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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2018/09/03 06:30  | by Konan |  コメント(5)

Vol.3: 経済統計の言葉


当初の予定では、第1月曜日の今回は、内閣府の月例経済報告を取り上げる積もりでした。その予定を変え、経済統計、とくにGDP統計に纏わる「言葉」をいくつか紹介し、最後に日本のGDPの特徴を説明しようと思います。ベテラン読者の方には余りに基本的過ぎ、「馬鹿にするな!」と怒られるかもしれません。ただ法学部を卒業し社会人になった35年前の私は、基本的な言葉も分からずとても苦労しました。その頃を思い出してということでお許し下さい。なお、前回もとても重いコメントを頂きありがとうございました。少し時間がかかると思いますが、自分なりの回答を考えていきたいと思います。

(フロー、ストック)
ストックは残高、フローは一定期間中の変化のような意味合いです。ところで、GDP(Gross Domestic Product 国内総生産。なお、私が社会人になった頃はGNP:Gross National Product 国民総生産が指標でした)は、例えは3か月(四半期)間、あるいは1年間(暦年あるいは年度)に国内で生み出される富/付加価値を意味します。従ってフローです。大学卒業時の私はこれをストックと誤解していました。恥ずかしい話しです。付加価値も分かり難い言葉です。例えばある自動車会社が車を組み立て完成車を作る時、全部品のそれぞれの価格を足し上げたものと、完成した自動車の価格は異なります。組み立てられたことで「走る」という価値が加わったからです。GDP統計はこうした付加価値を捉えようとします。

(実質、名目)
景気をみる際、殆どの場合(安倍総理の経済目標のようなケースを除き)「名目」GDPでなく「実質」GDPをみます。経済成長率は通常実質GDPの伸び率を表します。ところで、普段私たちが接するのは名目です。例えば給与を例にとると、月30万円の給与が翌年1割上がり33万円になるとします。物価が横這いの下での給与アップならハッピーです。しかし物価も1割上がっていると、1年前の30万円の給与の価値と、今年の33万円の給与の価値は同じです。「買えるもの」が不変ですから。このように物価水準やその上昇・下落の影響を捨象し、「買えるもの」に着目しようとするのが「実質」の世界です。因みにGDPについて名目を実質に換算する際用いられる数字を「デフレーター」と呼びます。名目をデフレーターで割ると実質になります。

GDPに限らず、金利に関しても名目金利、実質金利が区別されます。名目金利は普段接する表面的な金利を指します。例えば同じ名目金利1%でも、物価が1%上がる状況と、1%下がる状況では意味が大きく異なります。前者では利息がつき100円が101円になりますが、物価が上がっているので買えるものは不変です。逆に1%物価が下がるデフレ下で金利が1%も付くと、1年後に買えるものが増えます。後者の方が実質的に金利が高いことになります。「名目金利」から「(予想)物価上昇率」を差し引くと「実質金利」となります。

(潜在成長率、自然利子率、GDPギャップ)
これらの言葉も良く使われます。厳密な定義はさて置き(私は経済学者でないので…)、潜在成長率は「その国の実質GDPが自然体でどの程度増加する実力を持つか」意味します。後で説明するように、毎四半期や毎年度のGDPについてはその需要(支出)面から分析を行いますが、潜在成長率は「富/付加価値をどれほど作れるか」供給側から捉えます。富を生み出す源泉は、労働力、資本(設備)、技術です。人が増えれば、設備が増えれば、技術が上がれば、経済は成長するとの考え方です。この3つの要素を分析し潜在成長率を推計します。内閣府は*1%、日銀はゼロ%台後半としています。この潜在成長率に見合う「実質」金利が自然利子率です。潜在成長率が+1%なら自然利子率も大体1%です。

実際の経済成長率が潜在成長率を上回ると(日銀の7月末の展望レポートでもこうした表現がありましたね)、経済の調子が良いこと、そして物価も上がりやすいことを意味します。自然体での成長を上回るには、残業してもらったり、設備を休日に動かす必要が生じます。そうなると賃金が上がり、物価も上がっていくと考えることが自然です。潜在成長率は変化率ですが、GDPの実際の需要額と、自然体でどの程度付加価値を作ることが出来るかとの供給力(この供給力を微分し変化率を求めたものが潜在成長率です)を比較したものがGDPギャップです。GDPギャップ(需要マイナス供給)がプラスであるほど景気が良い(物価も上がる)というのは、イメージしやすいと思います。

