2022/06/13 06:30 | by Konan | コメント(0)
Vol.155: 黒田総裁炎上
今週も休載の予定でしたが、日銀黒田総裁炎上事件を受け短く書くことにしました。
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何が炎上したのか
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黒田総裁は、6月6日にきさらぎ会という場で「金融政策の考え方-「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現に向けて-」と題する講演を行いました。その終盤、「インフレ予想にみられる変化の胎動」の部分で、東京大学の渡辺努教授(日銀出身です)が実施したサーベイを紹介しつつ、「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」「コロナ禍における行動制限下で蓄積した「強制貯蓄」が、家計の値上げ許容度の改善に繋がっている可能性があります」と発言しました。
これに対し「家計は値上げを許容などしていない」「苦しみながら嫌々値上げを飲み込んでいるに過ぎない」「日銀は庶民の気持ちを分かっていない」との猛反発が起きました。さらに、3日の国会で黒田総裁が「スーパーに行って物を買ったこともありますけれども、基本的には家内がやっておりますので」と庶民感覚の薄さを自白していたことも、騒ぎを大きくしました。
結果的に黒田総裁は謝罪を行い、ついに発言の撤回にまで追い込まれました。ただし、日銀HP上ではこの講演の原稿はそのまま掲載されています。
因みに日銀は、渡辺教授のサーベイのうち「馴染みの店で馴染みの商品の値段が10%上がったときにどうするか」との質問への回答が、昨年8月には半数以上が「他店に移る」だったのに対し、この4月にはその回答が大きく減少し、「値上げを受け容れ、その店でそのまま買う」との回答が欧米のように半数以上を占めるようになった点を指摘しました。しかし、その回答より「その商品をその店で買い続ける。ただし、買う量を減らしたり、買う頻度を落としたりして節約する」との回答の方が多く、「日銀はサーベイを恣意的に引用している」との批判もされています。
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なぜ炎上が起きたのか
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日銀総裁の講演原稿は、自ら執筆するのではなく、企画局を中心とした事務方が用意します。白川前総裁はその原稿にかなり手を入れたが、黒田総裁はそのまま読むとの話しを日銀関係者から耳にします。その事務方も黒田総裁も炎上を予想していなかったと思います。
炎上の背景を考えると、そもそも日銀はマクロ的な視点から経済を見がちであることが指摘できます。以前このコーナーで日銀の円安擁護論を紹介しました。円安による輸入物価上昇で庶民は苦しみます。しかし、製造業や海外展開を進める大企業は、輸出増加や海外投資の還元増加の恩恵を得ます。マクロ的な計算では後者が前者を上回るので、円安は日本にとって良いことです。しかし、多くの国民に納得できるものではありません。そうした日銀が、講演原稿を書く際に庶民一人一人の気持ちを慮ることは余り想像できません。
また、日銀は2%の物価上昇を目指しています。そのためには賃上げが必要ですが、賃上げには値上げが受け容れられ企業の収益が改善する環境が必要です。ここは卵と鶏の関係になってしまいますが、「賃上げ」「値上げ」がインフレにならない範囲で上手く循環する姿が、日銀が目指す2%の物価安定を意味します。このため渡辺教授のサーベイをみて、きっと嬉しくなったのだと思います。
他方、今回の騒動は日本において値上げへの反発が根強いことを改めて裏付けました。そうした中でも、最近ユニクロがかなりの値上げを発表するなど状況は変化し始めています。この変化が更に続くか、来年の春闘で賃上げの形で反映されるか、まさに分水嶺となります。
今回はこの辺で。来週は日銀金融政策決定会合の紹介です。引き続き仕事の関係で時間を割きづらい状況ですが、何とか時間を見つけます。
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