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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2020/08/31 06:30  | by Konan |  コメント(3)

Vol.69: 安倍総理辞任


1週間前に在任最長不倒となった安倍総理が辞任を表明。激震が走りました。元々今週は最長不倒を受け安倍政権を振り返ろうと思っていましたが、流石に辞任は予期していませんでした。文春などで体調の悪さは報道されましたが、オリンピック・パラリンピックまで頑張ることを予想していました。

安倍総理が自民党総裁に選ばれた時、多くの人は期待より不安を感じたと思います。ここ数日何回も放映される一次政権時の退任シーンが強く印象に残り、「どうせ長く持たないだろう」と思われたからです。就任後暫くマスコミの人と話すたびに、「何とか薬で持ち堪えている」などのストーリーを聞きました。実はその頃(総裁就任後、総理就任前)昭恵夫人が経営する居酒屋で夫人ご自身と話す機会がありましたが、彼女は「夫に期待しない」という雰囲気でした。総理就任前の党首討論で野田総理が「解散」を持ち出した際、安倍総裁がうろたえていたことも印象に残りました。前後しますが、総裁選出自体も、石破さんとの差は僅かでした。

そうした中で最長不倒が実現した理由は3つあると思います。

・野党の不甲斐なさ・・・安倍総理の「悪夢のような」という表現の是非はさて置き、国民は3年間の民主党政権に深く失望しました。そのうえ野党は統合というより離散に向かいました。そうした中、国政選挙6連勝という圧倒的な選挙実績を挙げ、総理の地盤は固まりました。一時は与党で衆参両院2/3すら確保しました。

・ライバル不在・・・仮に自民、自公が盤石であっても、かつての自民党なら総裁選挙で総裁が代わることがあり得ました。これまで最長不倒だった佐藤政権終盤、よく「三角大福中」という言葉が用いられました。その後総理・総裁になる三木、田中(角栄)、大平、福田、中曽根の5氏です。その後にも竹下、橋本、小沢などが控えていました。しかし今の自民党はひ弱です。今日時点で次期総裁候補に名前が挙がる石破、岸田、菅、河野など、小粒に見えてしまいます。

・アベノミクスの初期段階での成功・・・黒田総裁の政策もあり、株高・円安が示現し、大企業中心に企業収益が急回復しました。賃金水準は余り上がりませんでしたが、雇用者数は4百万人増えました。賃金が上がらないことに着目するか、非正規主体とはいえ雇用者数が増えた(有効求人倍率も上がった)ことに着目するかで評価は分かれますが、「賃金×雇用者数」で算出される雇用者所得は間違いなく増えました。

次に安倍内閣の「実績」です。安倍総理は人により結構好き嫌いが分かれる総理です。「実績」についても評価が分かれます。ただ、国会での安定多数を得て長期政権を実現しなければ成し遂げることが難しかったであろうことを、少なからず実現しています。他方で、総理自体が期待値を上げ過ぎ、それに届かなかったこともあります。

(実現したこと)
元「官」の私からみて、普通の内閣なら無理だっただろうと思えることは下記です。

・消費税率2回引き上げ(1回にとどまらず)
・集団的自衛権行使を含む安全保障法制
・共謀罪
・特定機密保護
・労働市場改革

このうち、とくに安全保障法制には街頭での抗議を含め幅広い反対が起こりました。私自身も上記の5つ全てを内容面で支持している訳ではありません。しかし、最終的に国民の声は選挙結果に反映されます。野党の弱小さが理由とは言え、上記の施策の後も(2度目の消費税率引き上げを除き)国政選挙で圧勝を続けたことは、消極的ながらも政策が支持されたと解釈されても文句は言えません。

(実現しなかったこと)
総理自身の「無念」の言葉を含め、以下の3点は実現できなかったことの代表例です。

・憲法改正
・拉致問題解決
・北方領土返還

拉致と北方領土は相手のある話なのに、政権が国民の期待値を上げ過ぎた嫌いがあります。改憲は結局のところそこまでの切実感が無かったということでしょうか。また、公明党が政権に残る限り、9条を含む改憲は中長期的にも難しいと思います。

