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2021/04/09 12:00  | 選挙 |  コメント(0)

自民党の候補者調整 〜 派閥の代理戦争 〜(2)志帥会 vs. 清和会 その1(群馬1区)


菅首相 自民党総裁選前の解散もありうるとの考えを示す(4/7付NHK)

菅義偉総理がBS日テレの「深層NEWS」に出演し、今年9月末の任期満了に伴う自民党総裁選の前に解散総選挙を行うことは「あり得る」と発言しました。

これは、党内にくすぶる「菅おろし」を牽制しつつ、「秋までに解散がないと思うな」と、党内を引き締める狙いがあったと考えられています。

また、菅総理は、野党が内閣不信任案を提出した場合、「解散の大義になる」とも述べています。立憲民主党福山哲郎幹事長や、安住淳国対委員長は、「(解散されれば)受けて立つ」と、不信任案提出に言及して挑発的な態度を取っているため、「解散したら、困るのは野党だろう」と釘を刺したようにも見えます。

これに対して安住氏は、「我々も解散に対して責任がある。いかなる時でも(不信任案提出の)判断ができるよう準備は整えたい」と冷静に受け止めているように見えますが、内心どうなのかはわかりません。現実に目を向けると、立憲民主の支持率は3%台で低迷し、空白区も半分程度しか埋められていません。選挙の体制が整っていない状況の中で、不信任案カードをちらつかせることは藪蛇となりかねません。

こうしたやり取りを見ていると、選挙の足音が近づいていることが感じられます。

さて、前回のブログでは、自民党が候補者を調整しなくてはならない10の選挙区と、現職が離党して公認の支部長が決まっていない2選挙区を俯瞰しました。今回からは、それぞれの選挙区について解説していきます。

まずは、志帥会(二階派)vs 清和会(細田派)からです。

二階俊博幹事長が率いる志帥会と安倍晋三前総理の出身派閥である清和会が公認を争っている選挙区は2つあります。

(1) 群馬1区
(2) 新潟2区

本日は、このうち(1)の群馬1区を取り上げます。

●尾身・佐田時代

群馬1区は、自民党所属の現職国会議員である中曽根康隆氏(志帥会)と尾身朝子氏(清和会)が公認を争っています。

この選挙区には、中選挙区の時代には、佐田玄一郎氏と尾身幸次氏という2人の自民党議員がいました。1996年の小選挙区比例代表並立制の導入後はコスタリカ方式を採用し、尾身氏が落選して引退する2009年まで、この2人で議席を分け合っていました。

佐田氏は、祖父が元参議院議員で、群馬県と埼玉県を地盤とするゼネコン「佐田建設」の創業家一族。2006年に第一次安倍内閣で内閣府特命担当大臣(規制改革担当)に任命され、初入閣を果たしますが、自身の政治団体に実態のない事務所経費を架空計上していたことが発覚し、辞任に追い込まれます。その後、自民党が与党に返り咲いた翌年の2013年には、女子大生との援助交際疑惑が報じられ、衆議院議員運営委員長を引責辞任しました。

これらの不祥事により、2016年、群馬1区の自民党県議団は、次の選挙では佐田氏を公認候補として推薦しないことを決定します。

そこに後任の支部長として名乗りを上げたのが、中曽根康隆氏と尾身朝子氏です。

朝子氏は、前述の尾身幸次氏の長女です。父幸次氏が科学技術担当大臣や財務大臣を歴任していた2000年代前半に、比例区の候補として、参院選に2度挑んでいます。政界進出への意欲は並々ならぬものがあったのでしょう、2014年の衆院選には比例北関東ブロックの候補として立候補し、悲願の初当選を果たしました。

自民党の内規では、比例単独の立候補は原則2回までとなっています。そのため、比例選出議員は生き残りをかけて選挙区を確保しようと奮闘します(以下の記事をご参照ください)。

・「公認バトルロワイヤル」(3/26)

