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2015/08/05 00:00  | 中東 |  コメント(3)

トルコとクルド②:クルド人の対立・トルコ政局・イスラム国


前回の記事(PKK攻撃、HDPデミルタシュ党首の起訴)の続きです。

クルド人は祖国をもたない最大の民族集団といわれます。トルコ、イラク、シリア、イラン、アルメニア、アゼルバイジャンにまたがって、3,000万人が居住しています。

それぞれの地域の政治勢力は非常に複雑です。私もうまく説明できる自信がありませんが(笑)、以下、トルコ、イラク、シリアにおける状況についてポイントのみ述べます。7月28日付BBC記事の図が分かりやすいので、こちらを見ながら読んでみて下さい。

トルコ(PKK、HDP)

まずトルコですが、代表的な政治勢力はPKK(クルディスタン労働者党)です。PKKは武装闘争路線の下トルコ国内でゲリラ戦を展開し、これまで3万人以上のトルコ人犠牲者を出しました。このため両者の和解は非常に困難と考えられていました。

しかし、1999年にカリスマ的指導者であるオジャランが逮捕され、AKP政権と獄中のオジャランが対話路線を探ったことにより、2013年に停戦合意が成立しました。ところが、前回の記事で述べたとおり、14年にトルコ政府がコバネのクルド人を救出しなかったことから関係が悪化します。

トルコ国内での反対デモと衝突(約30名の死者発生)を経て、トルコがPKKの基地に空爆を行ったことにより、停戦合意は事実上終了しました。その後しばらく交渉が続いていましたが、今回のトルコ政府によるイスラム国・PKKへの二正面攻撃により、和平プロセスは決定的に崩壊しました。

なお、「イスラム国」との戦いにおいて、PKKはトルコ国境付近で主導的な役割を果たしており(特にシンジャールでのヤジド派保護において活躍)、このため、(PKKをテロ組織と認定している)米国も、PKKを容認あるいは(直接的ではないにせよ)連携していると言われます。

これに対し、PKKと異なり、平和路線をとったHDP(国民民主主義党)は、トルコにおいて合法政党として認められています。6月の総選挙で得票率10%の壁を超え、待望の議席を獲得しました。ただ、デミルタシュ党首の起訴のおそれをはじめ、AKPからの圧迫が危惧される点は前回説明したとおりです。

シリア(PYD・YPG)

シリアにおける代表的な政治勢力はPYD(クルド民主統一党)です。もともとシリアのハーフィズ=アル・アサド政権(前政権)は、PKK(オジャラン)を国内で保護し、トルコへの対抗手段として利用していました。

しかし、トルコが強硬姿勢を採ったことから方針を転換し、オジャランとPKKを国外に退去させます。PYDは、シリアにとどまったPKKメンバーが秘密裏に設立した組織です。

PYDは、YPG(人民防衛隊)という軍事組織をもっており、現在、「イスラム国」と交戦状態にあります。前述のコバネでの戦闘において「イスラム国」と戦ったクルド人勢力とはこのYPGです。このため、本来は敵対関係にあるシリアのアサド政権と一緒に「イスラム国」に対抗するという奇妙な構図が成立しています。

イラク(KDP、PUK)

イラクには、クルディスタン自治区(KRG)があり、KDP(クルド民主党)が多数政党です。創設者の故ムスタファ・バルザーニはクルドの英雄であり、その息子のマスード・バルザーニが現在のKDP党首とクルディスタン自治区の議長(リーダー)を務めています。

クルディスタン自治区はペシュメルガという軍事組織をもっており、「イスラム国」からの防衛にあたっています。このためクルディスタンの治安情勢は安定が保たれています。もっとも、ペシュメルガの役割は治安の維持にあり、積極的な攻勢に出ることはないので、「イスラム国」掃討において多くを期待することはできません。むしろ、前戦で活躍しているのがPKKであることは先に述べたとおりです。

クルディスタン自治区で産出される原油は、すべてイラク北部のパイプラインによりトルコを経由して輸送されることになります。このため、クルディスタン自治区はトルコとの関係を重視せざるを得ず、友好的な関係を保っています。結果として、トルコと敵対するPKKとの関係はうまくいきません。この緊張関係はトルコによるPKK空爆をめぐる対応において先鋭化しますが、後で述べます。

