2010/03/01 00:00 | by Konan | コメント(4)
Vol.25: 為替相場を巡って
今回は為替相場について少し整理してみたいと思います。円高と円安、どちらがいいか?ぐっちーは日本では珍しい円高論者です。円高論者は日本では不人気で、思い出すのは、前の前の日銀総裁だった故速水さんが、ゼロ金利解除と合わせ、この点でも顰蹙を買っていたことです。今回は、この「円高/円安」の論点と、そもそも円の水準を何でみるか、という点に触れたいと思います。
円安の方がよいという感覚は、政界や経済界中心に広く共有されています。円安の方が輸出競争力が増し、純輸出国であるわが国の経済成長に貢献しますし、そうであれば国内生産も維持しやすいので、いわゆる空洞化も防げます。日本は対外債権国ですが、外貨建て債権の円ベースでの価値も円安で増加します。海外関連会社を持つ企業では、円安により決算の見栄えがよくなります。どうみても円安の方がよく、that’s allという訳です。一般の方にとっては、輸入物価が下がり、また海外旅行で裕福さを実感できる円高の方が有利ですが、そうした声はかき消されてしまいます。
さて、上記の議論は短期的には誤りではないと思います。ただ、そうした経済界や政界の感覚の背後には、今の老年、中年層が、政治の決断による円相場の大きな変動を体験してきたことがある気がします。かつて1ドル360円に固定されていた円相場は、308円に切り上げ後(私が子供の頃のスタンダードな謎々に「ハンドルの値段はいくら?」というものがありました。答えは180円です。切り上げ後、154円と答える子供はとても賢くみえました!)、変動相場制に移行し、200円台に上昇しました。そして、1985年のプラザ合意後は、一気に100円台に上昇しました。切り上げ、変動相場制への移行、プラザ合意、全て政治の決断であり、政治の意向で為替は動かせるのだから、日本に有利な円安に誘導してくれと思う人が多いと言い換えることもできます。
しかし、切り上げやプラザ合意の背景は、日本経済の実力が上がり、その当時の円水準では安過ぎるというマグマが溜まっていたことです。政治はそれを追認したに過ぎません。タイムラグはあったものの、経済の実力に沿った円高化だった訳です。実際、円高化の直後に景気は悪化しましたが、円高化が中期的にみた日本の成長を損なったことはありません。2度のオイルショック、85、6年の円高不況を経つつも、バブル経済崩壊まで、日本経済は順調に、世界一の成長を続けました。要は円高化は結果論であり、経済の実力に見合ったものなのだから問題ないし、経済の実力が上がることは喜びこそすれ、悲しむことではないということになります。仮にその後実力が低下すれば円安に戻り、輸出主導で成長が回復し、また円高が進むという市場経済の下での調整に期待すれば良いとも言えます。私はこの考えを支持します。
ところで、仮に以上の議論に同意されたとしても、「今の日本経済の実力から見て、円は高過ぎるのでは」との疑問を持たれる方も多いと思います。例えば、昨年12月にかけての1ドル80円台への進行は行き過ぎという見方です。この疑問は極めて真っ当ですし、「円の水準を何でみればよいか」という論点を導きます。
私はBIS(国際決済銀行)や日銀が算出している「実質実効為替レート」でみることがよいと思っています。この実質実効為替レートは、2つの点で単純な円ドル相場を調整しています。第1に、日本経済はドルとだけ縁がある訳ではありません。アジア、欧州との輸出入など、多くの通貨との関連を持っています。日本の輸出構造を勘案し、ドルだけでなく、ユーロや韓国ウォンなど、様々な通貨の加重平均バスケットを考え、それとの関係で円の実力をみようという訳です。第2に、例えば日本の物価は安定しているが、海外ではインフレになった場合、日本の輸出はとても有利に(円安になったのと同じに)なります。こうした物価上昇率の差も勘案されます。
このように調整された実質実効為替レート(下記URLの資料の23頁目、図表8をご覧下さい)をみてみると、数年前、円の水準は過去数十年の間でももっとも安い水準にまで落ち込んだ後、最近上昇していますが、大体過去の平均並みに戻ったに過ぎないということが見て取れます。日本経済の下降トレンドを考えると、過去平均並みとしてもやや強過ぎるかもしれませんが、それでも円ドル相場だけでみる円の水準とは随分印象が違ってみます。皆さん、ぜひ一度この図表を眺めて頂き、そのうえで、各種報道や前橋さんのブログを読んでみて下さい。
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4 comments on “Vol.25: 為替相場を巡って”
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こういう機会でもなければ、日銀のこういう資料なんて読まなかったと思います。
毎月、これだけの分析が行われ、公表されているんですね。
せめて、これくらいは目を通すようじゃなければ、株や為替に手を出すべきでは無いと痛感いたしました。
そして、それは私には無理であるということも(笑)。
図表33の(2)の名目実効為替レートがおっしゃっているポイントでしょうか…
2004年の初めを100として、現在は10%くらいしか上がって居ない状況だということでしょうか。
ほんとうに勉強になりました。
例示いただいたレポートを見ていて気になったのですが、勘違いかもと思い、昨晩は質問できずにいましたが、
やはり、はっきりお聞きしたいと思います。
図表7で言っていることは、日本からの純輸出が、アメリカに対しては16.1%であり、東アジアに対しては51.4%である。と言うことでしょうか。
もちろん、或拠点をを介しての三角貿易みたいのも有るでしょうから、一概には言えないと思いますが、対アメリカ直接では「たった16.1%」ということでしょうか?
CRUのひとり言を書いているKoNanです。質問ありがとうございました。ブログの作業は週末しか行えないので、お答えが遅くなりました。申し訳ありません。
まず図表7の方ですが、ご指摘の通りです。日銀の資料は概して分かりにくく、この図表でも「実質輸出」という耳慣れない言葉が使われています。元データである通関統計は基本的に輸出入の金額の統計です。ただ、例えば自動車の輸出が1兆円から1兆2千億円に増えた場合、これが価格値上げによるものか、為替相場の変動によるものか、台数が増えたことによるものか分かりません。日本経済への影響を考えた場合、台数が増えることが最も良い(何故なら、その分国内自動車工場の稼働率が上がり、雇用増等のメリットがもたらされるので)ことになるとの前提で、「輸出金額」ではなく「輸出数量」に着目して作成された統計が「実質輸出」です。そして、今ではアジアが圧倒的に大きな輸出相手になっています。
図表33の方は、ブログで採り上げた「実質実効為替レート」ではなく「名目実効為替レート」です。この2つの違いは、ブログで触れた「日本では物価が上がらず、海外で上昇している場合、日本製品の競争力に有利に働く=円安と同じ効果を持つ」という要素が「実質」に含まれる一方、「名目」には含まれていない点にあります。要は、物価のことは考えず、単に、日本の主要輸出相手の通貨(韓国ウォンとかユーロとか)と円の関係を総合的に表すため、貿易ウエイトを用いて様々な為替レート(円−ドル、円−ユーロなど)を加重平均したレートがこの名目実効為替レートです。それでみると、2004年以降余り円高になっていない訳です。
為替に投資される場合にこの指標が役立つかどうか分かりません。ただ、日本の輸出競争力であるとか、ドル以外の通貨との関係も含めて円の強さはどうなのだろうか、といった点を考える際、役に立つ指標と思います。
それでは。
公私ともに御多忙中と推察いたします中、詳細にお答えくださって、誠に痛み入ります。
質問させていただくにも、もうちょっと勉強して、せめて失礼にならない程度の質問ができるようになってからだなと、痛感いたしました。