さて、次にとても技術的な、しかしGDPをみるうえで不可欠な言葉を紹介します。

(年率)
内閣府は3か月ごとにGDP統計を公表します(同じ四半期の計数について何度か改訂値も出ます)。そして、例えば「4~6月」のGDPと「1~3月」のGDPを比較します。これが前期比です。しかし人間の性として、3か月ごとの変化より、1年間の変化をみたいとの欲求にかられます。単純なやり方は前年と比べることです。例えば「2018年4~6月」の数字と「2017年4~6月」の数字を比べます。これで良いのですが、内閣府を始め多くのエコノミストは前期比を年率に換算した数字を用います。「2018年1~3月」と「2018年4~6月」の数字の変化(=前期比)の勢い(増加も減少もあります)のまま1年間続いたら、どの程度変化するかという数字です。単利と複利のような話ですが、専門家でなければ前期比を4倍すれば大体年率に近付きますが、ここでは四半期の変化を4乗します。例えば1~3月期が100、4~6月期は101とすると、前期比は101と100を比較し1.01(+1%)ですが、年率換算では1.01を4乗し(1.0406…)四捨五入して+4.1%となります。

(寄与度)
寄与度もとても大事な概念です。例えば先ほどの100が101になった例で、もとの100がAとBの2つの項目の足し算だとします。そして1~3月はA80、B20だったが、4~6月はA79、B22、合計101になったとします。全体の前期比は+1%ですが、この1%はAの減少とBの増加の帰結です。A自体の前期比は80と79を比較しー1.25%、B自体の前期比は20と22を比較し+10%です。寄与度は、全体の前期比+1%の要因説明を目指します。+1%は1~3月の100と全体の変化1の対比です。変化1はAの変化-1とBの変化+2に分解できます。Aの寄与度は100と-1を対比して-1%、Bの寄与度は100と2を対比して+2%となります。寄与度の合計は全体の変化率と一致します。寄与度をみることで、変化の要因を分析し理解することができます。

(季節調整)
ややマニアックなのがこの季節調整です。例えば1~3月と4~6月を比べると、平年の場合前者は90日、後者は91日です。また後者はゴールデンウイークを含みます。そうすると、例えば個人消費のような数字は後者の方が大きくなることが自然です。しかし、この自然な増加が、景気が良くなったためなのか、単に日数や連休の違いなのか、専門家は見極めたいとの欲求にかられます。このため計数を操作し、単純に言えば前者の数字を少し膨らませ、後者の数字を少しへこませたうえで、変化をみます。これが季節調整です。私も深いことは知らないのでこの辺で止めますが、統計の専門家はこうしたことにまで神経を使うわけです。

最後に日本のGDPの特徴です。途中でも少し触れたように、もともとのGDPという言葉は「生産=供給」に着目した概念です。しかし、作られた富/付加価値は誰かに使われます。この需要、支出側に着目する方が、GDPの変化を理解しやすく、また計数も早く得ることが出来るため、GDPの四半期、年間の変化などをみる際は、この需要・支出側の計数に着目します。

内閣府のGDP統計をみると、需要項目は民間需要、公的需要、輸出入に分かれます。民間需要は民間最終消費支出(個人消費)、民間住宅(住宅投資)、民間企業設備(設備投資)、民間在庫変動(在庫投資)に分かれます。公的需要は政府最終消費支出、公的固定資本形成、公的在庫変動に分かれます。輸出入は輸出と輸入に分かれます。「国内」総生産を測るので、海外で生産される輸入はマイナスにカウントされます。また、在庫投資は在庫の残高が増えればプラスに、減るとマイナスに計上されますが、在庫積み上がりは景気にとって悪い話しなので、在庫投資はマイナスの方が歓迎されます。

さて、2017年度の実質GDPについて、主な需要項目の実額、構成比と2016年度対比の前年度比・寄与度は下記の通りです。

GDP合計 533兆円 100% +1.6% (GDP前年度比)
民間最終消費支出 300兆円 56% +0.5% (以下寄与度です)
民間住宅 16兆円 3% -0.0%
民間企業設備 85兆円 16% +0.5%
民間在庫変動 0兆円 0% +0.1%
政府最終消費支出 106兆円 20% +0.1%
公的固定資本形成 26兆円 5% +0.1%
公的在庫投資 0兆円 0% +0.0%
輸出 91兆円 17% +1.0%
輸入 -92兆円 -17% -0.6% (輸入が増えたのでGDPにマイナスに寄与)

2点付言して今回は終わります。まず構成比をみると個人消費が6割近くを占め(これでも米国よりかなり低い比率です)、政府最終消費支出、民間企業設備、輸入、輸出などが続きます。民間住宅の構成比の小ささも特徴です。

もうひとつは輸出。昨年度は輸入を下回り、構成比も個人消費に大きく及びません。この点だけみると最早大したことのない項目です。しかし寄与度は最大です。輸出については「日本は既に内需主導の国」「円高も怖くない」と言われることも多くなりました。確かに過去に比べればその通りです。しかし、海外経済動向に左右され数字が振れる結果、寄与度面では重要な意味を引き続き持ち得ます。短期的な景気予測において、輸出の重要性は変わっていないと考えた方が良いと思います。

