2015/10/27 00:00 | 米国 | コメント(1)
リチャード・ホフスタッター 『アメリカの反知性主義』②
前回の記事の続きです。前回は米国社会の一つの基層といえる「反知性主義」について説明しました。今回は反知性主義の政治における現れについて述べます。
前回の記事の冒頭で、最近の政権を見ると、知的エリートの登用が常態化していると書きました。なぜこうなっているのか。ホフスタッターは、知識人が尊敬されるのは革新が求められる時代である、と述べています。
社会が進歩と実験を求める時代には、蓄積された知の力が頼りにされるということなのでしょう。たしかに、米国の歴史を見ると、アンドリュー・ジャクソンの時代や19世紀の「金ぴか時代(Gilded Age)」では、社会の進歩よりは分配や既得権の保護が重視されました。この時代、政治の世界で知識人の活躍は求められませんでした。
「ブレーン・トラスト」という知識人を結集し、政策形成にフル活用した大統領として有名なのがフランクリン・D・ルーズベルト(FDR)です。FDRは米国史上最も偉大な大統領の一人と言われますが、大恐慌を克服すべく、「進歩」を掲げ、まさしく改革を進めました。今なおリベラルにとってカリスマともいえる存在です。
FDRのとった政権運営手法は、同じ民主党のジョン・F・ケネディ(JFK)、リンドン・B・ジョンソン(LBJ)に引き継がれます。この時代は、JFKが宇宙の征服を謳い、LBJが「偉大な社会(Great Society)」プログラムを唱えたように、人間の知性が時代を良き方向に導くという、リベラルの楽観的な進歩史観、圧倒的な科学万能主義が絶頂を迎えた時代でした。知識人は時代を導く祭司のごとき存在でした。
その素朴な楽観主義はベトナム戦争によって打ち砕かれます。最高の頭脳集団がベトナム戦争という蟻地獄に陥るドラマを描いた作品がデビッド・ハルバースタム『ベスト・アンド・ブライテスト』です。
その後の米国政治は、ヒッピー文化に代表される若者のエスタブリッシュメントに対する反逆、その一方で反動的な保守主義の色彩が強まりますが、それでも知識人の活躍が期待される状況は定着しました。社会が高度に専門化し、常に変革が求められる状況が常態化したからでしょう。
ニクソンがキッシンジャーを重用し、レーガンが共和党員であるにもかかわらずJFKを尊敬して「革命」(通常、保守主義者が忌避する言葉)を追求し、ネオコン(レーガン政権に参加した進歩的な民主党員)を用いたのもその例といえます。
ただ、宗教を含め、社会的保守主義においては反知性主義の潮流は強く、今回の大統領選をみれば、ティーパーティーから強い支持を受けるランド・ポールとテッド・クルーズ、社会的保守のマイク・ハッカビー(牧師出身)などその例ととらえることができます。
ではドナルド・トランプはどうか。たしかに権威への反抗という意味で共通するところはありますが、本質的にはただのエンターテイナーというか、マッチョと排外主義を掲げて支持を集めるポピュリストであり、前回の記事で述べた「バカの壁」に近い人間です。反知性主義の文脈で考えることはおそらく適切ではないでしょう。
最後に、最近出たホフスタッターの本の解説本として森本あんり『反知性主義』があります。
著者は著名な宗教学者であり、反知性主義の淵源にある宗教性についての説明は非常に分かりやすく、米国の宗教文化の理解も深まります。導入本としては優れた一冊と思います。
ただ、政治思想への影響を含め、大きな視点での米国の構造、特に現代における反知性主義の潮流には触れられていません。この本を読んだ後、ぜひホフスタッターの原典(さらにはトクヴィル『アメリカの民主政治』)に進んで欲しいところです。
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One comment on “リチャード・ホフスタッター 『アメリカの反知性主義』②”
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哲学書愛読・・
理論武装しているなら・・
我らは・・何を読むべきか・・悩ましい・・・(笑