2010/01/18 00:00 | by Konan | コメント(0)
Vol.19: 新年特集(その3、成長戦略)
新年特集の3回目は、成長戦略を取り上げます。昨年末、新たな成長戦略が打ち出され、「民主党には成長戦略が無い」という批判からとりあえず逃れることになりました。その少し前、成長戦略に関し、菅副総理と竹中さんの間でバトルがありました。基本的には、菅さんは「需要」を竹中さんは「供給」を重視し、議論はすれ違いに終わった印象でした。「真理は中間にある」というのが何事においても正しいのかもしれませんし、「需要は無意味」「供給は無意味」といった極端な立場が正しいとは思えません。ただ、印象として、政府の新たな成長戦略は、需要面に焦点が当たっているように感じられます。
今回は、成長戦略を巡る2つの論点について、やや抽象的に述べてみたいと思います。抽象的というのは、今回は、今般の政府の戦略の具体的内容には踏み込まず、その前段階の話しをしたいということです。
最初の論点は、「成長戦略とは本来何を語るべきか?」といういわば定義を巡る点です。私は「潜在成長率を引き上げること」=成長戦略と位置付けることが適当と感じています。潜在成長率とは、「中長期的に持続可能な経済成長率」という意味で使われることが多いと思います。この点、日銀の一上さんたちが昨年書かれた「潜在成長率の各種推計法と留意点」というペーパーが、技術的ではありますが、よく整理してくれています。そのペーパーでは、潜在成長率は「景気循環を調整した趨勢的な成長率ということもできる」とされています。そして「長い目でみれば、一国の成長率は供給能力により規定される」とも指摘されています。要は、短期的な景気の循環は需要面に左右される一方、中長期的な成長は、供給面に左右されるという訳です。
このペーパーを読んでいくと、各種の潜在成長率推計法の概要や特徴が整理されています。そして、最もポピュラーな生産関数に基づくアプローチに基づき、日本の潜在成長率のこれまでの変化とその要因が分析されています。生産関数によると、成長率は、「労働(就業者数と労働時間の積)」「資本(設備投資)」「TFP(total factor productivity=全要素生産性)」によって規定されます。TFPは技術的には推計誤差のようなものですが、表から捉えると「技術力」や「生産性」と考えればよいと思います。そして、これまでの成長率の低下は、予想以上に労働要因により説明されることが示されています。
結局のところ、長い目で見て潜在成長率を引き上げるには、「人」「金」「技術」の維持・向上が必要ということです。日本の場合、当面「金」には不足しない一方、「人」について人口減少を食い止めることは容易でないと考えると、結局のところ「TFP=技術」が鍵になってきます。そうすると、事業仕分けでスーパーコンピュータをはじめ、科学技術予算を削ろうとしたことは、何だったのだろうか、という話しになってきます。民主党は(年末に一応汚名を返上したとは言え)長い間成長戦略が無いと批判されていましたが、まさにそれが露呈した、恥ずかしい話しと私は思います(なお、スパコンには業界を巡る生臭い話しがあり、こういう綺麗ごとで済まない面もあるようですが、ここでは単純化し言い切りたいと思います)。
まとめると、長い目で見て「人」「金」「技術」を維持向上していくため、全力を傾けて国家戦略を練るというのが、成長戦略と定義できるということです。
もうひとつの論点は、哲学的なものです。「成長」は国のGDPが順調に増加していくことを即物的には意味しますが、国民ひとりひとりの幸せは、そうではなく「1人当たりGDP」によって規定されます。人口が減ると国のGDPも減りますが、1人当たりGDPが減るとは限りません。むしろ、人口が減るほど金や技術は減らないと考えれば、1人当たりGDPの維持は難しい話しではないかもしれません。そして「それで良いではないか」という発想も十分成り立ち得ます。
逆な言い方をすると、国全体のGDPにこだわるのは何故か、問い直しておく必要があります。分かりやすい例で言えば、日本の1人当たりGDPは中国の10倍です。個人の経済的豊かさは10倍と言うことになります。しかし、人口が10倍の中国は、国全体のGDPで既に日本に匹敵しています。そして、グローバルなプロセスの中で、日本を上回る発言力を一段と強めつつあります。結局のところ、成長戦略にこだわり、国全体の成長にこだわるという背後に、日本という国の国際的な発言力を確保していきたい、という気持ちが隠れているということと思います。
この点にこだわるか、忘れて1人当たりGDPのみを追うか、これは価値観の問題であり、正しい正しくないという問題ではありません。ただ、官の一員である私は、国全体にこだわります。無視される日本は、さびしいというだけでなく、経済、平和、環境等に独自の経験と知見を持つ日本が無視されていくことは、世界にとってよくないと信じているということでもあります。繰り返しになりますが、この立場が正しいと主張する積もりはありません。ただ、成長戦略の議論の裏に、国のあり方のような議論が潜んでいるという点を理解頂ければ、今回の目的は達せられたことになります。
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