(その他)
個人的に最も評価しているのは所謂TPP11です。農業関係者の方には叱られるかもしれませんが、米国離脱後、リーダーシップを発揮し残る11か国をまとめ上げた手腕は、これまでの日本外交に無い功績と思います。このほかEUとの協定など、貿易交渉面では相応の成果が上がりました。

他方で、同じ外交面で残念なのは韓国との関係悪化です。これは文政権が悪いと言ってしまえばそれまでですが、お互いもう少し大人の対応が出来ないかと思ってしまいます。

元「官」として残念なのは、森友問題以降の一連の流れです。これが安倍政権後半に総理への信認を蝕み、そして新型コロナウイルス感染症がそれにとどめを刺した流れと思います。

様々ありましたが、一言で括れば、一強となった安倍総理への忖度から公文書も歪めてしまう、歪めないまでも隠そうとする、という案件が本当に何度も続きました。官が国民でなく総理を見ることからくる事象です。昭恵夫人の過剰なまでの天真爛漫さも足を引っ張りました。脇の甘い大臣の辞任も相次ぎました。

そして新型コロナウイルス感染症問題。7年8カ月に及んだ安倍政権は、「アベノミクス成功による高揚」「安定多数を背景とした強硬な政策運営」「森友問題以降の信認低下」というフェーズを2年~3年単位で辿ってきました。新型コロナウイルス感染症直前までは、「信頼は出来ないが実力はある」というのが、安倍内閣の評価の相場観だったのではないかと思います。しかし、感染症に直面し「実力もない」ことが露呈しました。信認も実力もないので支持率が下がります。そのストレスの下、潰瘍性大腸炎が再発(悪化)し、今回の辞任に至ったと受け止めています。

個人的感想をつらつらと書いてしまいました。最後に2点。

・安倍内閣のレガシーは何でしょうか?佐藤内閣には「沖縄返還」があり、ノーベル平和賞も受賞しました。安倍総理の場合、アベノミクスは一時の成果で、今となっては誰もこの言葉を使いません。強行採決で通した各種政策も、国民の幅広い支持を受けたものではないので、レガシーとなりにくいと思います。TPP11は専門的過ぎます。実施されればオリンピック・パラリンピック招致は評価されるでしょうが、そこまで持ち応えることが出来ませんでした。そして感染症対策も途中となり、改憲も出来ず、高齢化・人口減少対応も中途半端なままです。安倍総理に厳し過ぎるでしょうか。

・長期安定政権をどう考えるか。難しい問題です。1年ごとに総理が交代する姿は余りに異常です。しかし、7年8か月は長過ぎたとの印象も残ります。総理に森友・加計・桜のような問題が無ければ印象が違ったかもしれません。例えば米国大統領も8年が普通ですから。別の言い方をすると、選挙に勝つが国民の信が薄い状況は不幸ということかもしれません。将来の総理の謙虚さや透明性といった資質の必要性、我々が選挙で確り投票する大切さ、野党が今回の国民民主党の内紛のようなこと無く、政権を取れないまでも与党から無視し得ない程度の実力をつけることの大事さ、こうした当たり前とも思えることを認識できたことが、安倍内閣の最大のレガシーなのでしょうか。

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3 comments on “Vol.69: 安倍総理辞任
  1. 楽譜 より
    慧眼

    CRU様には初めてコメント申し上げます.
    今回の安倍政権のおまとめですが,とても分かりやすく,
    腑に落ちる所が多く御座いました.
    position talkや偏見が世にはびこる中,CRU様が
    賛否両面から解説して頂いたことがその理由ではないかと
    愚推しております.

  2. 楽譜 より
    ETF

    連投誠に恐れ入ります.
    安倍政権に対してぐっちー様が常々述べられていたのは
    「こんなに株買って,いつ売るんだ?」ということで
    ありました.単純に考えると,国が保有する株は
    いつか売らねばならぬわけで,売る場合に買値を下回っていれば
    「一時の株価刺激のために,次世代に多大な借金を背負わせた」と
    いう批判が成り立ってしまいます.
    (そもそも買うこと自体が一部の企業を優遇することになる
    気が致しますが…)
    既に一体どのくらい買い積んでおり,これを今後どうするのか,
    ということについて,政権に近い所での御見解が御座いましたら
    いつか御教授頂けましたら幸甚です.

