ブログ記者によるオンライン新聞 グッチーポスト

The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2020/04/27 06:30  | by Konan |  コメント(0)

Vol.53: 日銀金融システムレポート+月例経済報告+α

月2回執筆のはずでしたが連投が続き、別な意味でコロナ疲れです。年甲斐もなくTwitterも始め、老眼が進む私にはつらいですが、何とかやっています(苦笑)。ぐっちーがTwitterを避けていた理由も何となく分かります。最後に会った際、彼はハズキルーペを持っていました(笑)。

ということで、今回はレポートの引用の形で簡潔に。1つは旧ひとり言以来必ず紹介している日銀金融システムレポート(21日公表)。2つめは遂に「悪化」の表現が用いられた内閣府月例経済報告(23日公表)。最後に少し雑感を。

今回の金融システムレポートは、新型コロナウイルス感染症が進行する中で分析が追い付かなかった印象も受けますが、そのうえで、とても素直で読みやすい内容になりました。メッセージは以下の通りです。

・日本の金融システムも強いストレスを受けているが、全体として安定性を維持している。

・しかし、感染拡大の今後の展開やそれに伴う実体経済への下押し圧力の強さ、持続期間を巡る不確実性がきわめて大きい。今回は、「金融不均衡の調整」を直接の背景とする過去のバブル崩壊とは性質が大きく異なり、「実体経済ショック」に端を発している。ただ、国内外の金融システムは感染拡大以前から様々な脆弱性が蓄積されてきていた。このため、実体経済の大幅な落ち込みが長期化する場合には、脆弱性を通じて金融面の本格的な調整に結びつき、「実体経済・金融の相乗的な悪化」につながる可能性がある。

・リスクは以下の3点。
(1)国内外の景気悪化に伴う信用コスト(=貸倒れリスク)の上昇
(2)金融市場の大幅な調整に伴う有価証券投資関連損益の悪化
(3)ドルを中心とする外貨資金市場のタイト化に伴う外貨調達の不安定化

個人的には、世界的な更なる低金利下に伴う収益悪化リスクも大きいと思いますが、上記の3点には同意します。とくに国内外での信用コスト上昇には注意が必要です。世界各国で様々な企業サポート策が講じられつつありますが、その不十分さや遅れのため全ての企業破綻を防ぐことは出来ないからです。

次に月例経済報告。リーマン危機後の2009年5月以来初めて「悪化」の表現が用いられました(2009年5月は「悪化のテンポが緩やかになっている」、6月は「一部に持ち直しの動きがみられる」)。

(現状)
・全体:景気は、新型コロナウイルス感染症の影響により、急激に悪化しており、極めて厳しい状況にある
・個人消費:感染症の影響により、急速に減少している
・設備投資:おおむね横ばいとなっている
・住宅建設(投資):弱含んでいる
・公共投資:底堅く推移している
・輸出:このところ減少している
・輸入:このところ減少している

(先行き)
・全体:感染症の影響による極めて厳しい状況が続くと見込まれる。また、感染症が内外経済をさらに下振れさせるリスクに十分注意する必要がある。金融資本市場の変動等の影響を注視する必要がある
・個人消費:感染症の影響により、減少が続くと見込まれる
・設備投資:成長分野への対応等を背景に、持ち直しに向かうことが期待されるが、感染症の影響に十分注意する必要がある
・住宅建設(投資):弱含みで推移していくと見込まれる
・公共投資:関連予算の執行により、底堅く推移していくことが見込まれる
・輸出:海外経済の減速から減少することが見込まれる。また、海外経済の更なる下振れリスクに十分注意する必要がある
・輸入:感染症による供給制約の影響が続くと見込まれる

需要項目では、個人消費、輸出が先月の「弱い動き」「弱含んでいる」から「減少」とされました。他の需要項目の表現は不変です。今更ながら前月「悪化」の表現が用いられていなかったことに改めて驚きます。

さて、前回も少し触れましたが、今回の問題を機に改めて自由・民主主義のあり方が問われています。中国のような監視社会にならない限り、あるいはロックダウンのように活動を封じ込める独裁的管理社会にならない限り感染症に勝てないのか。

ひとつの答えは徹底した自由主義です。「小さな政府」を指向し、公衆衛生(マスク着用や手洗い)も、そして人々の生死も「個人の自由」と割り切る考え方です。しかし、現実には多くの人は死を恐れ、病院が感染者で溢れ、国により医療崩壊が起きました。また、所得の低い人ほど在宅が難しいという現実が、格差問題の深刻さを浮き彫りにしています。そうしたことに目を瞑る「強さ」は米国ですら無いように思います。そうなると、監視社会や独裁的管理に勝てないのか?

8割おじさんこと西浦教授が「対策を講じなければ感染者は40万人に達する」としています。この試算の当否はさて置き、もし40万人の患者に対応できる体制(施設(病院や転用可能なホテル等)、医療や保健行政従事者、院内感染を防ぐ仕組み(マスク、防護服等)、AIやロボットの活用、こうした方たちが称賛されることはあってもバッシングされない社会など)があれば、逆説的に言えば自粛は不要です。しかし、この体制は民だけでは確立できません。数年に一度の感染症に備え普段から体制を整えておくことは非効率だからです。この非効率性を担うことができるのは官だけです。

こうした分野での大きな予算と平常時のある種の無駄(新型コロナウイルス感染症を超える事態への備えも含め)を許容する新たな「大きな政府」論を確立することが出来るか否か、まさに問われます。在宅勤務に向かない仕事も多いと思いますが、出来る範囲で体制を整えることは働き方改革の点でも重要ですし、これに対する補助もこの線での「大きな政府」に入るかもしれません。マスクや消毒液や防護服や人工呼吸器の国内生産を増やすためのサプライチェーン回帰支援も同様です。

この財政的観点に加え、「文化」「社会規範」の観点も重要と思います。恐らくマスク着用文化や手洗いを厭わない文化は、感染症抑制に何某か有効と思います(そう発言する海外の専門家がいることは確かです)。JDさんに紹介頂いた京大の先生のブログ(ツイート)の中で「会食するならまず黙って食べ、その後マスクして会話せよ」との趣旨の文言はとても印象的で、社内でも接待復活時はお弁当形式にしようと話しています。こうしたことの徹底には自由主義に反する面があります。ただ、この程度の「妥協」も許さないとすると、結局は監視社会に勝てない気がします。

更に情報について。前回も少し触れましたが、欧米では個人情報収集・分析とプライバシーの両立に向け、様々なIT企業や大学等が模索を始めています。これも徹底した自由主義の立場から受け入れることが出来ないことかもしれません。しかし、その拒絶が却って監視・管理社会生みかねないリスクも同時にあると思います。無論、哲学者のハラリ氏が主張するように、そうした仕組みを時限的なものにとどめる、情報の他目的利用を防ぐ等の対応が必要なことは言うまでもありません。

生煮えのことを書き散らしただけで失礼しました。ただ、こうした議論が必要となる日は遠くないと思います。

次回(5月4日)は日銀金融政策決定会合を取り上げ、その次(11日)こそ休みたいと思います(どうなることか…)。

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