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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2021/09/06 06:30  | by Konan |  コメント(1)

Vol.121: ニクソンショック50周年


パラリンピックも終わりました。世の中はコロナ、アフガニスタン、そして菅総理退陣のニュースで騒がしい日々が続いていますが、このコーナーは淡々と。

少し時間が経ちましたが、8月15日(日本時間16日)はニクソン大統領によるドルと金の交換性停止発表から50周年でした。このため、様々な媒体に当時の関係者などから多くの原稿が寄せられました。

今回は少し手抜きですが、為替相場について2019年9月2日に書いた記事を復刻し、私なりのニクソンショック50周年原稿にしたいと思います。当時と状況は異なりますが、体裁面を除きほぼそのまま掲載します。トランプ大統領とか懐かしいですね(笑)。

以下復刻です。

比較的安定してきた為替相場の状況に変化が見られつつあります。背景はトランプ大統領が中国とFRBにプレッシャーをかけていることに尽きますが、今回は人民元には触れず、円相場に焦点を絞ったうえで、思ったことを書いてみます。ぐっちーのように円高、円安どちらが良いかきっぱりと結論を出す自信は無く、むしろこの問題が一筋縄ではいかないことをつらつらと書く、読みにくい文章になってしまうと思います。お許し下さい。

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為替相場を読む難しさ
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為替相場の難しさは、複数の通貨間の相対価値を表す点にあります。例えば日本の株価であれば、日本経済や個々の企業業績を主に見れば良いですが。円ドル相場の場合、日本だけ見ても駄目で、日米双方に目を配る必要があります。また、巨額の資金が市場で動き、小さなきっかけから相場が大きく動くこともあります。こうした短期の動きを予測することは極めて難しく、前橋さんのようなプロの方かAIでないと、為替相場で勝つことは容易でないと思います。

そのうえで、為替相場を決定する要因は何か?以下の点が挙げられることが多いと思います。

「金利」・・・名目金利が高い方が魅力的と考えると、名目金利が高い通貨が買われる傾向にあります。

「物価」・・・物価が上がってしまうと、折角その通貨に投資しても目減りします。このためインフレ率が低い通貨の方が買われる傾向にあります。

「潜在成長率」・・・ところで、上記の「金利」と「物価」を合わせると、「実質金利」が高い国の通貨が買われる(高くなる)ことになります。短期的には経済実態を離れた金利設定が行われれ、これが為替相場に影響を与えることもありますが、少し長い目でみると、高い実質金利が実現する(別の言い方をすれば高い実質金利に耐えられる)国は実質潜在成長率が高い国です。従って中長期的には、潜在成長率が高い国の通貨が高くなる傾向にあります。

「対外黒字の累積」・・・貿易等で対外黒字が溜まると、その黒字国は対外債権を持つことになります。黒字の累積額が大きくなるにつれて対外債権も増えますが、これは黒字国が保有する赤字国資産の増加を意味し、その過程で赤字国資産の魅力が減るはずです(黒字国からみてお腹が一杯になるので、赤字国資産が値下がりしない限り持ちたいと思わない)。このように考えると、例えば日本のように累積対外黒字額が大きい国の通貨は高くなる傾向にあります。ここでは「累積」と書きましたが、毎月の対外収支の赤字・黒字が材料視されることもあると思います。

「制度」・・・大分変わってはきましたが、中国のように国が為替相場をコントロールする制度下では、当然その国の意向が為替相場を左右します。最近の状況で言えば、何とか人民元高方向にコントロールしてきたが、貿易問題で我慢できなくなり自然に委ねた結果、ここにきて人民元が安くなったといったストーリーです。日本は今では殆ど為替介入を行いませんが、一昔前までは介入がとくに円ドル相場を左右する大きな要因でしたね。

「需給」・・・短期的な要因に過ぎないかもしれませんが、需給が市場で話題視されることがしばしばあります。東日本大震災後、日本があれだけの大災害に見舞われたにも拘わらず円高が進行しました。保険金支払い原資(円)確保のため日本の保険会社がドル建て資産を売るとの思惑が原因でした。暫く前の話しですが、米国の税制改革により米国企業が海外に溜まった収益を本国に戻すとの思惑が相場に影響したこともありました。

