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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2013/08/12 09:00  | by Konan |  コメント(0)

Vol.205: 国際金融規制回顧(その2)


国際金融規制の続きです。今回は金融市場に対する規制を取り上げます。

リーマン危機の際、市場では2つの深刻な事態が生じました。ひとつは店頭デリバティブ市場の混乱です。取引所を通さない巨額なデリバティブ取引を行っていたリーマンが破綻した際、破たんによりどの程度深刻な影響が生じるか、当局や市場関係者による把握や予測が極めて難しい状況に陥りました。市場規模、主な取引相手等に関する情報や統計が信頼に足りず、不透明感が極めて強かったためです。同様に、破綻したAIGがどの程度CDS(Credit Default Swap)のプロテクションの売り手となっていたかなどの情報も不透明で、不安を煽りました。

もうひとつは、レポ取引と呼ばれる金融機関間の短期の資金運用調達市場の混乱です。レポは単純に言えば国債などの証券を担保に短期のお金を借りる取引ですが、例えばリーマンの場合、「リーマンの信用が低下する」「このためリーマンの資金繰りが苦しくなる」「リーマンが保有資産を投げ売りする」「資産価格が下がる」「担保価値が下がるので、リーマンに対する資金の出し手が更なる担保をリーマンから求める」「リーマンの資金繰りが一段と苦しくなる」というまさに負のスパイラルに陥り、破綻へと向かいました。

店頭デリバティブについての規制は、単純に言えば「清算機関に清算を集中しよう」というものです。これまで個々の金融機関間で相対で行われてきた取引の清算を清算機関に集中することで、取引を行う個々の金融機関からみると、様々な取引相手ごとに信用リスクを管理する負担が軽減され、清算機関ごとの管理を行えば良いことになります。取引情報の面では、それを集める取引情報蓄積機関が新たに設けられることになり、当局はそこにアクセスすれば、市場に関するマクロ的なデータはもとより、個々の取引データまでも知ることが可能になります。この結果、市場の透明性は格段に高まります。さらに、どの取引相手か明確に把握できるようにするため、取引参加者ごとに番号を付けることも考えられており、その番号はLEI(Legal Entity Identifier)と呼ばれています(マイナンバーの国際金融版です)。他方、こうなると、清算機関や取引情報蓄積機関の経営の健全性確保が極めて重要な課題となります。これらの監督やオーバーサイトに関する国際的な原則も一新されました。

レポ取引については議論がまだ途上ですが、市場にショックが生じ担保資産の価格が下がっても慌てないで済むよう、担保の掛け目に余裕を持たせるような最低基準を設けてはどうかといった議論が行われています。

2回に亘って国際規制の動向を振り返りました。2点付言します。

ひとつは、金融機関に対しても金融市場に対しても規制が強化されます。一見すると世の中が安定しとても良いことのように思えます。しかし、規制は必ずコストに跳ね返ってきます。金融機関や金融市場が提供するサービスの値段が上がることは、実体経済にとってプラスとはいえません。結局のところ、「危機の再来を防ぐ」ことと「平時において金融サービスの値段を抑制し実体経済の成長を目指す」ことのどちらを取るか、あるいは両者のバランスをどこに見出すかというとても難しい問題を考えざるを得なくなります。そのためには、規制強化・導入のメニューが大方出揃ったところで、改めてその影響度の調査を行い、各種の規制強化が予期せぬ悪い結果をもたらすことがないか、最終的に確認してみることが必要です。このプロセスを終えるにはまだまだ時間がかかるように思います。

もうひとつは、余り知られていないことですが、この国際金融規制の分野では、日本人の活躍が目立ちます。金融庁の国際政策統括官である河野さんは、世界の証券監督当局をたばねるIOSCOのトップとして、各種規制の議論に深く関与しました。そしてアジア開発銀行総裁に就任された中尾さんが財務省の立場から、日銀副総裁に就任された中曽さんが中央銀行の立場から、これを強力にサポートしました。ちなみにこの3名は、昭和53年に東大を卒業し大蔵省・日銀に入った同期です。かつてバーゼル規制が導入された頃は、「米国の陰謀で日本の金融がダメになった」と言われましたが、今回の規制強化の過程では、例えばJPモルガンチェースの会長が「日本の陰謀で経営が苦しくなる」と発言するなど、日本の国益も概ね守られました。普段ほめられることが少ない役人や中央銀行員ですが、その仲間として少し宣伝したくなりました。

金融規制については、ヴォルカー・ルールやヴィッカーズ・レポート、リッカネン・レポートのように、金融機関の組織体制のあり方(例えば商業銀行業務と投資銀行業務を分離すべきか)に関する重要な話しも欧米で進んでいますが、これについては先送りすることにして、今回はこの辺で終わりにします。

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