2018/08/06 09:30 | by Konan | コメント(4)
Vol.1: 日銀の金融政策決定会合2018年7月 その1
再開初回です。先月末に日銀の金融政策決定会合が開催され、「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」という文書や展望レポートが公表されました。コーナー再開には絶好のタイミングとなりました。予告でお伝えしたように、このコーナーは第1、第3月曜日に執筆しますが、今回と次回は先月の日銀金融政策決定会合を取り上げます。
展望レポートをみると、まず経済や物価の現状評価と先行き見通しが記述され、その見通し対比で景気や物価が上振れたり下振れたりするリスクが分析され、その上で今後の金融政策運営をどうするか方針が示されます。その意味ではここでも景気や物価について初めに説明することが正論かもしれませんが、読者の皆さんの関心は金融政策の方にあると思いますので、先にそちらを説明します。
と言いつつも、急がば回れの精神で、今回は金融政策の枠組みや黒田総裁がこれまで何をしてきたか説明したいと思います。今回の決定の意味合いや今後の展開を理解するためには、まず足元を固める方が良いとの発想です。また今回の決定内容が重要であればすぐ説明した方が良いのでしょうが、説明したいとの欲求が湧かないほど小さく微妙な政策変更なので、今回は触りにとどめます。ベテラン読者の方や早く結論を知りたい方には物足りないと思いますが、再開初回に免じてご容赦下さい。
ところで、金融政策を理解するうえでは、日銀が銀行であり、バランスシートを持っていることを知ることが大切な出発点となります。最近の日銀のバランスシートの詳細は下記のURLを参照下さい。総資産規模は546兆円と日本のGDPに匹敵する大きさです。資産の方は分かりやすい構成で、最大の資産は国債464兆円、金融機関への貸付金が47兆円、ETFが21兆円、外貨資産が7兆円、この辺が主な資産です。日銀にも資本金や準備金など内部留保がありますが、それも加えた負債と純資産合計は総資産と同じ546兆円です。このうち、最大の項目は当座預金394兆円、次は発行銀行券105兆円です。日銀が金融機関から預金を預かっていることをご存知の方は多いと思いますが、発行銀行券(お札のことです)が負債勘定に計上されることは、多くの方にとり驚きではないでしょうか?
まず、日銀が銀行など金融機関から当座預金を預かる理由を簡単に説明します(個人や一般企業は預金出来ません)。民間銀行は、顧客から預かっている預金が取付けに遭うリスクを抱えています。そうした事態に備え、日銀に一定規模の預金を積む(いざと言う時にその預け金を引き出し顧客への支払いに充てる)ことが法律で義務付けられています。また、A銀行とB銀行が取引を行い、A銀行がB銀行にお金を払う場合、A銀行が日銀に預けている預金をB銀行が日銀に持っている預金口座に振り替えることで決済されます。日銀は倒産しませんし、A銀行にもB銀行にも中立な立場なので、日銀当座預金を通じた決済が安全かつ効率的だからです。このように日銀は「銀行の銀行」の役割を果たしています。お札が日銀の負債である説明は簡単ではありませんが、昔はお札を中央銀行に持って行くと金貨に換えてもらうことが出来ました。兌換銀行券と呼ばれます。金貨と交換する義務を負った負債証書だから日銀の負債勘定に計上されると考えると理解しやすいでしょうか(今はこうした交換は行われないので他の説明が必要ですが…)。
こんなことを長々と書いた理由は、中央銀行の金融政策は、銀行にお金を貸し付けたり、銀行や市場から国債などの資産を買ったりすること(金融調節とかオペレーションと呼ばれます)を通じて行われること、別の言い方をすれば、中央銀行のバランスシートを用いて行われることを理解頂くうえで前提になるからです。金融を緩和し、景気を良くし、物価を上げたいと思う場合、中央銀行に出来ることは、貸し付けたり資産を購入したりする際の利回りを引き下げること、貸し付けたり購入したりする量を増やすこと、リスクが高い(すなわち質が悪い)資産まで購入の範囲を広げることの三通りです。これ以外に中央銀行に出来ることはありません。黒田総裁はこの全てを総動員しています。
年配の読者の方には公定歩合という言葉が懐かしく響くと思います。日銀が銀行に貸し付ける際の金利のことで、以前はこの上げ下げが最も大事な金融政策手段でした。金利を下げれば景気が良くなり物価も上がるというのは、分かりやすい話です。他方、量や質に関しては「本当に意味があるのか」と疑う意見も少なくありません。ただ直感的に言えば、日銀が沢山買ってくれれば、対象資産の価格は上がり、利回りは低下します。更に、株式や土地、期間が長い国債のようにリスクが大きい資産を日銀が買ってくれれば、市場に安心感が広がり、リスクプレミアムも低下します。リスクプレミアムの低下は更なる利回り低下をもたらしてくれます。国債を念頭に説明すれば、日銀が期間が長い国債まで大量に買ってくれれば、かなり長い期間まで金利が下がり、それにより景気が刺激され、物価が上がる期待も強まります。これにより名目金利のみならず実質金利(名目と実質の違いについては後日説明します)も低下し、これが景気の一段の改善や物価の更なる上昇を生みます。金利が下がれば為替相場も円安になります(ドルに比べ運用リターンが見劣りする通貨になるので)。資産買い入れに支えられて株価も地価も上がります。これが黒田総裁が考えた勝利の方程式でした。
