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2021/05/19 08:00  | 選挙 |  コメント(0)

1億5千万円を決裁したのは誰か?


二階自民幹事長、1.5億円支出「関与せず」 河井夫妻による買収事件(5/17付時事通信)

2019年の参院選広島選挙区において、新人候補である河井案里氏に党本部から1億5千万円が提供されていました。その資金が克行・案里夫妻による地方議員の大規模買収に使われたのではないかと言われています。

克行・案里夫婦はいずれも地方議員に配ったお金は手持ちの資金からで、党からの支給金は広報活動に使ったと主張しています。しかしながら、党本部から案里候補陣営に大金が流れたことは紛れもない事実です。

一方、この選挙で同じ選挙区から立候補した現職(当時)の溝手顕正氏には案里氏の10分の1の1500万円しか支給されていません。

自民党の場合、参議院選挙区の候補者への党本部からの支給は1500万円程度が普通です。候補者によっては都道府県連から同額程度が提供されることもあると聞きます。もちろん、派閥から支援を受けることもあります。候補者はそれらに自己資金を加えて戦うことになります。

したがって、溝手氏が必ずしも資金面で冷遇されていたとは言えません。しかし、桁が一つ違う額の資金を提供された案里氏の特別待遇は際立っていたとは言えます。

先の参院選において、案里氏にこれだけ多額の資金が投入されたことは、永田町でも疑問視されています。支給額が判明した昨年1月には党の総務会で批判が噴出し、「公平性が必要ではないか」との意見も出ました。つまり、誰の権限でこんな大金を支給したのか、通常では考えられないことだと言うのです。

党の資金は幹事長の権限の下にあります。すなわち、二階俊博幹事長が握っているということです。にもかかわらず、二階氏は上記の記事にあるように、「その支出について、私は関与していない」と語っています。

しかし、これだけの金額が幹事長の預かり知らぬところで動いたとは、にわかには信じられません。本日は、1億5千万円をめぐる関係者の動きについて考察をめぐらせつつ、自民党の役職と人間関係について解説したいと思います。

●選対委員長の導入 ― 党三役から党四役へ

自民党の最高責任者は総裁です。しかし、総裁が内閣総理大臣を務めている場合には、ナンバー2である幹事長が事実上のトップとして党務全般を取り仕切ります。人事局、経理局、情報調査局、国際局などの党の組織を掌握しているため、権限も権力も絶大です。その中でも最も重要な仕事は、なんと言っても選挙を指揮し、勝つことです。

ちなみに、自民党の名幹事長と言えば、田中角栄氏です。総理としても人々の記憶に強く残っている田中氏ですが、幹事長としての辣腕ぶりや、その適任さも当時を知る人の口の端によく上ります。田中氏自身も幹事長の職を気に入っていたようで、「何度やってもいい面白い仕事だ」と言ったとか。金と人事を差配できるダイナミズムが、氏の性格にはまっていたのではないかと思います。

ところが、福田康夫氏が総裁に就任した2007年からは、それまで幹事長の下で選挙の実務を担っていた「選挙対策総局長」が「選挙対策委員長」に改称され、同時に総裁直属の役職に格上げされました。これにより、幹事長、総務会長、政務調査会長で構成されていた「党三役」が「党四役」となりました。

その背景には、安倍晋三総理の辞職に伴って行われた総裁選において、いち早く福田氏を支援する流れを作った古賀誠氏を優遇するためのものだったと言われています。

古賀氏は、当初は総務会長での起用が考えられていたようですが、本人が選挙の取り仕切りを希望したことで選対総局長が検討されました。しかし、古賀氏は幹事長経験者です。中途半端なポストで遇することはできません。そのため、選対委員長と改称した上で格上げし、党四役としたのではないでしょうか。

ご参考までに、この時の幹事長は志帥会を率いていた伊吹文明氏でした。福田氏が総裁選中に語っていた「自分より若くて、テレビ討論ができる人」という理想の幹事長像に見事に合致した、スマートなインテリです。選挙など人間臭いことを特に好むような雰囲気はありません。

しかし、2009年、衆院選で敗北した自民党が下野します。すると、選対委員長は選対局長と改称され、事実上の格下げとなります。党四役は以前の党三役(幹事長・総務会長・政調会長)に戻りました。

この時の総裁は谷垣禎一氏、幹事長は大島理森氏、選対局長は現幹事長である二階氏でした。翌年には河村建夫氏が選対局長となります。河村氏は、本ブログ「自民党の候補者調整」で連載中の山口3区の渦中の人でもあります(以下の記事を参照)。

・「自民党の候補者調整 〜 派閥の代理戦争 〜 (7)(8)」(5/7、14)

河村選対局長は、2010年参院選と2012年衆院選を取り仕切りました。しかし、当時の選対局長室には二階氏も一緒にいることが多く、「どちらが局長なんだか・・・」と言われていたこともありました。

そして、2012年12月の総選挙で自民党が政権を取り戻すと、選対局長は再び選対委員長に格上げされ、党四役に戻ります。選対局長だった河村氏が引き継いで2014年まで務めました。

