2009/10/05 00:00 | by Konan | コメント(1)
Vol.4: 日銀の金融システムレポート
今回は、日本銀行が先月半ばに公表した金融システムレポートに触れたいと思います。仕事柄、日本銀行のレポートや論文を読む機会は多いのですが、日銀では、この金融システムレポートのような定期的なレポートに加え、アドホックにいろいろな論文等を公表していますし、白川総裁になり、総裁講演原稿も論文風になってきている印象です。短観のような重要な統計も公表しています。これらの中には難解なものも多く、学者でもなければ全てに目を通すことはお勧めできません。ただ、毎年2回、4月末と10月末に公表される展望レポートは金融政策運営の基本的考え方や日銀の景気見通しを総括的に示しています。また、今回触れる金融システムレポート(最近は、3月、9月の年2回公表されているようです)は、日本銀行の2つの目的の1つである金融システムの安定維持との関わりが深いレポートと思いますので、これらについては、公表の都度採り上げてみたいと思います。
さて、今回の金融システムレポートを読んでみて、3点紹介したいと思います。日銀の金融システムの現状評価、信用コストや株式リスクの詳細、国際的な規制強化議論との関係、です。
(金融システムの現状)
金融システムレポートの「はじめに」をみると、このレポートの枠組みが記されています。ポイントは、「日本の金融システムの安定性を、機能度と頑健性の2つの評価軸により評価する」と言うことです。機能度は、金融仲介機能(例えば銀行が貸出を円滑に行っているか)の働き具合を評価する観点、頑健性(難しい言葉ですね)は、「わが国金融システムを脅かしかねない要因が顕在化しても、それを吸収するだけの対応力を金融システムが備えているか」という観点です。
そのうえで、レポートのまとめ部分である「概観」をみると、安定性については、「わが国の金融システムは、2008年来の世界的な金融危機の影響を残しつつも、総じて安定性を維持し得ている」と評価しています。ただ、「リスク量が、株式・信用リスク中心に、自己資本対比で増加しているので、経営体力の強化とリスク管理の充実を図ることが重要」である旨、金融機関に釘をさしています。
2つの評価軸のうち、機能度については、「金融と実体経済の負の相乗作用を抑制する方向で金融仲介機能を維持してきた」と記されています。難しい表現ですが、貸し渋り等、金融サイドの事情で景気悪化が加速する事態が起きない程度には、金融仲介機能が発揮されてきたと、及第点を与えているということでしょうか。ただ、公的支援に支えられた面も大きいことが指摘されていますし、今後の景気下振れリスクを考えると、企業の収益環境が一段と厳しさを増していった場合にも金融仲介機能が適切に発揮され続けるのか、注意深くみていく必要性も指摘されています。
頑健性については、「厳しいマクロ経済環境を想定した場合でも、金融機関の自己資本基盤が著しく低下する事態は避けられる」として、頑健性は全体として損なわれていないと、ここでも及第点を与えています。ただ、「銀行の先行き数年間の損失見込み額が基礎的な収益力を上回る可能性」「経営体力が相対的に弱い先の問題」も指摘され、頑健性の先行きに不確実性があると、ここでも警鐘を鳴らしています。要は、全体としては何とかなるが、頑健性がどんどん強まる状況ではなく、むしろ弱まる方向かもしれないし、一部先が落ちこぼれていく恐れにも目を配る必要がある、ということでしょうか。
(信用コスト、株式リスク)
現状評価の部分とも重複しますが、レポートでは、信用コスト(単純に言えば今後どの程度貸倒れ損失が発生し得るか)や株式リスク(銀行が企業との持合いで多額の株式を保有していることに伴う株価変動リスクが銀行経営にどの程度の影響を与えるか)に関し、いろいろな分析を示しています。
頁を追っていくと、まず図表1-28では、銀行が抱える各種リスク量とTier1自己資本額が対比されていて、2008年度末時点ではリスク量が自己資本を上回ってしまったこと(ただし今年度入り後、銀行はかなりの増資を行っていますが、その点は勘案されていません)、大手行においては、株式リスクが最大のリスク要因であることが示されています。
次に図表3-5では、損益分岐点信用コスト率という難しい標題の下、要は、信用コストがどの程度になると銀行が赤字(正確にはコア業務純益<信用コスト)になってしまうか、示されています。収益力が低下する中、景気悪化に伴うちょっとした信用コストの上昇で、銀行が赤字になってしまうことが示されています。また、その前の図表3-4では、今年度の信用コスト率についての日銀の試算値が示されていて、それが当たると、多くの銀行で赤字になってしまうことも示されています。
更に、図表3-12では、仮に株価低迷が続いた場合、信用コストの発生と合わせると、当面の銀行の自己資本(Tier1)比率が全体として2008年度末対比低い水準に止まり、かつシナリオの置き方では、体力の弱い層では2003年度末並み(竹中プランにより徹底的に不良債権処理が行われた2002〜2003年度直後並み)となってしまうことも示されています。
最後に、図表4-1では、実は日本の銀行の過去20年間の累計の当期純利益は、バブル崩壊後の不良債権処理の影響などから実はマイナスであった、との衝撃的な事実が示されています。また、図表4-9では、「銀行は持ち合いのメリットを主張するが、それは間違い」と言わんばかりに、過去において、株式保有残高とコア業務純益には何ら相関がなかったこと(要は、株を保有すると企業との他の取引面でのメリットが生じるので、結局儲かるのだ、という銀行の理屈は成り立たないこと)が示されています。
こうした話しが何を示しているか、金融システムレポートの締めの部分(4.(3)わが国金融機関経営の課題)で日銀の見解が示されています。個人的な考え方については、またいつか触れてみたいと思いますが、どうも日本の銀行界の抱える課題は小さくないようです。
(国際的な議論との関係)
前回、ピッツバーグサミットとの関係で、金融システムを巡る国際的な議論について紹介しました。「自己資本の量と質の向上」を向上させろ、ということですが、今後積み上げていく資本としては「普通株式か収益の内部蓄積」しか認められない方向にある訳です。この点に関連して、金融システムレポートの図表4-15では、2002年度末〜2008年度末の間の、銀行のTier1自己資本額の増減要因が分析されています。大手行をみると、普通株発行等により自己資本額は増加していますが、注目すべきは、この間の6兆円の当期純利益累計額対比、6.5兆円配当により外部流出してしまったことです。株主の立場からすれば「当然のあるべき姿」ということと思いますが、今後、国際的な議論の流れの中で厳しい規制が実施に移されるとすれば、配当を抑制し内部に積み上げる傾向が格段に強まっていくことが考えられます。株主から見れば、「値上がり+配当」で得をするか「値上がり」のみで得をするか、理論的には同じ結果になるのかもしれませんし、規制の実施自体まだまだ先の話しですが、注意しておくべき点かもしれません。
当社に無断で複製または転送することは、著作権の侵害にあたります。民法の損害賠償責任に問われ、著作権法第119条により罰せられますのでご注意ください。
One comment on “Vol.4: 日銀の金融システムレポート”
コメントを書く
いただいたコメントは、チェックしたのち公開されますので、すぐには表示されません。
ご了承のうえ、ご利用ください。
毎回、興味深く読んでいます。
一般人が目にすることの無い内容、ありがとうございます。
いつのまにか、更新されなくなった、なんてことのないよう、よろしくお願いします。