(第1段階)
黒田総裁下の政策は3段階に分かれます。まず、総裁就任直後の2013年4月、異次元緩和がスタートし、その1年半後の2014年10月、同じ枠組みのままその規模が拡大されました。黒田バズーカとも呼ばれ、黒田総裁の人気が絶頂な時期でした。この頃の政策はシンプルに量的・質的金融緩和と呼ばれました。政策の骨子のひとつである「量」については、マネタリーベースが指標となり、それを毎年大きく増やすことが約束されました。マネタリーベースは耳慣れない言葉ですが、上の方で説明した日銀当座預金と発行銀行券の合計です。要は日銀のバランスシートの負債を増やすとの約束です。ところでバランスシートの負債だけ増やすことは出来ません。合わせて資産も増やす必要があります。そのための主要な手段が国債買い入れの大幅増額です。日銀は財政法で政府から直接国債を引き受けることを禁じらています。政府が発行する国債をまず引き受けるのは民間金融機関です。日銀は民間金融機関から国債を購入し、その代金を民間金融機関が日銀に保有する当座預金口座に振り込みます。これで日銀の資産、負債が両建てで膨らむことになります。民間金融機関からみると、資産が国債から日銀への預け金に入れ替わります。金利リスクが無くなる分、金融機関が抱えるリスク量が減少し、新たにリスクを取って例えば企業への貸出を増やす余裕が生まれます。これをポートフォリオリバランス効果と呼び、黒田緩和が始まった頃はこの効果への期待が高まりました。以上が「量」です。「質」は上の方でも説明したように、期間の長い国債、ETF(株式)、REIT(土地)のようにリスクが高い(質が悪い)資産の購入を意味します。そしてこの量的・質的金融緩和を通じて「2年間で2%の物価上昇率を実現する」と力強く約束しました。
(第2段階)
この政策は日本経済を物価が下がり続けるデフレの状況から脱却させる点である程度の効果を持ちましたが、高らかに宣言した2%の物価上昇率実現の点では上手くいきませんでした。日銀に転機が訪れたのは2016年1月、マイナス金利政策の導入です。単純に言えば「量と質だけで足りないなら、金利も動員しよう」との発想で、政策名も「マイナス金利付き量的•質的金融緩和」と長たらしくなりました。これが第2段階です。よく金利についてゼロ金利制約が言われます。金利はマイナスにできないとの考え方です。金利がマイナスになると、お金を借りた人が利息までもらえます。これって直観に合わないですよね。しかし、人間の直観を離れ一度マイナスの領域に突入すると、そこに下限はありません。日銀はマイナス金利により「いざとなればいくらでも金利を引き下げることが出来る」との強力な武器を手に入れ、これで2%物価上昇実現に挑もうとしたことになります。
(第3段階)
しかしこの政策は評判が悪く、日銀にしては珍しく早い段階から窮地に追い込まれました。人間の直観に反した政策は受けが悪かったということもありますし、(いつか説明したいと思いますが)金融機関が「このままでは経営が持たない」と日銀の政策を公然と批判し始めたことも大きな契機となりました。このため8か月後の2016年9月、第3段階に移行しました。これが現在まで約2年間続いてきた「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」です。この政策の説明文を読むと、量的・質的金融緩和という言葉は引続き使われていますが、日銀の政策の中心が金利コントロールに移行したことが読み取れます。今でも国債、ETF、REITの買い増しは続けています。しかし、以前は年間80兆円も国債保有残高を増やすと言っていましたが、最近の保有残高増加ペースは大きく低下し、ステルス・テーパリングとも言われます。FEDが超緩和的金融政策から脱却し始めた際まず行ったことは、資産買い増し額の減少(買い増しは続けるが、その額を減らすこと)でした。これがテーパリングで、日銀はこれをこっそり行っているとの指摘です。そうした中で政策の主眼は、短期金利をマイナス0.1%に、10年物国債金利をゼロ%程度に維持する金利(イールドカーブ)コントロールに置かれています。これに加え、第3段階では「オーバーシュート型コミットメント」も採用されました。異次元緩和を、単に物価上昇率が2%に達するまで続けるのではなく、2%を超え2%の物価上昇が安定的に続くようになるまで続けるとの極めて異例な強い宣言です。実は第3段階に入る前、10年物国債金利はマイナスでした。これをゼロ近辺にすることは一種の金融引締めなので、これを打ち消すため、オーバーシュート型コミットメントのように強い宣言が必要になったと私は解釈しています。
