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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2013/03/11 00:00  | by Konan |  コメント(0)

Vol.183: 中国の成長段階論


少し古くなりますが、昨年12月、日銀の調査統計局の加藤さんや国際局の榎本さんらの連名で「高度成長期から安定成長期へ:日本の経験と中国経済への含意」という調査論文が出されました。中国に興味がある読者も多いと思うので、いつか取り上げてみようと思っていました。念のためURLも下記に掲げます。

この論文の発想は、1970年代前半に高度成長期から安定成長期に移行した日本の経験を整理・分析したうえで、中国経済が現在の高度成長から安定成長に円滑に移行していくための課題を考察するというアプローチです。無論、国が違えば現実も異なるので、このアプローチに限界があることは明らかですが、それでもとても興味深い発想と思いました。

論文自体は8頁と短いですが、内容は多岐にわたります。まず、日本の過去の成長期がフェーズ分けされたうえで、「高度成長期の終焉は第1次石油危機という外的な要因が転機となった」との通説に対し、「実は労働面を中心に70年代初頭には潜在成長率が徐々に低下を始めており、こうした内在的な構造要因が高度成長の終焉の背景ではないか」との見方を示します。そして、標準的な成長理論であるソローモデルを用い、資本、労働、全要素生産性(資本や労働力の動きでは説明できない、技術力や産業構造の変化のような要因)の3つに分解したうえで、なぜ高度成長が実現し、それが終焉を迎え、しかし経済が瓦解せず安定成長に移行できたか説明します。

このうち全要素生産性では、高度成長期には海外からの技術移転や、農業部門からより生産性が高い製造業部門へのシフトが生じ、70年代に入りこうした流れが一巡したとします。労働面では、第1次石油危機の前から労働分配率が上昇し始め、もはや高度成長期のようなペースで労働投入を増やし続けることは出来なくなったとします。資本面でも、列島改造ブームの反動もあり、設備投資の勢いが失われたとします。

それでも安定成長に着地出来た理由として、(1)人口・労働面で製造業への労働移動が鈍化したが、生産年齢人口は増加傾向を維持できたこと、(2)技術進歩面でキャッチアップ型の技術移入から、省エネ・省資源技術といった国産型の技術革新へバトンタッチが進んだこと、(3)需要面でも、分厚い中間層の存在や輸出が下支えとなったこと、を指摘しています。

次に中国経済への含意について、以下のように整理しています。まず、全要素生産性について、これまでの高度成長を支えてきた要因として、農村の余剰労働力の都市部への移動、積極的な貿易開放姿勢や外資の導入、効率性の高い投資機会の存在の3点を指摘します。この先行きについて、論文では明確な意見表明を避け、「見方が大きく分かれており、評価は難しい」「様々な見方が可能であり、不確実性が高い」との表現にとどめています。次に労働面では、高度成長のひとつの背景であった生産年齢人口の増加が、数年以内に減少に転ずるとします。これだけ取ればマイナスですが、ただ日本に比べても低い高年層の労働力化などの対応によりカバーされる可能性もあるとします。資本面では、高度成長を支えてきたインフラ投資の過剰問題や高齢化に伴う貯蓄率低下の可能性が、安定成長移行への撹乱要因として指摘されます。このほか、投資主導から消費主導に円滑に移行できるか、高齢化のもとで産業構造の転換が円滑に進むか、といった点も指摘されます。この最後の点について、「わが国の場合、工業部門への労働力移転のペースが鈍化してから、生産年齢人口が減少に転じるまでの間に約20年間の猶予期間(ラグ)が存在した」ことと異なり、「高齢化が進むもとで産業構造を高度化させていく」という前人未踏の挑戦であると結びます。

全体として過去の分析である日本と異なり、先行きの予想である中国に関し歯切れが悪いことは止むを得ないことです。ただ、最後の「前人未踏」の点に、中国の先行きに関する不安感が滲み出ているようにも感じました。いかがでしょうか。

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