また、KDPとは別にPUK(クルディスタン愛国同盟)という政党があり、この二つの党がクルディスタンの二大政党といわれます。創設者のジャラル・タラバーニはイラク移行政府(フセイン打倒後の初の政府)の大統領になりました(イラクの大統領と2名の副大統領は、シーア、スンニ、クルドそれぞれから1名ずつ選出される)。バルザーニとタラバーニはライバル関係にあり、イラク・クルディスタン政治を見る上でも重要な存在といえます。

トルコによる空爆

以上の理解を前提として、前回の記事で述べたトルコによるイスラム国・PKK空爆について補足します。まず、トルコによる空爆は、「イスラム国」に対する攻撃よりもPKKの基地を対象とする攻撃の方が数多く実施されており、トルコが重視しているのはPKKへの攻撃であるとみられています。

前述のとおり、現在「イスラム国」とまともに交戦しているのはPKKです。このため、トルコの攻撃は、「イスラム国」に打撃を与えるどころか、かえって有利にさせてしまっているのではないか、と危惧されています。

また、トルコによる空爆は、イラクのクルディスタン自治区内にあるPKKの基地に対しても行われています。KDPは(当然イラク政府も)トルコを非難していますが、同時に、PKKが自治区内にいることを問題視して、これを退去させるという方針をとりました。

これに対し、PKKはイラク北部のパイプラインに攻撃を加えるという挙に出ます。これは、KDPにとっては、自らの原油輸送を阻害する行為であり、また、トルコとの関係を維持する上でも容認できない行為であり、このため、PKKを激しく非難しています。ただし、PUK(タラバーニ派)は、KDP(バルザーニ派)と一線を画し、PKKに対して融和的な姿勢をとっています。

このように、「イスラム国」によるトルコ国内のクルド人に対するテロ攻撃を契機として、様々な動きがありましたが、結果として、①クルド人内部(KDPとPKK)の対立、②トルコ国内におけるクルド人(HDP、PKK)の弱体化、③AKPの地位の相対的な上昇を招いたといえます。一方で④「イスラム国」対策の面で効果があったといえるかは疑問です。

結局のところ、前回の記事で述べたとおり、再び総選挙を行う可能性が高い状況において、一連の動きは、AKPが自らの支持を高めるために行ったものと見るのが合理的です。クルド人の対立が激化し、トルコの政局はAKP復活に傾き、「イスラム国」にはダメージを与えられない・・・何とも暗い状況になってしまった、ということです。

クルディスタンの旅

最後に、クルドについて個人的な思い出を述べます。昔ユーラシア大陸を横断したとき、イラン(タブリーズ)からトルコ(ドゥバヤジット)に陸路で入ったのですが、この国境地帯がまさにクルド人地域でした。

情勢が不安定化すると国境が閉じてしまうため、国境越えには情報収集と運が必要となります。この国境を越えるとき、ノアの箱舟があるという伝説のアララト山を一望することができます。これは非常に印象深い経験でした。

それから、高校生のときに読んだ船戸与一『砂のクロニクル』。クルドの武装蜂起をテーマとした冒険小説ですが、その壮大なスケールと詩情(特にラストの美しさ)に接し、日本にもこんな作品があるのかと当時衝撃を受けました。

それから船戸与一の著作を多読して、大学時代にバックパッカーとしてマニアックな旅行を繰り返したのですが、その経験がその後の自分の生き方につながっている・・・と言えなくもありません。4月に亡くなってしまいましたね・・・ご冥福をお祈りします。

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3 comments on “トルコとクルド②:クルド人の対立・トルコ政局・イスラム国
  1. ぺルドン より
    クルド

    当方は「クルドの星」安彦良和・・
    今になって考えると・・安彦さんは先んじてたな。 
    今度こそ・・悲願のクルドの国創立かな・・と観てたけれど・・まだまだ・・
    血を流さなきゃならないか・・??

    プーチン・・トルコに忍び寄ってくるな・・
    オバマは弱将で名高く・・強兵の部下・・
    宿命たな・・・

    まだ・・コメント来ませんね・・・(笑

  2. JD より
    安彦良和

    『クルドの星』、私も思い出深いです。安彦良和の作品は、消化不良なものも多いですが、視点と表現力は凄いですよね。そのうちまとめてそろえたいものです。

    コメント??

  3. ペルドン より
    JDさん

    行方不明コメント・・
    他の方もあったのですが・・
    編集部が調べてくれた処・・スパムとしての痕跡もなく・・何らかの送信ミス・接続ミスが生じたのだろう・・との事です。

    おかしいと思ったら・・御面倒でも再発信を・・僕もしつこくしますから・・・(笑

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