プロが語る世界情勢・政治・経済金融の最前線!

The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2023/03/27 06:30  | by Konan |  コメント(1)

Vol.187: 日銀財務の健全性


日銀が黒田総裁の超緩和的な金融政策から転換し金利が上昇する場合、日銀の財務が毀損し、通貨の信認が損なわれるのではないか?こうした議論が良く聞かれます。今回はこの議論の真偽を探ります。

***********
日銀の財務
***********

議論の前提は、日銀も銀行なのでバランスシートを持ち、損益が発生する点です。日銀ホームページに掲載されている最新のバランスシートは3月20日時点のものですが、資産737兆円、最大の資産項目である国債581兆円、負債と純資産(資本勘定)の合計737兆円、このうち当座預金534兆円、銀行券122兆円、引当金8兆円、資本金・準備金3兆円などです。また、2022年度上期には3兆円の経常利益を計上しています。結構な利益額ですが、その大半を国に納付することが日銀法で定められています。

***********
国債価格下落の影響
***********

日銀財務の健全性の第1の論点は、保有する581兆円もの国債を巡る問題です。金利上昇は国債価格下落を意味します。保有する国債の価格が下落すると損失が発生し、日銀が債務超過に陥るのではないかとの議論です。引当金・資本金・準備金を合わせ11兆円。仮に国債価格が今より1.9%下落する(100円が98.1円に下落する)と吹っ飛ぶ計算になります。

結論から言えば、この点は心配不要です。日銀の会計は中央銀行の特性を踏まえ民間と異なる場合がありますが、保有国債の評価は原価法(厳密には償却原価法)とされています。要は時価評価不要。購入時の価格が満期償還まで基本的に維持されます。このため、国債価格が下落しても(金利が上昇しても)損失は実現しません。

勿論含み損は発生するので、「形のうえでは資産超過だが、実態は債務超過」との議論は成り立ちます。しかし、決して実現しない損失を巡り「日銀は危ない。破綻する」などと言っても、影響力を持たないと思います。

***********
当座預金への付利の影響
***********

もうひとつの論点は、利上げの仕方を巡る問題です。日銀が民間金融機関から預かる当座預金は534兆円。仮に利上げに当たりこれに1%の利息を払うことにすると、年間5兆円の負担になります。金利上昇局面では資産の利息収入も増えますが、581兆円もの国債が高い利回りに入れ替わるまでには何年もかかります(満期償還を待つ必要があるので)。仮に損失が発生すると、実現損失なので資本を食っていきます。場合により債務超過に陥るかもしれません。この意味で第1の論点より現実味があります。

実際に経常損失が発生するか否かは、利上げの程度や仕方によります。例えば、1%までか2%までかにもよりますし、当座預金付利を行うか否かにもよりますし、行うにしても534兆円全てに付利するか一部のみ付利かにもよります。日銀現役職員に話を聞くと、「余り心配していない」との答えが返ることもあります。第2の論点は「可能性に留意する必要がある」というところでしょうか。

***********
それはそれとして
***********

ところで、そもそも日銀が損失を発生させたり債務超過に陥ることは問題なのでしょうか?ユーロ誕生前のドイツで、中央銀行が債務超過に陥ったことがありました。当時のドイツ経済の強さからマルクが高くなり、保有外貨資産をマルクに換算した際に評価損失が発生したためです。その際「債務超過はドイツ経済の強さの証」と胸を張りました。他方で、フィリピンで中央銀行が「倒産」したこともあります。歴史を振り返ると「債務超過が問題視されることも、されないこともあった」ことになります。

私は以下のように考えています。

・メインシナリオとしては、日銀財務の健全性の毀損が通貨の信認の毀損につながることはない。金利上昇は日本経済が長年のデフレから脱却したことの裏返しであり、昔のドイツのように胸を張れないまでも、悪いことではありません。そうした際に中銀財務への注目度が高まることはないと思います。また、今の日銀法では、旧日銀法と異なり日銀財務毀損時の政府による補填条項がありません。1998年に日銀が「独立」した際に補填条項が削除された経緯です。しかし、仮に問題が起きれば政府が対応を行うと思います。

・そうだとすれば、日銀財務より国家財政の方が問題です。これだけ国債残高が膨らみ、コロナ禍以降一段とバラマキ色を強める日本の財政ですが、信認が揺らぐ兆しはありません。その意味でも大丈夫です。

・ただし、前回のSVB・CSの際も書きましたが、「信認」は予期せぬ時に揺らぐことがあります。昨日まで大丈夫だったことが今日も明日も大丈夫であることの保証にはなりません。その意味で、次回以降どこかで、財政の問題を取り上げようと思います。

今回はこの辺で。

メルマガ「新・CRUのひとり言」を購読するためにはご登録のお手続きが必要です。

当社に無断で複製または転送することは、著作権の侵害にあたります。民法の損害賠償責任に問われ、著作権法第119条により罰せられますのでご注意ください。

One comment on “Vol.187: 日銀財務の健全性
  1. ! より
    英国との違いは?

    昨年英国のリズ・トラス前首相がMMT理論に近いやり方を行った結果ポンド下落したような記憶があります。日本の場合はどうなのでしょうか?

コメントを書く

* が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

いただいたコメントは、チェックしたのち公開されますので、すぐには表示されません。
ご了承のうえ、ご利用ください。