2011/09/05 00:00 | by Konan | コメント(2)
Vol.104: 通貨と国債の問題(4)
この点について、悲観論、すなわち円や国債の暴落が起きるとの見方が根強いことも事実です。その論拠は巨額の財政赤字、あるいは人口減少を伴う日本経済の衰退です。私の意見は「このまま努力を怠るとそうなってしまう恐れが十分ある」と集約できます。ぐっちーと悲観論者の中間的意見でしょうか。
その意味で日本だけをみていると見誤る可能性があるのですが、単純化のため日本だけに注目してみます。日本円がこれまで上昇してきた最大の要因は、製造業が持つ抜群の競争力を背景に貿易黒字が累積し、対外債権国になってきたことです。日本からみればドルのような外貨資産をため込む結果、外貨資産の希少価値がどんどん下がってしまい、円高外貨安に動いてきた訳です。円の価値はこうした経済力だけでなく、政治、軍事、文化等の総合力で決まります。そして、日本は現に政治や軍事の面で脆弱さを抱えています。しかしそれを補って余りある経済力により円高が実現してきた訳です。
円高になると悲鳴が上がります。しかし、私は次回の円安は緩やかな心地よい円安ではなく、円暴落しかないように思います。日本経済は1ド360円から70円台に至る過程で見事な適応を遂げてきました。しかし、人口減少等の問題を解決することが出来なければ、解決力を日本がそして何より日本の政治が備えていなければ、円や日本国債の価値が失われる恐れがあります。それはとても不幸な事態です。そして、同じ問題が米国にも欧州にも問われているのだと思います。
最近の通貨を巡る問題は、結局主要国の政治の力比べに帰結する気がしています。
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2 comments on “Vol.104: 通貨と国債の問題(4)”
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この攻防が・・
明暗を分けるか・・?
世界における政治力・・
竹槍の国です・・・
4回に渡って丁寧に解説してくださり、どうもありがとうございました。
現実に、実態経済と金融が、とんでもなく乖離してしまっているという、現代の金融システムの機能不全は、その前提と基礎になっている考え方に、どこか間違いがあるために起こっているような気がします。 「どこがいけないんだろう?」という、素朴な疑問があります。
以前、国際会計基準について書いてくださったことがありましたが、やはり、日本の伝統的な「長期的視野に立つ経営」の理念が阻害されるような会計基準は「どこか、変」であるように感じます。
「福島第1」の事故も含めて、現在、世界で起きていることは、現代文明がエッジにあることを感じさせます。 人類の文明は興亡を繰り返してきましたが、これまでとの大きな違いは、情報社会であるがゆえに、あらゆることが瞬時に世界を巡り、何事も極端に増幅され、混乱の規模と影響を巨大化してしまうことにあると思います。
世界が密接に結びついているのに、適切にコントロールすることが難しいので、世界中が混乱に陥るのは、考えてみれば当然なのかもしれません。 これまでも、その都度、軌道修正は行われているのでしょうが、変化の速度があまりにも速いので、追いつけなくなっているのが現状かもしれませんね。
「なぜ、こうなってしまったんだろう?」という問いへの答えとして、もっとも腑に落ちたもののひとつが、以前、NHKで放映された『暗黒のかなたの光明 〜文明学者 梅棹忠夫がみた未来』でした。
対症療法では歯が立たなくなっていますので、未来を切り拓くためには、立ち止まって、深く掘り下げる胆力と決断力が必要だと思いますが、これには相当の痛みを伴うでしょうから、ある意味、楽観的な部分がないと、かなり難しいと感じています。