね。

  6. JD より
    ichiさん

    ありがとうございます。
    ジョホールバル、まだ行ったことがないのです。イスカンダルなど話を聞いているとぜひこの目で見たいのですが。
    おっしゃるとおり、シンガポールはアジアの勢いをものすごく感じるところですよね。日本の存在感が薄いぐらいに・・・

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