2018/11/01 06:11 | 昨日の出来事から | コメント(0)
世界はオージー方式を見習え?!
今週号の英誌エコノミストに掲題に関する記事がありましたのでご紹介したいと思います。
アメリカに直面している最も大きな問題は何か? あるいは日本は? イギリスは?フランスは?
当然、意見は様々である。しかし、そうした様々な懸念は何度も現れては再び現れる。物質主義者の多くは、社会の中間層の所得が数十年に亘り低下してきたことを指摘し、その事が社会に対する幻滅を生み、労働者の中に怒りを生み出してきた。 財政緊縮派は、どうする事も出来ない高齢化に伴う社会保障の増加や年金などの公的財務の増加を批判する。また、移民問題が、アメリカやヨーロッパの人気取り主義者を駆り立てている。その多くは、様々な問題を如何にハンドルするかについての政治的コンセンサスの欠如に由来している。
所得の増加、低い公的債務、強固な社会保障、大量の移民対する素晴らしい支援、更には、こうした問題の下に横たわる広い政治的コンセンサスが出来ている事、多くの先進国ではこうした事は遠い夢のような話である。多くの西側諸国ではこうした問題を一つに束ねるなど殆ど不可能と考えている。幸いにも、それは夢ではない。何故ならば、現実にそうした国が存在する。 それがオーストラリアである。
恐らく、その国は、全ての国から遠く離れているかもしれない。あるいは、人口が、コアラなど有袋動物の数とさほど変わらない25百万人だからだと思うかもしれない。更には、この国はこれまでそれほど関心を惹かなかったからかもしれない。 しかし豪経済は間違いなく先進国の中で最も成功している。豪経済は過去27年間一度も景気後退することなく成長してきた。これは先進国の中で最長である。この期間の成長幅は、ドイツの経済成長幅の3倍であり、中間層の所得はアメリカの中間層よりも4倍以上の速さで上昇した。公的債務はGDP対比4%であり、イギリスの半分以下である。
確かに。こうした果実(経済成長)の中には幸運もあった。 オーストラリアは多くの鉄鉱石や天然ガスに恵まれ、経済大国中国にかなり近い位置にあり、その事が経済を押し上げた。しかし、健全な政治もそれを助けたことも事実である。1991年の前回の景気後退の後、当時の政府は健康保険、年金システムの改革を中間層により多くの負担を求めて改革をした。その結果、オーストラリアの政府支出は、GDP対比のシェアがOECD加盟国の半分以下に抑えることが出来、今なお他のOECD加盟国との格差はますます広がっている。
更に、特筆すべきことは、オーストラリアは移民受け入れに熱心である。全国民の29%は他の国で生まれており、その割合はアメリカの2倍である。また、オーストラリア国民の半分は、自らが移民、もしくは移民の子供のどちらかである。そしてその移民の大半はアジアであり、その事がこの国の人種融和を加速させている。アメリカやイギリス、あるいはイタリアと比べてみると、オーストラリアよりも極端に少ない移民数にもかかわらず、それらの国では敵意が広がり、選挙の大きな争点となっている。あるいは、日本においては、いかなる外国人移民の受け入れは政治的タブーとなっている。オーストラリアにおいては、自由党、労働党の両党とも優秀な移民を受け入れは健全な豪経済にとって必要不可欠としている。
勿論、欠点もある。オーストラリア人が自らの退職後に備えるべき個人投資ファンドは高額の手数料を取られ、本来得られる年金より少ない年金となっている。また、正規の手続きで渡ってきた移民に対しては歓迎する一方で、通常の手続きを踏まずに船に乗って亡命してきた人々に対しては、太平洋の孤島に隔離し、合法的な難民手続きの為に数年も待たなければならない。
更に、オーストラリアが為すべき改革で出来ていないことがある。それは先住民オーストラリア人が多くの不等差別に苦しんでいることであり、改革が遅々として進んでいない。更に地球温暖化がオーストラリアに大きなダメージを与えている。干ばつが頻繁に起こり、それは年々酷くなっている。にもかかわらず、オーストラリアは温暖化ガス排出削減に対して殆ど何もしていない。
オーストラリアの例(たとえ)は、不可能であると考えられている改革が可能であることを示している。アメリカの民主党は、(共和党が進める)高齢者を崖から突き落とすような公的年金や社会保障の抑制を批判している。オーストラリアでは、そうした政策に対して民衆寄りの政策を行ってきた。労働党は受給を増やす為に個人年金を強制的に労働組合に売り付け、それによって経営者は、労働者の為に投資ファンドに一定額資金を拠出する必要がある。また、労働党は、公的年金を抑制する為に、十分な個人貯蓄を出来ない人に限って公的年金を支払う事とした。
同様にして、文化的に違う大量の移民者に対する素晴らしい支援を維持する事が可能となった。しかし、その一方で、国境は監視され、タダでは入国できない事を選挙民が納得させる事が重要である(そうでなければ国民からの理解は得られない)。政治的には2大政党が大事である。 1970年代にベトナムから難民としてアジアから大量の難民を受け入れたのは右派政党であった(左派政党ではなかった)。
オーストラリアの政治システムは中央集権主義である。 全ての選挙民は法律によって投票しなければならない。そして、現在の政治に不満が無ければ(反対しなければ自動的に)与党に投票するようなっている。また、自分達の都合の為に支持者を投票所に集める必要もない。全ての人が投票場に向かうので、政治家は、勝敗の分かれ目だけ(どちらの政党に優勢になっているか)に集中する。オーストラリアでは、投票で候補者に優先順位を付ける「preferential voting システム」によって、ただ一人の候補を選ぶだけでなく、候補者の偏りを緩和する効果がある。
皮肉なことに、こうした利点が明白であるにもかかわらず、オーストラリア人は、この選挙のやり方に幻滅している。投票者は、自らが選んだ政府の有効性に疑問を呈している。最近の投票システムの効率化のおかげで2大政党に多くの議席を必要としなくなった(選挙区の整理が進んだ)。 にもかかわらず2大政党の得票率は1980年台に比べて20%も低下した(2大政党以外の投票が増えた)。選挙民の不満を感じ取っている政治家は、政争に明け暮れている。彼らは、新しい党首で選挙戦に立ち向うことで党勢を回復出来る事を期待して、常に首相を交代させる。与党自由党の中には、現在の首相ではないけれども、過去数十年に亘るコンセンサスを後退させるような移民削減を要求し始めた。今までのような大胆な改革は稀になってきた。世界の多くの国はオーストラリアから多くの事を学ぶことが出来る。オーストラリアも、また、(自らが手本となっていることで)より新しい途を歩むことが出来る。
クロコダイル通信は2019年12月末日をもって連載終了となります。
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