「リスク」・・・何だか危ない国の通貨は売られます。Brexit決定やボリス・ジョンソン首相就任直後のポンドやトルコリラの急落が近年の好例でしょうか。

以上では尽きないかもしれません。また中期的な要因、制度的要因と短期的な要因をごっちゃ混ぜにしてしまった気もします。ただ、こうしたいくつかの要因を、しかも複数国を相対比較しながら判断するので、為替相場の読みは難しいのだと思います。

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為替相場を議論する難しさ
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ところで、日本では良く為替相場(とくに円ドル相場)が論争のタネになります。かつてのG7や今のG20財務大臣・中央銀行総裁会議のコミュニケの中で最も注目を集めるのも為替相場を巡る箇所です。私が子供の頃、円ドル相場は360円に固定されていました。その頃のスタンダードななぞなぞが「ハンドルの値段はいくら?」だったことを懐かしく思います。今の若い方にはさっぱりでしょうね。答えは180円です。その後、米国経済の競争力低下を背景に、ニクソンショック後に変動相場制に移行し、プラザ合意を経て相場は一時80円前後まで円高化し、最近は110円近辺で推移しています。こうした過程を見てきた私と同世代や上の世代の中で、為替相場は政治の力で動き、かつ動かせるものとの感覚が根付いているように思います。このため、円高、円安何れの方向を支持するにしても、「為替相場は市場に委ねよ」との意見はなかなか賛同を得られません。

円高、円安何れが良いか後の方で触れることとして、ここでは為替相場を議論する際の2つの難しさを紹介します。

第1に、円高論者であっても流石に1ドル50円が良いと思う人は皆無と思います。また円安論者でも1ドル200円に戻って欲しいと思う人は皆無と思います。ここ数年の例を取ると、白川日銀総裁時代、1ドル100円を大きく切る水準まで円高が進んだ際、日銀は袋叩きに合いました。その後、黒田バズーカに代表されるアベノミクス下で円安が進むと、経済界や政界は大喜び。しかし120円を超えてくるようになると「もうそろそろこの辺で」との声が出始めました。要するに、円高論者も円安論者も極端な帰結を望んでいる訳ではなく、一定の幅の中での居心地の良さを競っているのが実態と思います。逆に言えば、良く為替相場に関し「経済のファンダメンタルズを反映した相場」との言われ方がなされますが、経済の実態や実力に沿った為替相場水準の一定の幅の中にあれば、その中でやや円高か円安かは大した問題ではないように思えます。しかし、ニクソンショック以降の歴史を経験した者にとり、本当は大したことのない問題を針小棒大に膨らませないと気が済まない、一種の感情論が残ってしまった気がします。

第2は、財務省と日銀の権限や責任です。為替介入は日銀の権限と誤解される方が少なからずいます。しかし為替介入を行うか否か決めるのは財務省です。日銀法には態々「日銀は為替相場を動かすため外国為替を売買してはいけない」との条文すら置かれています。ただ、為替介入の原資である外為特会の実務を財務省の「代理人」として扱うのは日銀です。財務省が為替介入を決めると、日銀に指示して為替介入の実務(通貨の売買)を行わせます。日銀は単に手足に過ぎませんが、市場参加者と接するのは日銀のため、日銀が為替介入の責任者との誤解を与えるのだと思います。このことと、日銀の金融政策が為替相場に影響を及ぼす、及ぼさないとの話しは別次元です。上に書いたように金利が高い(低い)国の通貨は買われ(売られ)やすいので、金融政策は為替相場に影響します。しかし、白川総裁時代、世間から「円高を放置するのは無策」と批判された日銀は、この金融政策と為替相場の関係の次元でなく、「日銀は為替介入の権限が無い」「円高を所与として景気に悪影響があれば対応することが日銀の役割」と対応しました。これはボタンの掛け違いで、世間の批判の火に油を注いでしまったように思います。

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円高、円安の良し悪しを巡る難しさ
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とりとめもなく書いてきましたが、為替相場を巡り最も厄介なことは「立場により損得が異なる」点です。

