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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2021/06/14 06:30  | by Konan |  コメント(1)

Vol.109: インフレの基礎知識


Saltさんのメルマガでお分かりの通り、米国ではインフレ懸念が話題になっています。ついに5月には前年比でみた物価上昇率が5%となりました。米国の動向や見通しはSaltさんにお任せし、今回はインフレに関する基礎知識を整理してみたいと思います。

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インフレは悪者か?
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インフレ(インフレーション)の定義は様々あると思いますが、「許容範囲を超えて物価が上昇すること」と理解しておけば十分と思います。先進国の中央銀行は2%の物価上昇目標を掲げているので、物価が前年比2%上昇することは正常かつ許容範囲です。それを超え4~5%も上がるようになると、インフレとして問題視されてくるのでしょうか。

ところで、インフレは悪者でしょうか?第一次世界大戦後のドイツ、最近では数年前のベネズエラのように、物価が瞬く間に数百倍、数千倍も上がるようになると、人々の価値感覚が失われ経済機能は麻痺します。こうした所謂「ハイパー・インフレーション」が良くないことは理解しやすいと思います。

では5%の物価上昇は悪なのか?もし賃金等の収入も5%上がる、あるいは預金に5%の金利が付与されれば、物価上昇に見合って収入や貯蓄が増えるので、人々の生活水準に影響は及びません。値札が100から105に上がる一方お財布も100から105に増えるので、同じ物を買い、同じサービスを受けることが出来ます。

しかし、実際には賃金はすぐに5%上がりません。賃金には硬直性・粘着性があると言われます。企業の業績が悪化した際の賃下げが限定的に抑えられる一方、業績が良くなってもそれに見合う賃上げが行われないことが、硬直・粘着の意味合いです。そうであると、物価が5%上がっても賃金は5%上がらず、物価上昇により人々の生活水準は悪化します。これがインフレが悪者視される理由です。言い換えると、全ての価格が同時に柔軟に上下せず、価格により上下のタイミングや度合いに差があることが、問題を引き起こす訳です。

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需要要因か供給要因か?
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さて、物価は需要と供給の関係で決まります。需要が供給を上回る状況になれば上がり、下回る状況になれば下がります。

需要は様々な要因で決まります。景気が良くなり人々の購買力が上がるケース、ある国の経済成長が続き中産階級の層が厚くなるケース、新製品の人気が殺到するケースなどです。ただ、需要が増え物価が上がることは、以下の供給要因による物価上昇に比べると健全と言えます。

供給の減少も物価上昇をもたらします。我々の世代は1970年代に2度の石油危機を経験しましたが、これが供給要因による物価上昇の典型例です。食料についても、時々の気候や疫病により供給が大きく振れます。最近ではコロナ禍や火災やサイバー攻撃による操業停止が話題になります。

需要要因、中でも景気上昇に伴う物価上昇に対しては、金融政策などマクロ経済政策による対応が可能です。金利を引き上げ需要を抑えていけば、物価上昇も落ち着きます。他方で、供給要因に伴う物価上昇の場合、中央銀行は悩ましい立場に追い込まれます。物価を抑え込みたければ利上げが必要ですが、物価上昇に伴い人々の生活が苦しくなることへの対応には利下げが必要です。石油危機後には各国中央銀行はこの板挟みの状況に陥り、例えば米国では1980年代のボルカー議長の活躍までインフレに苦しみました。なお、最近は余り聞きませんが、物価上昇下の景気悪化をスタグフレーションと呼びます。

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今なぜインフレが話題か?
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1990年代以降先進国では問題にならなかったインフレが、今話題を集めています。実際に、冒頭書いたように、前年比でみた物価は急速に上がり始めています。

需要面ではワクチン接種率の高まりを受けペントアップ需要が顕在化しています。供給面では工場火災などの要因で供給が落ち込むものも見られます。Saltさんが解説するように、米国では求人に求職が追い付かず、賃金にも上昇の兆しがあります。更に、2020年は物価に強い下押し圧力が働いたので、その反動で前年比の上昇率が嵩上げされた面もあります。

その意味で、前年比でなく2019年対比でみてどの程度物価が上がっているか見る方がフェアな気がします(前年比2%上昇が許容されるなら、前々年比4%上昇が許容されてもおかしくない、など)。またペントアップ需要が今後均されていくことは間違いなく、火災・コロナ禍・サイバー攻撃も解消します。このため、足元の物価上昇に一喜一憂することなく、少し長い目で、例えば年末や来年初までみたうえで情勢を判断することが、妥当と思います。FEDも基本的にこうしたスタンスと思います。

ただ、FEDは同時にdata dependentの姿勢も強調します。物事を予め決めてかからず、事情(データ)が変れば柔軟に対応を変えるとの趣旨です。そうは言ってもFEDの利上げはまだ先でしょうが、テーパリング(資産買入れ規模の抑制)が金利に影響を与え、それが株価や新興国の経済状況に影響を与える可能性もあります。

我々にはSaltさんのメルマガと言う強い味方がいます。この記事がSaltさんのメルマガを読むうえでの手助けになれば幸いです。

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One comment on “Vol.109: インフレの基礎知識
  1. 奈良時代の前 より
    インフレはこわくない?

    とてもわかりやすい記事で大変助かりました。ありがとうございます!
    (いつもは難しくて途中でよく挫折してます…すみません)
    足元を見つつ、遠くも見るようにして判断しないとですね!

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