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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2022/09/20 06:30  | by Konan |  コメント(0)

Vol.165: なぜ中央銀行は政策を間違えるのか


台風14号で被害に遭われた方々や避難を余儀なくされた方々に、お見舞いを申し上げます。東京も引き続き油断禁物です。

今回は少し挑発的なタイトルです。現在、世界の多くの国・地域をインフレが襲っています。中でも米国では、この問題が中間選挙の最大の争点になっています。FRBは引き締めに後れを取ってしまったのではないか(所謂behind the curve)、今後の引き締め過程で経済がハードランディングしてしまうのではないかなど、FRBの一挙手一投足に注目が集まるとともに、FRBへの信認が揺らぎつつあります。

結果的にはFRBはソフトランディングに成功し、パウエル議長は名議長と称えらえるかもしれません。ただ「FRBは間違えたのでは?」との疑問は、決して不当なものでないと思います。

中央銀行の間違いと言えば、申し訳ありませんが日銀が思い浮かびます。私が社会人になった1983年以降、日銀が世間に批判される姿を何度も見てきました。日銀やFRBなど中央銀行の間違いには、2つのパターンがあるように思います。

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独立性をめぐる呪縛
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1980年代後半から90年代初頭にかけ日本を襲ったバブル経済。バブルを作り出した責任を全て日銀に負わせることは不適切ですが、金融引き締めの遅れ、とくに1987年2月に公定歩合を2.5%に引き下げた後、1989年5月まで利上げできなかったことがバブル形成の一因であったことも、否定できないと思います。

当時の日銀には独立性がありませんでした。極端に言えば、最後には政府の言うことを聞くしかない存在でした。仮に利上げをしたいと思っても、政府が首を縦に振らない限り実行できません。三重野副総裁(当時)を含め悔しい思いをした日銀マンも少なくなかったとも聞きます。

1998年4月、日銀法改正により日銀は念願の独立性を得ました。時の日銀は、接待汚職事件で混乱の最中にあり、松下総裁辞任の後を継ぎ、独立日銀の初代総裁に就任したのは、日銀出身で経済同友会代表幹事も務めた速水さんでした。この速水総裁に関し今でも最も語られる話題は、ゼロ金利解除の失敗です。

総裁就任時、日本経済は金融危機の真っ只中にあり、金融面の混乱に加え実体経済も落ち込みました。その対応のため、1999年2月にゼロ金利政策が導入されましたが、翌年になるとITバブルの恩恵もあり、日本経済は上向いたかに見えました。そうした中、政府の反対を押し切り、2000年8月にゼロ金利解除に踏み切ります。しかし、不運なことにその直後にITバブルが崩壊。ゼロ金利解除は失敗に終わり、翌年には量的緩和政策導入に追い込まれます。

速水総裁がゼロ金利解除に執念を燃やした正確な理由は分かりません。ただ、折角獲得した悲願の独立性に拘り、政府の反対を押し切ること自体に意義を感じてしまったのではないかとの疑念を捨てることはできません。この仮説が部分的にでも正しいとすれば、バブル生成時と逆の意味で、独立性が日銀の政策を誤らせてしまったことになります。

その後、福井、白川、黒田と総裁の座は引き継がれます。速水、福井、白川の3名は日銀出身、黒田総裁は財務省出身。日銀出身の3名には、程度の差はあれ「金融緩和の行き過ぎは避けたい」との思いがあったようにみえます。独立性を持たない日銀は、引き締めたくても引き締められない経験を何度もしてきました。その「記憶」が彼らの政策判断過程のどこかに潜み、いたずらをしているように思えてなりません。

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人間は直前の経験に引きずられる
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速水総裁以降の日銀の経験は、別の大きな論点をはらみます。独立性が語られる典型的な状況は、「景気が良くなり物価が上がると金融引き締めが必要になるが、好景気を好む政治家は引き締めに反対しがち。なので、独立した中央銀行に判断させた方が良い」との場面です。ところが、日銀法改正以降に日銀が直面したのは、デフレ的な局面でした。デフレ的であれば一刻も早く金融緩和を行うべきで、政治家も歓迎するはずです。独立性の呪縛によりこの緩和の判断が遅れてしまった面があるのではないかというのが、前半で書いた内容の趣旨ですが、独立性の呪縛の有無はさて置くにしても、後にFRB議長になったバーナンキをはじめ米国の代表的経済学者は、日銀の金融緩和の遅れをデフレの原因と考えました。

そしてバーナンキたちは、デフレはインフレよりたちが悪いと考えます。インフレであれば、かつてボルカー議長が行ったように金利を大幅に引き上げることで対処可能です。しかし、デフレになると金融政策の効果には限界があります。金利をゼロ以下に下げることは難しいからです。今となってはマイナス金利政策も違和感なくみられますが、仮に金利のマイナス幅を大きくすると、金利がゼロである「現金」を持つ方が有利になるため、預金者は銀行から預金を引き出すようになり、金融システムは大混乱に陥ります。このため、マイナス金利には限界があります(ゼロ金利制約と呼ばれます)。このほか、各国中銀は量的・質的緩和政策をトライし一定の成果を上げているようにも見えますが、少なくとも速水総裁の頃、そうした政策の評価は定まっていませんでした。

結局、米国の経済学者、そしてFRB幹部たちは「日本の過ちを繰り返さない」ことが最も大事と考えるようになります。リーマン危機後、米国でも成長率や物価上昇率がイマイチの状況が続き、長期停滞論が幅を利かせます。このため、FRBは「可能な限り緩和を続けたい」との心理状態に追い込まれます。日本の経験を手本(反面教師)にした訳です。

ところが、経済は動きます。とくに、米中貿易摩擦、コロナ禍、ウクライナ侵攻がここ4、5年の間に立て続けに起こる中で、物価は思わぬ反応を示します。「まさか」と思う間にインフレ率は高騰し政策が後手に回る…こうした展開が今起きています。FRBは3桁に上る数のPHDエコノミストを抱えます(日銀は10人前後と思います)。その彼・彼女たちであっても、「日本の経験」の悪夢を逃れることが優先され、先入観なく物事を考えることが出来ませんでした。そうした意味では、長期停滞論の主張から一転してインフレを警告したサマーズさんの節操も無い変わり身の速さは、驚嘆に値します。

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中央銀行は無価値ではない
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今回、中央銀行の失敗に焦点を当てました。もし日銀関係の読者がおられたら申し訳ありません。その名誉のため付け加えると、先進国では苦戦続きですが、新興市場国では、インフレ率安定化を実現し、経済成長を支える尊敬される存在です。また、リーマン危機やコロナ禍直後の2020年春のような金融市場混乱を収めることができるのも、中央銀行だけです。今回の経験を踏まえ、中央銀行が更なる進化を続けることを祈っています。

今回はこの辺で。

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