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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2013/03/18 00:00  | by Konan |  コメント(0)

Vol.184: 今更ながら六重苦(その1)


世間では、春分の日からスタートする日銀新体制関連の話題で持ち切りですが、私は先月にかけて日銀特集も済ませたので、暫く別の話題を取り上げようと思います。

選挙の頃よく財界から「六重苦」という言葉が聞かれ、マスコミでもしばしば報道されました。その正確な定義は経団連のホームページでも見れば見つかるのでしょうが、私の記憶では、
(1)円高
(2)電力制約
(3)環境対応
(4)雇用規制
(5)TPP
(6)法人税
の6つに関し、いかに日本の産業界が苦しい立場にあるか、政府・日銀に何を取り組んで欲しいか、訴えるためのスローガンだったと思います。円高など既に解決された点、電力のように明らかに新旧政権のスタンスが異なる点もあり、最近では余り聞かれなくなった言葉ですが、こうした産業界の主張を改めて見てみると、自民、民主、自民という政権のスイングが起きた背景を含め何か見えてくるような気がしました。上記の6点は、円高、電力・エネルギー、規制、税制の4分野に分けることができますので、今回から4回にわたり、今更ながら六重苦について取り上げようと思います。

今回は、もっとも書きやすい円高から。この問題は六重苦の中でもとくに日銀に向けられたもので、またこの解決が安倍政権の人気の最大の要因ともなっています。今回は、ぐっちーのように「円高と円安どちらが良いか」といった根源的な話しには立ち入らず、(1)短期間のうちに簡単に円安に戻った背景、(2)先月のG20でも焦点のひとつとなった為替政策のあり方の2つについて、感想を書こうと思います。

円安に動いた理由として、多くの方は頭が固い白川金融政策からアベノミクスに転換したことが理由と考えておられると思います。これも一因であることは確かですが、話しはそう簡単でもありません。為替決定理論は様々ですが、単純には「金利が高く、物価上昇率が低く、リスクが低い」国の通貨が、そうでない国の通貨に比べ高くなり勝ちです。投資家としては当然リターンが多い金利が高い通貨を選好します。しかし、インフレでは通貨の価値が目減りするので、物価が上がらない国の通貨の方が有利です。軍事面を含めリスクが小さい国の通貨の方が安心であることは明らかです。貿易収支や経常収支の赤字も、その国が対外的な借金を抱え立場が弱まることを意味し、リスクの高まりと意識されます。

ここ3か月を振り返ると、アベノミクスにより金融緩和期待が強まり「金利」「物価」両面で円を売りやすくなりました。しかし、これだけではありません。例えば米国経済の回復や年始における財政の崖の回避は、米国における更なる金融緩和期待の後退やリスクの低下を意味します。イタリアの選挙結果を受け多少揺らいだとは言え、欧州情勢が小康状態に入ったことで、ユーロ危機のリスクへの懸念が薄れました。日本の貿易赤字により、僅かとは言え円のリスクも意識されました。偶然こうした要因が重なり、円が安くなったとの解釈が最も自然と思います。逆に言えば、例えば秋のドイツの選挙でメルケルが敗れ欧州不安が再燃するような事態になると、再び円高に戻る可能性も十分あります。別の言い方をすれば、2006年前後「円キャリートレード」が騒がれた頃の円安は、欧米がバブルに突入する一方、日本が失われた10年と言われる最中に起こりました。昨年迄の円高は、日本のとくに金融システムが安定する一方、リーマン危機・欧州危機が進行する最中に起こりました。そのいずれでもない時期にその中間的な円相場の水準になること自体は、自然とも思います。

さて、そうした最近の円安がどの程度海外で批判されているのか、実態はよく分かりません。以前も同様なことを書きましたが、日本ではプラザ合意の記憶が鮮明で、G7やG20は為替水準を議論するための場と誤解される方が多くいます。報道もそうしたバイアスをかけます。しかし、ここ20年近くの国際的な場における標準的な議論は、(1)各国は自国経済の安定的な成長を実現し危機を回避するため、適切に金融、財政、構造政策を行うべきである、(2)為替相場はその結果実現する各国経済の状況(ファンダメンタルズ)を適切に反映すべきである(従って人為的な為替操作はもってのほかである)、(3)保護主義的政策に陥ってはならない、の3点です。

日本に置き換えると、元来(1)の点でアベノミクスを批判される筋合いにははありません。アベノミクスは、デフレ脱却というわが国の国内事情に対応するための政策だからです。(2)も同様です。最近の円安は、前述のような様々な理由によるもので、為替介入のような非市場的手段で実現したものではないからです。ただし、中国の管理色が強い為替政策はもとより、わが国であっても、仮に今後為替介入に依存するような事態になれば、当然批判の対象となります。(3)は貿易や資本移動の自由を主に念頭に置いたもので、TPP参加も表明したので、この点でも批判されることはないと思います。しかし、こうした事情を理解しない閣僚や政治家が「アベノミクスは円相場X円を目指したもの」などと露骨な言い方を始めると、いずれの点でも疑念を生じます。こうしたことを弁えない方が残念ながら少なくないことも事実です。

以上を六重苦の観点でまとめると、産業界は最近の円安でほっと一息と思います。ただし、為替相場は一国の政策だけで動かし得るものでないこと、プラザ合意の頃と異なり、一定の為替相場水準を求める政府・中央銀行の物言いは国際的に受け容れられるものでないこと、の2点は十分認識しておく必要があると思います。

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