●「私以外私じゃない」甘利明氏

さて、河井夫妻の公選法違反が問題となっている2019年参院選当時は、甘利明氏が選対委員長でした。前項で述べた通り、選対委員長は選挙の実務責任者です。

二階派に所属する林幹雄幹事長代理は、「当時の選対委員長が広島を担当していた。細かいことは幹事長はよく分からない」として、親分を援護射撃しています。つまり、選対委員長である甘利明氏が1億5千万円の決裁をしたのだと示唆しているわけです。

しかし甘利氏は、「関与していない以前に、党から給付された事実を知らない」として、全面否定しています。

元選対委員長の甘利氏「1ミクロンも関わらず」 1・5億円提供(5/18付産経新聞)

そもそも案里氏の擁立から選挙については、二階氏と菅義偉総理、そして安倍前総理が深く関わっていると言われています。そのため、「幹事長と言えども、一新人候補に1億5千万円もの大金を支給することは独断では出来ない。安倍総理の指示があったのではないか」という憶測もありました。

この流れの中で、甘利氏の名前がささやかれたことはなかったように思います。それは、選対委員長は選挙の実務責任者であるといっても、幹事長に選挙関連の権限が何もないわけではなく、依然として公認や資金提供についての権限があることが影響していると思います。つまり、選対委員長と幹事長のパワーバランスは属人的なのです。特に二階氏が幹事長になってからは、幹事長が中心となって選挙を取り仕切っている印象が強く出ています。

甘利氏は安倍前総理と非常に近く、派閥こそ違いますが「盟友」と言われる存在です。引退した実父氏の跡を継いで1983年に新自由クラブから立候補して初当選し、現在当選12回です。自民党公認で当選した二階氏とは同期になります。

2012年の総裁選では、当時所属していた山崎派の石原伸晃氏ではなく、安倍前総理を支えました。そして、第2次・第3次安倍内閣では、麻生太郎元総理と並んで安倍総理の精神的支柱であると評されていました。

内閣府特命担当大臣として社会保障・税一体改革を担当していた際、「私以外私じゃないの。当たり前だけどね。だーかーら、マイナンバーカード♪」と、ゲスの極み乙女。の替え歌でマイナンバーカードの普及に励んでおられたこともあります。なかなかのインパクトだったので、ご記憶の方もいらっしゃるかと思います。

私以外私じゃないの・・・甘利大臣、替え歌でアピール(2015年5/26付ANN News)

その後、TPP担当の国務大臣としても活躍しましたが、2016年に金銭疑惑が報じられ、大臣を辞職します。睡眠障害であるとしてしばらくは国会にも姿を見せずおとなしくしていました。しかし、徐々に党務に復帰し、2017年の衆院選で12回目の当選を果たしてからは党の行革推進本部長と知財戦略調査会長を務めました。そして、翌2018年10月に選対委員長に就任しました。

こうした経緯に鑑みると、甘利氏が盟友である安倍氏の意を汲んで動いた可能性もあるのかもしれません。

では、幹事長だった二階氏は、自身や子分である林幹事長代理が述べているように、1億5千万円の支出に関与していないのか。

幹事長は、党のお金をその手中に納めている立場です。ましてや二階氏は、自分の知らないところで億を超えるお金が動くことを許すような、そんなぼんやりした人ではないはずです。

したがって、二階氏の「関与していない」という言葉は、字義どおりに受け止めることができないように思います。どう解釈したら良いのか困惑するところです。

ということで、1億5千万円の支出については、二階氏が決裁したのか、甘利氏が決裁したのか、現時点では「藪の中」です。とりあえず思うのは、それぞれが責任のなすりつけ合いをしているようにも見えるということです。もしかしたら二人とも関与していたのかもしれません。

●キッシー、今そこじゃない

ところで、そんな中、岸田文雄氏が、案里氏に党本部から給付された1億5千万円の「使途を明らかにしてもらいたい」と二階幹事長に申し入れました。

1.5億円使途、急ぎ説明を 自民・岸田氏、党に申し入れ(5/12付時事通信)

岸田氏は、金銭問題で離党した議員に説明責任を果たさせることや、有罪が確定して失職した議員に歳費を返還させることができるようにする歳費法の改正などを提案しています。こうした岸田氏の主張は本当にまともで、国民の誰もが「その通りだ」と賛同するものばかりです。

しかし、永田町では、河井夫妻がお金を「何に使ったか」などはもはやどうでも良いのです。皆、資金提供を「誰が指示したか」にしか興味がありません。この点は、多くの有権者も同じ感覚を抱いておられるのではないでしょうか。

ここでも例によって岸田氏の「間の悪さ」というか「ズレ感」というか、「キッシー、今そこじゃない」感が出てしまったような印象を受けます。

一方、裏を返せば、岸田氏は、河井夫妻をめぐる問題には一切関わっていないことが明らかになっているとも言えます。まさにもらい事故に遭った被害者という側面が現れているとも言えるわけです(以下の記事参照)。

・「参院広島再選挙」(4/27)

次回は、そんな岸田氏が率いる宏池会と志帥会がバトルになっている山口3区の後編をお伝えします。

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