  3. X より
    安倍政権のレガシー

    いつもながらの御卓見、大変勉強になります。
    安倍政権は未達成事項が非常に多いのは不満が残りますが、レガシーはあります。国際的な日本のイメージ及び政治的地位の向上です。TPPは単なる経済協定では無く、これを基礎にして政治的軍事的繋がりを深める意図がありますから、昔なら大東亜共栄圏で、それが米中抜きで実現すると言うのは隔世の感があります。またぐっちーさん も絶賛してましたが、オバマの広島訪問が実現した事、それに伴い真珠湾で和解を演じた事も挙げられます。訪日外国人数が5倍になった事も象徴的です。
    米国が中国と対立を深め、その中で日本を叩くよりも抱き込もうと言う流れがあり、また大英帝国が斜陽になった後でソフトパワーを強めたような物であるとは言え、ここまで日本が国際政治で力を持つと共に良い国家イメージになったのは、歴史上初めてです。このレガシーを生かせるか、台無しにするかで日本の運命は変わります。

    雇用についても、世間ではまだ過小評価されています。40歳以下の若年層でアベノミクス開始前と後を比べると、厚労省の「賃金構造基本統計調査の概況」によれば、平均賃金は1割ほどの増、特に正社員の増加と女性賃金増加が目立ちます。全体で正規雇用と賃金が増加していないように見えるのは、60歳以後の再雇用の増加と、氷河期世代の非正規雇用率の高さによるものが大きく、前者は再雇用で賃金が下がり年契約になるのは当たり前(価値がある人材なら再雇用でも賃金は維持されるので、もらい過ぎだっただけ)で、氷河期世代の非正規雇用の多さは、団塊の世代の雇用を過剰に保護した90年代の負の遺産なので、アベノミクスとは関係ありません(雇用政策で救済できる段階は10年以上前に終わってます)。若年層の正規雇用と賃金の大幅な増加は、過去の若者にツケを回し日本の未来を破壊し続けてきたリベラル政治とは異なる点で、これが若年層に安倍政権支持者が多い理由です。
    また働き方改革も正社員が労働環境まで過剰に保護されて不況時のバッファが無くなるので過去で有れば愚策中の愚策でしたが、少子化労働力不足がここまで進んだ現段階では、昭和的な労働集約型の仕事から、雑だが機動性のあるAI無人化を軸とした仕事へのシフトを促すので良策でした。
    新型コロナウイルス感染症問題は、「実力がない」のは誤解です。世界で1、2の実績を残しているにも関わらず、非科学的なマスコミに国民が振り回され、首相自身も確信が持てないでいたと言うのが問題点でした。私が当初から言っていたように、封じ込めは不可能、大量検査で隔離など愚行中の愚行、緩やかなソーシャルディスタンスで感染速度を調節してピークシフトするしか無いのです。2009年の新型インフルエンザ対策を基にした当初の方針を貫けば良かっただけで、途中で封じ込めとか大量検査とか主張する人を完全無視できなかった点が唯一の安倍さんの失敗です。
    医療資源を浪費しやすい点を除けばインフルエンザと大差なく、コロナ関連死の大多数は数ヶ月以内で寿命が来る持病のある高齢者なので、年単位で見た場合の超過死亡数は今見えている数字より大幅に下がります。既にスウェーデンではそれが確認されつつあります。アメリカやヨーロッパで第2波が来ていますが、死亡率はどんどん低下しています。
    スウェーデン以外の欧米諸国は厳格なロックダウンで経済を破壊し、しかも結局最終的には大勢感染し同レベルの超過死亡を出す結果に終わりました。中国、台湾、ニュージーランドも間も無く同じ事が起きます。
    日本はその中で、超過死亡もなく余計なロックダウンもせずに乗り切ったので、唯一の汚点は恐怖を煽る非科学的なマスコミと検査を宗教の様に信じる救いがたい人々の言う事を完全無視できず若干振り回された事です。アメリカは今散々に言われていますが、来年になったら、そんなに悪くなかったと再評価されるでしょう。油断は禁物ですが日本も現状程度の対策を維持できれば、来年には結果が明らかになって有権者も理解できたのに、安倍さんは体力が持たず、本当に惜しい事をしました。

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