2010/02/01 00:00 | by Konan | コメント(0)
Vol.21: 新年特集(その5、金融政策)
もう2月になりましたが、あと2回、新年特集を続けます。今回は昨年末のデフレ宣言以来、再び注目を集めつつある金融政策を取り上げます。金融政策の議論は大変分かりづらく、私にも十分説明できる自信はありませんが、今回は、基本的な部分として、なぜデフレがよくないかという点と、金融政策の基本的なツールは何か、という点に焦点を当ててみたいと思います。
まずはデフレ(あるいはインフレ)について。要は、物価変動はなぜ良くないかという問題です。物価上昇や下落は世界中どこでも、いつでも観察される事象です。しかし、過度な物価上昇や下落は良くない、即ち物価は安定している方がよいという価値観は世界中で共有されており、この目的を達成するため必要不可欠な組織として、世界各国に中央銀行(日本の場合日本銀行、通称日銀)が設置されています。どの程度の物価上昇、下落であれば問題ないか(物価は安定していると見なしてよいか)という点に関する見方は各国でばらばらですが、例えば日銀は、毎年の物価上昇率が0%から2%の範囲内に収まること、そしてできれば+1%程度であることが望ましいとの考え方を示しています。
物価変動の問題はいろいろありますが、端的に言えば、全ての価格が同時に上昇・下落すれば、実は余り問題はありません。例えばデノミを行い、これまでの100円が1円と認識されることは、ある種物価が100分の1に低下したことと同じです。しかし、もし全てのものやサービスの価格、賃金、借金や預金の金額が全て100分の1に切り下がれば、問題は無いはずです。例えは悪いですが、ガリバーやアリスが巨人の国に迷い込むと、彼/彼女からみると大変な問題ですが、巨人の国の中では、平穏に時が流れ、巨人たちが安定的に生活しているということが、ある種のイメージになるかもしれません。
しかし、実際には物価が上昇や下落をしても、全ての価格が同時に動く訳ではありません。とくに、賃金と預金・借金の問題が深刻です。例えば物価上昇時にも、賃金は遅れて(例えばベアの時期に)しか上がらないということは一般的です。賃金が上がるまで、一般個人は大変つらい立場に追い込まれます。また、物価が変動しても、借金の金額や預金の金額は不変です。そうすると、例えば物価下落時には、預金の価値は上がる(同じ預金で安いものやサービスを享受できる)一方、借金を抱えた人は、返済原資である売り上げや賃金が下落してしまうため、大変な目にあいます。お金の貸し手である金融機関からみると、物価下落(デフレ)時には、貸倒れリスクが高まり、資産内容が悪化し、金融システムが不安定化する可能性が高まる訳です。
以上の事情から、「物価は安定している方がよい」と考えられている訳です。
次に、金融政策のツールについて。概ね3つに大別できます。このうち最初の2つは、是非はさて置き、その効果についてはある程度認識が共有されています。他方、3つめについては世界中でまだ認識が共有されず、この点で、日銀の政策を含め論争を招きやすい、という点を紹介したいと思います。
ツールの第1は金利の上げ下げです。上げれば景気・物価が落ち着き、下げれば景気・物価を刺激するというルートです。以前日本では「公定歩合」という概念があり、その上げ下げが金融政策の核でしたが、今は、世界中の多くの国で(日本を含め)、オーバーナイト金利という金融機関同士で一日だけお金を貸し借りする際の金利水準をどうコントロールするかということで、金融政策のスタンスが表されています。この点の最近のイノベーションは、「ごく短期の金利だけではなく、もっと長い金利もコントロールしてみよう」という考え方です。典型的には、今回の危機後、米国で長期国債の買入れを開始したことは、長期金利も抑えたいというFEDの意思の表れです。また、2000年代前半、日銀が「時間軸効果」と言っていたのも、「ゼロ金利政策を長く続ける」というコミットメントにより、長めの金利までゼロに近付けさせるという政策だった訳です。長めの金利までコントロールした方が経済や物価に与える影響度が大きいという点は、直感的にも理解されやすいところです。
第2は、ごく最近のイノベーションとして、市場で不人気の民間債務を中央銀行が買い上げてしまうという政策がとられています。日本におけるCPや社債の買い入れ、米国におけるMBSをはじめとする各種民間債務の買い入れが典型例です。この種の政策は、中央銀行から見ると「極めて異例で本当はやりたくない」類の政策です。なぜなら、リスクが大きい資産を抱え込むことで、自らの財務の健全性に対する信認を損なう恐れがあるからです。しかし、逆から言えば、非常時に大変効果がある政策であることは間違いなく、今回の危機においても、民間債務市場の安定化、ひいては企業金融等の円滑化に大きな効果を持ちました。
第3の、最も議論を呼ぶ政策が「量的緩和」です。2000年代初頭に日銀が導入し、今回も説明振りはさて置き、欧米の中央銀行ではそのバランスシートが膨らみ、実質的には量的緩和政策に踏み込んでいるとも言えます。日本ではよく竹中さんが、「日銀がこの点に本気で踏み込まないから、日本はデフレになるのだ」と批判されていますし、かつて、バーナンキも同じような形で日本の政策を批判しました。彼らの議論は単純化すると、「お金の量が増えれば、物価は上がる。なぜなら、お金が行き渡れば、皆リッチになりものを買う(従って物価も上がる)はずである。更に言えば、お金の量が増えることは、お金のありがたみ(価値)を下げることと同義であり、必然的に物価は上がる(1万円札の価値が下がるということは、1万円札で買えないものが増えるということと同義である)はずである」ということになります。これだけ聞くと、「そのとおり!」となります。
しかし、難しいのは、中央銀行は日本に限らず銀行であり、お金の量を増やす際、民間金融機関へのお金の供給を増やすことしか出来ない、という点にあります。お札は中央銀行のバランスシートの負債に計上されます。要はお札を増やす場合、資産も増やすことが必要で、その資産は、民間金融機関から買い入れることになります。民間金融機関からみると、これまでもっていた資産を中央銀行に売る代わりに、お札を手に入れるということです。そのお札を元手に新たに貸出を増やしてくれれば世の中にお金が回りますが、そうするかどうかは、民間金融機関の判断に拠ります。本来的には、中央銀行に売った資産よりお札の方がリスク量が小さいので、民間金融機関が抱えるリスク量が一時的に低下し、リスクテイク能力が増すはずなので、何がしかそうした行動が起こるはずなのですが、あくまでも民間金融機関の判断に拠るという訳です。ということで、政策の効果がなかなか確定しないことになり、中央銀行の政策としての有効性に関し、評価が定まらないのが実情です。そうした政策を日銀が再び試していくのかどうか、注目していきたいと思います。
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