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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2023/05/08 06:30  | by Konan |  コメント(0)

Vol.193: 金融政策と財政


連休も終わり寂しい気分です。今回は以前約束した「金融政策と財政」について書こうと思います。

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金融政策と財政規律
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黒田前総裁の超緩和的金融政策により財政規律が緩んだとの話をよく聞きます。私はこの議論を余り好きではありません。検証不能だからです。

例えば、「金利が1%高かったら、コロナ禍以降の財政出動規模は小さかったか?」との問いに答えることは不可能です。歴史を遡り、金利を1%上昇させ、その際の安倍政権や菅政権の政策を確かめる実験ができないからです。金利が高くても財政出動規模は変わらなかった気がしますし、昨年12月の日銀ミニ政策修正により長期金利が0.25%上昇した後、財政規律が引き締まった気もしません。

ただ、後の記述と絡みますが、「金利が低く、日銀が沢山国債を買ってくれる方が、安心して財政出動できる」との気持ちも分からないではありません。財政法で日銀の国債引き受けが禁じられていることも、人々がそうした気持ちを抱きやすいことの証左かもしれません。

「検証不能だが、否定できない」くらいが穏当な答えでしょうか。

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両極端な財政ビューと金融政策
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財政に関する両極端の発想は、MMT(Modern Monetary Theory)と矢野前財務次官張りの財政再建論でしょうか。この2つの発想、金融政策に対する見方は似ているように感じます。

まずMMT。単純化して言えば「自国通貨建て国債をいくら増発しても大丈夫」との議論で、数年前にもてはやされました。このMMTにはとても重要な制約条件が付いています。「インフレになったら財政拡張をやめよ」です。実際、トランプ・バイデン政権下での財政拡張を受け、(それだけが理由ではありませんが)米国をインフレが襲いました。また、インフレ下にも拘わらず財政拡張を図ったトラス前英首相が、ポンド安と年金基金不安で超短期間での退陣に追い込まれたことも、記憶に新しいところです。

MMTは「財政政策の方が金融政策より有効」と見下す傾向があります。また、インフレになると財政出動を止めないといけないので、金融政策に対し「確りインフレを抑えてね」とエールを送るかもしれません。その意味で、金融政策に対し中立的、ないしタカ派的な政策を好む可能性があります。

次に財政再建論。「利払い費も抑えよ」とまで思えば金融緩和支持になりますし、景気が良い=ハト派的金融政策の方が、財政再建が進めやすいかもしれません。しかし、真に筋金入りの財政再建論者であれば、「金融政策とは無関係に、とにかく財政規律を重んじよ」と考えると思います。金融政策には口出しせず、財政規律・再建にまい進するイメージでしょうか。

こう考えると、上記のように「金利が低く、日銀が沢山国債を買ってくれる方が、安心して財政出動できる」と考えるのは、両極端ではなく、中間の普通の人たちということになると思います。

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植田日銀と財政
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先週書いたように、植田日銀は予想以上にハト派的に船出しました。ただ、黒田前総裁の政策が余りにも緩和的だったので、今後何をしても金利は上がります。「政治がそれを受け入れるか」「財政への信認低下の引き金にならないか」問われます。

前者について、安倍元総理が最早いない、黒田前総裁の政策も最後は不評だった、などを考えると、政治の圧力は思ったほど強くないかもしれません。そのうえで難しいのは、国民は物価安定を望み預金金利引き上げを望む一方、住宅ローン金利上昇を嫌います。明らかに矛盾するのですが、それが実態です。ワイドショーでの取り上げ方ひとつで風向きが変わります。賃上げの効果が実感できるようなタイミングでないと、政策変更が思わぬ反発を呼ぶ可能性もあります。しかし、賃上げと物価上昇の循環が始まるのを待っての利上げは手遅れ(behind the curve)かもしれません。こうした意味で、とても難しい判断になっていくと予想します。

後者については、そもそもどの程度金利が上がるのでしょうか?直近の10年物金利は約0.4%、20年物金利は約1.0%。この2つから10年後の予想10年物金利は現時点で約1.6%と計算できます((0.4+1.6)/2=1.0)。日銀のイールドカーブコントロールの対象は10年物金利なので、その先の10年後における予想10年物金利は市場実勢とみることができます。このため、イールドカーブコントロールが終わると、10年物金利は約0.4%から約1.6%へ1.2%程度上昇する可能性があると考えられます。

1000兆円の国債残高全ての金利が一気に1.2%上昇する訳ではなく、償還による入れ替えに時間を要します。ただ、最終的には利払い費が12兆円増加する計算になります。消費税率10%で税収20兆円なので、消費税率6%引き上げの必要性を示唆します。耐えられない訳でない一方、簡単なことではありません。

日本で財政の信認を疑った論者は、全員が狼少年に終わってきました。生前のぐっちーも、日本の財政の信認に関し強気の見方でした。ただ、信認は突然変化します。昨日まで大丈夫であったことが、明日以降も大丈夫との保証にはなりません。

植田日銀は、金融政策と財政の関係においても、難しい局面を通っていくことになりそうです。今回はこの辺で。来週はお休みを頂くかもしれません。

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