先月末の決定で、この長短金利操作付き量的・質的金融緩和が微妙に修正されました。4つの変更のうち2つはシンプルで、日銀当座預金のうちマイナス金利が適用される部分を減らし金融機関へ配慮するほか、ETF買入れをより円滑に行うためTOPIX連動型の購入割合を増やします。残る2つのうちひとつは、10年物金利をゼロ%程度に維持する政策自体は変えないが、「上下にある程度変動しうるものとする」との修正です。黒田総裁は記者会見で「これまでゼロ%の上下0.1%程度の変動を許容してきたが、今後はその倍くらいの変動を許容する」と説明しました。要は10年物金利が0.2%になることまでは許容するとの趣旨ですが、微妙過ぎて中途半端に映るのは私だけでしょうか。残るひとつはフォワードガイダンスの導入です。私にはオーバーシュート型コミットメントと重複し付加価値のない政策に見えてしまいますが、今回はここで終え、次回は日銀の経済や物価の見方について説明したいと思います。
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2016年1月に日銀が導入を決定した「マイナス金利」ですが、そのマイナス0.1%の金利の適用範囲は民間銀行の日銀当座預金額のうちの10兆円分に過ぎず、同時期においても民間銀行は相変わらず、当座預金額の9割超においてプラス0.1%の金利を確保していたと理解しています。
つまり、当時の「マイナス金利の導入決定!!」というメディアの喧噪とは裏腹に、内実は名ばかりの、そこまで影響の大きい「マイナス金利」ではなかったのではないかと思っているのですが、いかがでしょうか。
あるいは、「マイナス金利」という概念はどんなに小さな規模でも市場にあたえる心理的なインパクトが非常に大きなものだったのでしょうか。
よろしくお願いいたします。
経済については素人ですが相場はしました、現在もしている。その間、不明なことがあり、色々たずねたが明快な答え(私に理解できる答え)はなかった。経済において習ったのは買いオペと売りオペと公定歩合で、固定相場の時代でした。変動相場についてはどうにも理解できないが、相場があるからそれで取引されているんだろうという程度です、何しろ東京外国為替市場があると思っていたくらいで、そこで取引されているのは為替手形であるとは長くしらなかった。紙幣が交換されているとおもっていたが、それは為替とはいわずに、両替ですと証券会社の人から言われて、何それとおもった。
経済が活発して2パーセントのインフレというのはわかるが2パーセントのインフレを目指すというのは間尺に合わないと思うがいかがでしょうか?
つまりできないことだということです。普通の経済状況なら給料が上がって物価が下がればいいことだと思うが、マクロ経済ではそれはありえないということはわかる。
それとマイナス金利というが高利貸しが貸した金の回収のときに、結果としておきることで事前にマイナス金利ということはない。貸し倒れのことですがそれと同じことではないかと思う。いずれにしても貸し金を返せないときに生じることではないか。つまり現在負債を抱えている人々が返せない事が大本ではないかと思う。誰がというと政府でしょう。企業は四季報で見ると内部留保がべらぼうにあるから、借りることはないと思う。
それともうひとつ、確か、日銀に積む金は金利がないと習ったが0.1パーセントの金利をつけるということは一種の金融機関への補助ではないかと思うが間違いでしょうか?それでいてマイナス金利とは矛盾している。
そのほか色々あります。私個人は貯金からから株式へと総力を上げて変更中です。長い目で見ると株が資産保持に有利だからで、今日は外国株といってもアメリカヨーロッパの株ですがも含めてです。
黒田さん一人腹を切って済む状態ではない・・
財務省首脳や・・
関白殿が腹を切っても済まない状態に・・にじり寄っている・・煉獄状態・・
国民はいつの間にか・・影腹を切らされている。
黒田さんの後釜がないのは・・誰も恐ろしくて引き受け手がない。
だから安泰なのか・・・( ^ω^)
暑さの所為で再デビュー気付くのが遅れました。失礼しました。
大変心強く感じています。
暑いので・・呆けていますからワサビを多めに握って下さい。
今後も御健筆を願ってやみません。
お帰りなさい。楽しみな方が復活なさって、嬉しい限りです。
ところで、企業の経済活動の基本は、利益を増やすことですよね。そのために
不足の資金があれば、資本市場で調達するか、金融機関から借り入れをする。
資本市場での調達では配当を払い、金融機関には利子を払う。利益が出ていれば
当然のことです。事実、ここ最近の市場では株主分配を増やす企業が次々に増えて
います。一方で金利は底値安定状態。銀行の貸し出しも伸びず、中小の地方銀行には、
質の悪い貸し出しで、不良債権を抱えるところも増えてきました。
なぜ黒田日銀は、0%近辺と言う異常な金利水準にこだわるのか。
私には経済のためというより、国債の金利負担をかぎりなくゼロに近づけるための
方便のように思えてならないのですが、いかがですか。
グッチーさんも良く言われるのですが、日本のGDPの中核は消費にあります。
預貯金の過半を握るシニア層の財布のひもをどう緩めるか。金利を通常と思われる
水準に引き上げ、預貯金の取り崩しの不安を除くことが一番大切なのではないかと
私は考えるのです。
金利を3%程度に引き上げれば、シニアを中心とした消費は確実に活性化します。
物価の2%上昇も、実現は可能になるのではないでしょうか。
現在の日銀の政策は、その土台の部分で間違っているように思えてなりません。