2015/10/01 00:00 | 映画・文学・芸術 | コメント(5)
映画『インビクタス』
ラグビーワールドカップ、スコットランド戦は残念でしたが、まだまだ試合は続きますから、次のサモア戦に期待したいですね。
ところで初戦で日本が破った南アのスプリングボクスといえば、映画『インビクタス』(2009年公開、クリント・イーストウッド監督)。
実力は最強と言われながら、アパルトヘイトのために長い間ワールドカップに参加できなかったスプリングボクスは、アパルトヘイト終了後の1995年にようやく参加、それも自国での開催という鮮烈な形で大舞台に臨みます。新生南アフリカ国民の期待を一身に受けてワールドカップに挑んだスプリングボクスは見事に優勝を果たしました。
この映画は、スプリングボクスの優勝までの軌跡と、その背景にあるネルソン・マンデラ大統領の国民統合に賭けた戦いを描いたドラマです。原作はジョン・カーリン『インビクタス~負けざる者たち』。
原作は、アパルトヘイト後に大統領に就任したマンデラが、いかに南アを導き、そのために「南アフリカ人」というアイデンティティを築いたかを描く国造りの物語です。その過程が、マンデラの青春時代(27年間に及ぶ投獄生活を含む)から詳細に描かれます。
実は、ラグビーワールドカップはその壮大な物語のほんの一部(といっても非常に重要な一部)に過ぎません。原作を読んで分かるのは、マンデラのリーダーとしての資質の凄さです。
カリスマに満ちた理想主義者であると同時に、冷徹な現実主義者でもあったマンデラは、ラグビーワールドカップこそが国民統合を実現する上でまたとないイベントであることを見抜き、これを政治的に利用することを決断します。しかし、アパルトヘイトの時代、白人至上主義の象徴だったスプリングボクスにそうした役割を期待するのは、ギャンブルと言ってよいほどリスクを伴うことでした。
もちろん反対の声も強かったわけですが、マンデラは、自身の感覚を信じて突き進みます。ここで彼が凄かったのは、独りよがりな理想に酔うのではなく、目的の実現のために必要な手段を考え、次々に実行に移すところです。
・「スプリングボクス」というアパルトヘイトの歴史を背負うチーム名の存続
・旧国歌「ディ・ステム・ファン・スイド・アフリカ(南アフリカの叫び)」と黒人解放運動の象徴である「ンコシ・シケレリ・アフリカ(神よ、アフリカに祝福を)」の合成による新国歌の創造
・スプリングボクスのジャージを着て現れて周囲をあっと言わせるパフォーマンス
これらはいずれも議論を呼ぶものでしたが、マンデラは強靱な意志をもって決断しました。その政治的センスと裏にある冷徹な計算、最後は全ての責任を自分が負うという態度は、まさに理想のリーダーの姿といえるものであり、その人間性と知性は、世界中のリーダーから尊敬され、自らを弾圧してきた南アの白人の旧為政者すらも魅了するものでした。
ネルソン・マンデラの自伝『自由への長い道』とともに、一読を勧めたい一冊です。
さて、これに対して、映画は、マンデラの生涯の描写を全て削り、ラグビーワールドカップの一点に絞っています。この思い切った演出がクリント・イーストウッドの凄いところと思います。
タイトルの『インビクタス』も、実は原作ではほんの少ししか出てきません(原作の原題は『Playing the Enemy: Nelson Mandela and the Game That Made a Nation』)。この言葉は、マンデラが獄中にいたとき心の支えにしていたWilliam Earnest Henleyという英国の詩人の詩の題名で、「unconquered」(征服されない者)という意味のラテン語です。
これが映画の中では何度も何度も重要な場面で繰り返されます。これが、国民和解のために不屈の闘志を燃やす人々の比喩として見事にマッチしました。
特にエンディングで、この詩の最後の部分である「I am the master of my fate: I am the captain of my soul.」が引用されながら、実際の試合の映像と「World in Union」の歌が挿入される場面、ここは本当に美しい。あまりにも見事で、実際の映像と歌とは思えなかったほどです。
ちなみに、日本代表がNZのオールブラックスに145点をとられた敗北したのは、この映画のワールドカップでの試合だったのですが、その場面もちゃんと登場します。スプリングボクスがオールブラックスと決勝で戦うことが決まったとき、マンデラはこの結果を聞かされます。そのときのコメントは、「え、1試合で?それラグビーの点数?」でした(笑)。
そんな日本代表が、スプリングボクスに勝ってしまうとは。アパルトヘイトと同様、時代は変わるものですね。
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5 comments on “映画『インビクタス』”
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NHK-BSで南ア戦を見終わった時、最初にこの映画を思い出し(思い浮かべ)ました。
ツタヤで借りて見たのですが、監督もマット・デイモンもモーガン・フリーマンも良かった。
日本チームの取られた得点が新記録のところではへこみましたが。
この映画でラグビーは白人・金持ちのスポーツ、黒人は裸足でサッカーを初めて知りました。
英国映画を見ても、イートン校の生徒はラグビー。ベッカム選手は訛りの多い英語地域の出身。
それにしても、グッチーさんによるこの映画と原作の解説、簡潔にして詳細、こんな文章を書きたいものです。
マンデラもイーストウッドも大器晩成型ですね。最近はそうでもないようですが、ワラビーズもオールブラックスも全く歯が立たなかったほどの強さだったようですが、アパルトヘイトでの制裁などがあり、そのころのスプリングボクスのビデオは見られませんよね。
ありがとうございます。
実は、このページを担当しているのはぐっちーさんではないのですが・・・(笑)それも含めて、身に余る光栄です。
いつもありがとうございます。
そうだったのですね。そういえば対戦相手のオールブラックス(特にロムー)の映像は沢山出てきましたが、スプリングボクスは見かけなかった気がしますね。
送信し終ってから気付きました。
初歩的ミスで、お恥ずかしい。
大変失礼いたしました。