例えば、外貨資産運用を資産運用の主に置かれている方には、その外貨の価値が上がる(円が下がる)方が良いわけです。しかし、円安は例えば自らが運転する自動車のガソリン価格上昇のような問題をもたらします。自動車会社は円安が輸出に有利に働きます。また海外グループ会社の収益も円安により円建てで膨れます。しかし円安が進むと輸入原材料価格上昇のような問題が生じ、更には「海外から日本に生産を戻すべきか否か」などとても難しい経営課題に直面してしまう(トランプ政権下でそんな判断は嫌でしょうね)ので、手頃なところで相場の安定を望むと思います。スーパーでは円安による輸入物価上昇を販売価格に転嫁できないことを悩むでしょうし、外国人観光客に人気のホテルや旅館は円安を歓迎するでしょう。白川総裁時代に円高化した際、一部の企業は「海外会社を買収する絶好のチャンス」とときめきました。自国通貨が強いことの本領発揮の場面だったと思います。当然海外旅行も割安になりました。なお、国家公務員が海外出張する際のホテル代の予算は円建てで決まるので、円高下ではリーゾナブルなホテルに泊まれ、円安下では場末の安いホテルを必死に探します。こうした仕事に携わる公務員の本音の望みは円高です。

それでは円高、円安どちらが良いか?私の暫定的な答えは以下です。

・フローの対外収支は以前ほど黒字ではなく、数年前に資源価格が高騰した際は貿易収支が赤字に転じたことすらある。以前に比べ、この面で円高、円安による有利不利はさほど無くなってきた。しかし、先達のご努力のおかげで、日本は過去に対外黒字を積み重ね、ストックでみた対外純債権国になっている。対外債権の価値は海外通貨の価値が上がる(円安になる)方が高まる。従って、日本全体でみれば円安が望ましいとの意見には引続き一定の合理性がある。また、米国に比べると潜在成長率も低いので、中長期的にはこの要因が自ずと円安方向に作用するかもしれない。

・しかし、(上の方に書いたように)累積黒字はそれだけを取ると円高要因である。従って、累積黒字の中で円安を望むことには少なくとも当面は限界がある。また、円安を望み過ぎ日銀の金融政策への過大な緩和期待を膨らませることは、別の場面で問題を引き起こす恐れもある。

・海外の例(最近ではベネズエラやトルコ。かつてのロシアなど)をみても分かるように、通貨の暴落は国の崩壊をもたらす。自国通貨が弱い方が良いとの考え方が過ぎると、とんでもない帰結を招きうる。とくに日本の場合、公的債務残高の大きさが注目を集め勝ちなので、油断は禁物。

・当面の為替相場を巡る最大の「リスク」はトランプ大統領のツィート。FRBの利下げはそれだけを取るとドル安円高要因となる。また、貿易問題の激化が安全資産とみられている円買い(円高)に結び付く可能性もある。更に日米貿易交渉の帰趨次第で円相場に圧力をかける可能性もある。今の日本がこの圧力に抗すことが出来るかどうか疑問。とくに為替相場対策で日銀がマイナス金利の深堀りに走ることが望ましいか?

・以上のように考えると、現状程度の為替相場で推移してくれれば御の字に思える。7月末以降の円高についても、さらに急激かつ極端に進まない限り、「円高にも良いことがあるよね」と大らかに過ごすことが良いのでは?

冴えない結論で失礼しました。

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One comment on “Vol.121: ニクソンショック50周年
  1. コロコロミント より
    いつも興味深く読んでいます。

    為替に関するまとめ、とても興味深く読みました。ありがとうございます。

    仕事で沖縄の方々と接する機会が増え、年配の方とお話しすると、ニクソンショックと沖縄返還前後の話を聞くことがあります。
    沖縄返還後360円になるはずだった自分の資産が、ある日突然308円になったというネタです。実際はニクソンショックの後にできたスミソニアン協定の結果だと記憶していますが。自分の資産、それも現金がある日突然15%下落したらと思うとぞっとします。
    締めにあるように、急激かつ極端に進まないこと、が安定に資するのでしょうね。

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