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2018/12/03 06:30  | by Konan |  コメント(4)

V01.9: 日銀の金融システムレポート2018年10月


今回は、公表から少し時間が経ちましたが、日銀の金融システムレポート(10月22日公表)を紹介します。旧CRUのひとり言執筆時、このレポートが年2回(4月、10月)公表される都度、必ず紹介しました。当時、金融庁はこうしたレポートを公表していなかったので、当局の金融システムに関する見方を知るうえで、日銀のレポートが良い材料となりました。今では金融庁のレポートに注目が集まりますが、今後日銀の金融政策における金融システム問題の位置付けが話題になる可能性が大きいので、新CRUのひとり言でも、律義に紹介しようと思います。URLに概要版だけ載せます。とても難解なレポートで、全文版を読むには骨が折れます。もし読者の中に経済学部の学生の読者がおられたら、是非チャレンジしてみて下さい。

このレポート、2005年に公表が始まり、10年以上続いています。日銀には金融機構局という部署があり、そこが執筆します。日本銀行法をみると、第1条で日銀の目的が規定されています。その第1項は「通貨及び金融の調節を行うこと」が日銀のひとつの目的であると規定します。分かり難い表現ですが、第2条で「通貨及び金融の調節を行うに当たっては、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資することをもって、その理念とする」とされ、要は、第1条第1項が金融政策を指していることが分かります。さて、第1条第2項では、日銀のもうひとつの目的が「銀行その他の金融機関の間で行われる資金決済の円滑の確保を図り、もって信用秩序の維持に資すること」であるとされます。これもイマイチ分かり難い表現ですが、要は金融システムの安定維持も日銀の仕事だよと規定しています。

中央銀行に物価安定(金融政策)に加え金融システム安定の仕事も割り当てるのは、比較的珍しいことです。現に今日銀が直面しつつあるように、物価安定と金融システム安定は時に矛盾し得るからです(後で補足します)。ただ、金融システムの安定が物価安定の基礎となる場合が通常です。リーマン危機のような緊急時、国会の議決を経ることなく、瞬時に市場に資金を供給できるのも中央銀行だけです。こうした発想から、日銀(あるいは英国の中央銀行であるBank of Englandなど)には2つの目的が与えられています。

こうした役割を果たすべき日銀は、当然金融システムの安定性を評価します。その内容の一端が、金融システムレポートとして示される訳です。

前置きが長くなりました。今回のレポートは、一言で言えば、金融システムの安定性に関しかなり厳しい見方を示しています。レポートの表現自体は、危機感を煽らないよう慎重な言葉遣いです。例えばURL資料の2頁に「2018年10月号のポイント」があり、そこでアンダーラインされているのは、以下の2点です。

・金融循環において拡張局面が続いているが、1980年代後半のバブル期にみられたような過熱感は窺われない。
・金融機関は、リーマンショックのようなテールイベントの発生に対して、資本と流動性の両面で相応の耐性を備えており、全体として、わが国の金融システムは安定性を維持している。

難解な表現ですが、要は、80年代後半のようにバブっていない、リーマン危機のようなショックが再来しても耐えられる、と主張しています。だから「安心してください」とのメッセージです。

しかし、より子細にみると、とても厳しい評価が随所にちりばめられています。詳しく読めば読むほど、金融システムの安定性に関し不安を感じる内容となっています。以下、いくつか紹介します。

・バブル期ほどの信用拡張はありませんが、それでも、金融機関の貸出姿勢は積極化していて、金融はとても緩んだ状態にあります。こうしたミニ信用拡張は、短期的には実体経済を下支えします。しかし、やや長い目でみると、仮に経済に負のショックが生じると、金融機関が大きくそのバランスシートを調整(圧縮)する必要に迫られ、このことが経済を一段と悪化させてしまうリスクを溜め込んでいます。

・金融庁の指摘同様、金融機関の基礎的収益力は低下しています。地域金融機関では、リスクに見合ったリターンが得られない結果、自己資本比率が低下する傾向にあります。また、地域銀行にしても信用金庫にしても、これを上中下3グループに分けると、下位グループの収益力低下が目立ちます。

・とくに地域金融機関は、ミドルリスク企業(財務内容が相対的に悪いのに、金融機関が貸出金利を低めに設定している先)向け貸出を増やしていて、万一景気が悪化すると、かなり痛手を被る可能性があります。不動産関連の貸出にも同様な心配があります。

・日本の金融システム全体として、リーマン危機のようなショックへの耐性を持っています。しかし、個別行の中には耐え切れない先もありますし、また、数年前に比べるとこの耐性が落ちてきています。

といった感じです。何だか心配になりますね。

さて、このように子細にみると金融システムの安定性に厳しい見方を示している金融システムレポート。読者の中には、「もしそうなら、金融機関収益に配慮して、今の超低金利政策を止める方が良いのでは」との疑問を抱く方もおられるかもしれません。マスコミ等で良く「緩和政策の副作用」とされる問題です。このことは、上の方で書いたように、物価安定と金融システム安定の2つの目的が時に矛盾し得ることを示す例とも言えます。