しかし、自民党は常に現職が優先。現職議員が差し替えられることは非常に珍しいことなのです。佐田氏の公認差し替えは、尾身氏にとっては千載一遇のチャンスです。ましてや、そもそもは父の地盤だった選挙区です。全力で取りにいかないわけがありません。

ところが、朝子氏の前に強力なライバルが立ちはだかりました。元総理大臣・中曽根康弘氏の孫、康隆氏です。

●世襲議員同士の戦い

康隆氏は、「大勲位」こと康弘元総理の孫にして、参議院議員を務める弘文氏の長男という政界きってのサラブレッドです。幼稚舎から大学まで慶應義塾に学び、嵐の櫻井翔氏は同級生。大学卒業後はアメリカのコロンビア大学に留学し、帰国後はJPモルガン銀行に勤務。佐田氏の差し替え問題が持ち上がった時には、父弘文氏の秘書をしていました。

ちなみに、康隆氏が留学したコロンビア大学のSchool of International and Public Affairs(SIPA)は、同時期に小泉進次郎氏や加藤鮎子氏も在学していたところです。いずれもジェラルド・カーティス教授の元で学んでいます。また、JDさんは、康隆氏とはアメリカ留学時代からの知り合いで、今でも大変仲が良いそうです。

康隆氏は、秘書として地元の群馬を担当するかたわら、自身のブログで群馬1区や国政への想いを積極的に発信し、精力的に活動していました。選挙区内の若手経営者が中心となって、千人近い人を集めた集会が開かれるなど、すでに一定の支持を集めている様子もうかがわれました。

郡馬1区は、祖父康弘氏が中選挙区時代に地盤としていた選挙区(旧群馬3区・高崎市など)ではありません。しかし、小選挙区移行後の群馬県内の5つの選挙区には全て現職議員がいました。このため、康隆氏が出馬を狙える選挙区は、佐田氏の抜けたここしかなかったのです。

ところが、ことはそう簡単には運びませんでした。群馬選出の山本一太参議院議員(現・群馬県知事)が待ったをかけたのです。

山本氏は、政界におけるブロガーのはしりともいえる存在です。「気分はいつも直滑降」という人気ブログを通して、高い発信力を誇っています。政治関係者や報道関係者の多くが閲覧しているという噂もあるくらいです。自らのレーダーにビビっと反応したテーマを取り上げる「糾弾シリーズ」が特徴的です。

その山本氏は、康隆氏を公認することに公然と異を唱えます。2016年3月25日のブログ記事「群馬1区の現職議員、佐田玄一郎氏の公認差し替え問題が再燃!:その16」 で、「康隆氏の擁立にどうしても賛成出来ない」と明言したのです。

続く「群馬1区の現職議員、佐田玄一郎氏の公認差し替え問題が再燃!:その17」 では、「『7つしかない群馬地方区の国会議員の議席のうち、同時期に2議席を親子で独占する』ような前時代的状況を作るべきではない」と述べた上で、「(あらゆる条件から考えて)北関東比例区の現職である尾身朝子衆議院議員が最も適格だと考えている」と、朝子氏を支持することを明確にしました。

当時の群馬県選出の国会議員は、1区が佐田玄一郎氏、2区が井野俊朗氏、3区が笹川博義氏、4区が福田達夫氏、5区が小渕優子氏、比例北関東ブロックから尾身朝子氏、参院は中曽根弘文氏と山本一太氏です。これは・・なんと、井野氏以外は全員世襲ではありませんか!