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5 comments on “Vol.3: 経済統計の言葉
  1. ペルドン より
    共通言語の認識

    言語を確認しあわないと・・
    人間もコンピュータも認識し合えない。

    何時の間にか・・「輸出の重要性」を軽んじる習慣に染まっていた。
    輸出は短期も長期も・・重要な事は確かだ。
    なおさら・・
    中国はトランプ大統領に・・ネクタイを締めあげられる羽目になった。
    人民服ならばその心配はないが・・豊かになって背広を着るようになると・・
    ネクタイがタイトロープにも首くくりのロープにもなる・・・
    ( ^ω^)

  2. 健太 より
    習ったこと

     わが国は何もないから加工貿易で成り立っており、輸出が重要だ。資源を輸入して、製品を輸出して、成り立つから、輸出が落ちると不景気になると刷り込まれているが。実質の経済は依然としてそれ以外にありえないと思う、それがあって個人消費が60パーセントだと思う。
     実際自動車に25パーセント関税をかけられれば、また実質関税をかけられたと同じ制約をかけられれば、やはり我が国経済は立ち居かなかうなるのではと思う。
     経済を見るための概念の定義ですね。自然利子率という概念は昔からあるかどうか知らないが、最初知ったとき勝手のいい概念だと思った。
     それらはマクロ経済(この考えもなかなか理解できなかった。要するに個人の借金と国の借金は質が異なり、同じ俎上に上げて論じるものではないが相互に影響はするなどだと思う。またエネルギーや食品をマクロ経済の統計に入れない事の意味もよく理解できいが、今はそれを入れると資料の変動が激しく、処理できない要因もあると思っている。)とミクロ経済の違いも知らなかった。

     輸出がなくなると、石油が輸入できなくなり戦争前と同じになる。この単純な事実に過ぎないと思う。
     経済の境界と国の境界が異なることによっても、何とかいけたのが之までのわが国で、トランプ政権になってから国境の意味が表に出てきた。経済上は関税に象徴される。結果為替に現れる。

     我が国国内にある外国人との共生論者には<あなたねえ、その外国と我が国が戦争をして解決しなければならなくなったとき、どうするか手は今考えているの>と聞くだけで十分です。
     それと同じような経済論者がいる。何かしら肝心なことを隠しているのか、知らないのか、不明な人がいる。

    まあ庶民はほとんどがその日暮らしで、知人の小企業の経営者は<従業員などは明日のことなど実質に考えていない。だから厚生年金を強制に積み立てないと連中困る。そんなもんさ、サラリーマンなど。しかしここに来てそれがどれだけ当人たちによかったか?威勢のいいときの自営業者は国民年金など目もくれず、ばかばかしいと思った人が大半だった。今ではそれらの人は全滅で、サラリーマンのほうが老後はいい>と言っていた。
     人で明日のことを考える人は少ないのではと思う。
    それにしても介護保険を考えた人はすごいと思います。

  3. 那須の山奥の兄ちゃん より
    名目GDP

    私もだいぶ前に名目、実質金利の違いと名目、実質GDPの違いを間違えるという愚を犯しましたが。

  4. YOUーKING より
    調べ方が分かりません

    単純に自動車業界に従事している人の総数を調べようとすると、何を調べるのがよろしいでしょうか?

  5. 大塚詠文 より
    日本国内の個人消費について

    「経済統計の言葉」についての大変に分かりやすいご解説、ありがとうございます。とても勉強になります。

    「名目」と「実質」の違いの認識が、よりクリアになったように感じています。

    そこでなのですが、まず一般にGDPに占める個人消費の割合は、日本が6割、米国は7割という認識を持っています。

    そして、今回のコラム末尾に記載されていた2017年度の日本の実質GDPの内訳の数字を眺めていて感じたことがあります。

    それは「民間最終消費支出(300兆円)」(=個人の預貯金や財布から流出したお金などの総量?)が、寄与度において0.5%も上向いていることへの違和感です。

    近年の消費者物価指数(CPI)は1%弱上昇しているはずです。

    その中で「実質GDPにおける個人消費」、つまり「実質ベースの個人消費」が上向いているということは、個人は物価が上昇する逆境の中で前年を上回る消費活動を行なっていることになります。

    大手上場企業以外、多くの労働者の賃金がほとんど引き上げられていない状況で上記のような事態が発生しているということは、つまり大多数の個人は「経済的に削られている、苦しい環境にある」ということを意味するのではないでしょうか。

    実質GDPの統計において、「個人消費が上向いている」という状態は少なくともマクロ経済的には「すべてが善」と考えてよいのでしょうか?

    アベノミクスが、かつては積極的に謳っていた「トリクルダウン」の成否を、果たして実質GDPの推移を見ることだけで確認できるのだろうかと個人的にはだいぶ懐疑的に思っています。

    よろしくお願いいたします。

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