私の知る限り、日銀内では物価安定優先派が引続き多数を占めているように思います。そのひとつの背景は、日銀の最高意思決定機関である政策委員会9名の構成です。日銀生え抜き1名、メガバンク出身者1名を除き、残る7名のメンバー(黒田総裁を含む)は金融システム問題に携わった経験に乏しく、金融政策・物価安定を優先して考える傾向にあります。

また、今の地域金融機関は、「自己資本比率は高いが収益が悪い」状況です。長い目で見ると金融システムの安定性が損なわれる恐れは小さくありませんが、この1、2年で危機が起きる可能性が高いとも言えません。このため、少なくとも目先は物価安定を優先し勝ちです。

更に、地域金融機関の問題は、低金利に伴う循環的な問題というより、むしろ構造的な問題なのかもしれません。企業部門まで貯蓄超過になってしまった日本。預金は集まっても借り手がいないとなると、必然的に収益は苦しくなります。報道を見ると、政府内で地域銀行を独禁法の対象から除く検討が始まるようですが、抜本的な再編・統合、あるいは退出抜きで、問題は解決出来ないかもしれません。

他方、金融は信用が命。何を契機に問題が起きるか、読みにくいのも事実です。先日静岡県の某銀行が半期決算を公表しました。元々4兆円の預金規模だった当行、この半年間で6千億円も預金が抜けたことが公表資料に明記されています。新聞等では信用不安を煽らぬよう、この預金流出額には触れず、赤字額や旧経営陣の責任に焦点を当てていますが、金余りの日本でも、一度信用を失うと預金者に見放されます。金融システムの安定性への注意は欠かせないと思います。半年後も、日銀金融システムレポートを紹介します。

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4 comments on “V01.9: 日銀の金融システムレポート2018年10月
  1. 健太 より
    手数料

     月末に、郵便で振り込んだら、無料は後はないとの表示。それで職員に聞くと、10月から一回無料となった。 以前は無料だったが其れが四回になり一回になった「。
     これは物流費の上昇と機をいつにしている。
    補給費が上昇していることで、打撃が大きいと思う。
     手数料というがメインコンピュータに接続して、位置を変えるだけだが、費用は要るのか?開発費が必要だとはわかるが、それは聞くところによると政府がしたという。仮に其れが正しければ、銀行援助ではないか?それから手数料を取るとは。

     まあ先はないだろうと見ている。東北の地方銀行は不良資産のやまではないか?常識を働かせると。

     日銀は大東亜戦争と同じで、はじめから無理なたたかいをしている。
    多少はよくなっても(空母ワスプを沈めても、現地の兵隊は悲惨だった)それと同じではないか。知人が一見事業を辞めると知らせてきた。中古機械の売れ口を探せということでしょう。

    南朝鮮の判決の影響は企業におよぶ、その企業ははじめから政府の日韓未来志向など信じておらず、手を打ってきている。今だ手を打ていないないし打てない企業はお陀仏でしょう。
     それと似たことが現在起きていると思う。

    何をしてもだめなときがあるがその時はいかがするかという人生の知恵が必要だが、経済は休むことがないから、それがむずかしい。

     現状の経済において解はあるのか。
    多くの人は貯金を誤解している。私も長く誤解していた。現在は之に尽きるのではないか。
     

  2. ペルドン より
    帳簿の世界史の観点

    columnに描いている所為か・・
    興味深く読み取れました。
    ローマ帝国も財務官僚の仕事を・・
    貴族が受けるようなると・・国家は衰退に向かう傾向になる・・
    日銀総裁を取り巻くのは・・ノンキャリア組と呼んでもおかしくない・・
    財務官僚の歯ぎしりが・・レポートから漏れ聞こえてくる・・
    そんな雰囲気が・・Konanさんも寝ながらしてませんか・・・・・?!( ^ω^)

  3. ! より
    一方で…

    日銀は物価と金融システムの双方に責任があるめずらしい立場である一方で、雇用<失業率>に対しての責任がない珍しい中央銀行だと聞きました。本当でしょうか?

  4. Konan より
    質問ありがとうございます

    米国の中央銀行であるFRBは物価と雇用の安定のふたつの責務を負っています。ただこれも珍しい例で、多くの中央銀行は物価の安定のみに責務を負っていると思います。
    物価と雇用のふたつを追う場合、デフレ期には目的が合致しやすいと思いますが、インフレ期は景気を冷やす必要があるので、短期的には雇用にマイナスの影響を与えます。一見矛盾しますが、長い目で見ると、物価の安定と雇用の安定は両立すると考えているのだと思います。
    逆に日銀の方も国民経済の健全な発展に資する必要があるので、本来雇用を無視出来ないと思います。日銀の人からこうした説明を余り聞きませんが。

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