有権者からすると、父親が引退あるいは亡くなったことで議席を引き継ごうが、父と子が同時に国政にいようが、世襲は世襲で、あまり大きな違いは感じられないのではないでしょうか。しかし、山本氏のような世襲議員には、世襲議員としての独特の考えがあるのかもしれません。

ご参考までに、山本氏は、「自らも世襲議員である山本一太が、なぜ親子による議員独占に反対するのか!?」を3回にわたってブログに投稿しています。

余談ですが、親子が同時期に同じ県で国政の議席を持った例は過去にもあります。

例えば、中曽根弘文氏は、父康弘氏が総理大臣を務めていた1986年の衆参同時選挙に初出馬し、参議院議員となりました。同じく参議院議員の林芳正氏も、父義郎氏が現職の衆議院議員だった1995年に山口選挙区で初当選しています。また、河野太郎氏は、小選挙区制の導入で父洋平氏が地盤としていた旧神奈川5区が分割されたため、1996年の衆院選に初出馬しました。父は神奈川17区、息子は15区に棲み分けて、洋平氏が引退する2009年まで親子で衆議院議員を務めていました。

群馬1区に話を戻しましょう。

山本氏のブログのタイトルをよく見てください。

「群馬1区の現職議員、佐田玄一郎議員の公認差し替え問題が再燃!」

「再燃」ということは、すでに以前にも差し替え問題があったということです。

前述したように、佐田氏は、度重なるスキャンダルの発覚により、2014年衆院選でも公認差し替えを取り沙汰されていました。当時、自民党群馬県連前橋支部は、佐田氏の公認を見送る決定をしています。その際、康隆氏が出馬に強い意欲を見せ、財界もからも推す動きがあると報じられました。

このため、山本氏は自身のブログで、康隆氏の公認に反対する自論を20回近くも投稿しました。「衆院群馬1区、県連会長の長男擁立には断固反対する!:その1」では、「故郷群馬県で「同時期に親子が複数の国会議員の議席を独占する」ことには反対だ!(キッパリ)」と述べています。

この間、公募などは実施されませんでしたが、康隆氏は、県連前橋支部に公認申請をしたと言われています。最終的に、党本部が佐田氏の公認を決め、康隆氏は引き下がります。

そして、2016年に差し替え問題が再び持ち上がったのでした。

群馬1区の公認をめぐる争いは、昨今主流の公募形式ではなく、県連の選考委員会によって決められることになりました。中曽根康隆氏と尾身朝子氏とが審査された結果、尾身氏が選ばれました。佐田氏、中曽根氏ともにこの結果には納得しかねたらしく、その後も、それぞれ立候補の準備を進めていたようです。

特に、中曽根氏は、2度挑んで2度選ばれなかったという結果となり、相当こたえたようです。

選考に敗れた直後、自身のFacebookで「正直、こんなに大きな『我慢』をしたのは人生初めてでした。自分の爆発しそうな感情を理性で抑え込む毎日でした」と綴っています。続けて、「私の群馬、日本への想い、国政への志は以前にも増して強いものとなっています。この世界、一寸先も何があるかわかりませんし、今、あらゆる選択肢が目の前に広がっています」と、あきらめない思いを明かしていました。

しかし、衆院が解散されて党本部が尾身氏を公認すると、佐田氏は不出馬を表明。中曽根氏は無所属での出馬も辞さない覚悟と言われましたが、尾身氏との公認調整に応じ、最終的には比例北関東ブロックの候補として出馬し、初当選しました。

先にも述べたように、比例単独の候補は、原則として2回までしかチャンスがありません。康隆氏は、早く選挙区を手に入れないと、せっかく中曽根家に取り戻した衆院の議席を失うことになってしまいます。

そこで、次期衆院選において、中曽根vs.尾身のバトルが再び始まるというわけです。

●第三の男の影

ところが、面白いことに、この選挙区を狙っているのは、この2人だけではありません。現在、比例南関東ブロック選出の議員である上野宏史氏(清和会)も、チャンスをうかがっています。

上野氏は、開成・東大法学部・ハーバードケネディスクール修了の元経産官僚です。また、小泉内閣で官房副長官を務め、群馬を地盤としていた元参議院議員の上野公成氏の娘婿でもあります。

2010年の参院選比例区にみんなの党から初出馬して当選後、日本維新の会に移籍して2012年の衆院選に群馬1区から立候補しました。選挙区では佐田氏に大敗したものの、比例北関東ブロックで復活当選。2014年衆院選では無所属で群馬1区に立候補。佐田氏に7000票差まで迫りましたが、当選はならず。前回2017年衆院選では、引き続き群馬1区での立候補を模索しているとされていました。しかし、尾身氏の支援に回ることを表明し、自民党から比例南関東ブロックの公認を受けて当選しました。

さて、ここで上野氏の頭を悩ませるのは、比例単独候補であるということですが、実はそれだけではありません。南関東ブロック選出であるということが、より大きな問題なのです。というのも、そもそも上野氏の政治活動拠点は、義父の公成氏から引き継いだ群馬県です。また、実父は群馬1区に含まれる沼田市の出身です。ところが、南関東ブロックは、千葉県、神奈川県、山梨県で構成されていて、群馬県は含まれていないのです。

前述の山本氏は、2014年12月2日のブログに、「この際、ハッキリと言っておきたい。万一、上野ひろし候補が群馬1区の議席を確保するようなことがあったとしても、『当選後に自民党に入る』などということはあり得ない!(キッパリ)」と書いています。

上野氏は、過去に3度、野党候補として自民党と群馬で戦っています。自民党群馬県連には、そんな上野氏を受け入れがたい思いがあったであろうことは容易に想像ができます。そのため、党本部は群馬県を含む北関東ブロックではなく、南関東ブロックで遇することで折り合いをつけたのではないかと思います。

しかし、上野氏は未だに事務所を前橋市に置いています。これは「群馬1区をあきらめたわけではない」という意思表示に思えます。

このように、群馬1区は、中曽根、尾身、上野という現職の国会議員が、それぞれの思惑に沿って公認を狙うという、全国屈指の激戦区になっています。野党候補との本選よりも自民党内での前哨戦の方がはるかに苛烈であるという、あたかも高校野球における大阪府大会や神奈川県大会のような状態になっています。

●激戦の行方

現状では、二階幹事長が率いる志帥会に所属する中曽根氏と、前回選挙で公認候補となり当選した尾身氏の一騎討ちになっています。

朝子氏59歳、康隆氏39歳という2人の年齢を考えると、まず次の衆院選は尾身氏を選挙区で公認、その代わり、その次は中曽根氏を公認するという約束で収めることもあり得るような気もします。しかし、政界における約束は、一般社会以上にアテにならないものです。

実際に、康隆氏の祖父である中曽根康弘元総理は、小泉純一郎総理(当時)に約束を反故にされたことで政界引退を余儀なくされました。

康弘氏は、衆議院選挙が中選挙区制度から小選挙区比例代表並立制に移行する際に、当時の橋本龍太郎総裁から、比例北関東ブロックにおける「終身1位」を約束されました。その後、自民党は、2000年衆院選から比例区への立候補者を73歳以下とすることを決めます。しかし、康弘氏と宮沢喜一元総理だけは、73歳をゆうに超えていたにもかかわらず特例で対象外となりました。

ところが、2005年の郵政選挙では、小泉総理が特例を認めないとして、康弘氏と宮沢氏に引退勧告をします。康弘氏は「政治的テロだ」と強く反発しましたが、最終的には立候補を断念し、政界を引退しました。

康隆氏は、当然ながら、こうした祖父の無念をよく知っています。したがって、簡単には引き下がらないと思います。

長々と書き連ねてきましたが、このように、群馬1区は文字通り激戦の選挙区です。中曽根氏、尾身氏、上野氏と、それぞれ親(祖父)の代からの因縁を引きずり、小説にでもなりそうです。こうした中で、幹事長として差配する立場にある二階氏がどんな動きを見せ、どこに着陸させるのか、多いに注目です。

次回は、志帥会 vs 清和会のもう一つの選挙区、新潟2区を取り上げます。

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