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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2012/07/22 11:13  | 昨日の出来事から |  コメント(2)

見かけ上の円高に騙されていけない!?


先週末のこのコーナーで「同じ為替レートでも本当は円安?!」といったテーマで、名目為替と購買力平価からみた為替レートを比較し、見かけ上の為替レート:名目為替レートが変わらないからと言って、ほんとに円の価値(購買力)も変わらないかと言えば、そうではないことをお話しました。 こうした見かけ上の円高、あるいは円安になったからと言って、それが、輸出企業の業績を本当に悪化させるかどうかの議論は、名目為替レートの比較だけでは不十分で日本と相手国の物価を勘案した購買力平価でみた為替レートで考えるべきであることをご紹介しました。

にもかかわらず、前回も指摘しましたが、日本では多くの場合、為替市場で取引されている為替レート(名目為替レート)だけを見て「歴史的な円高!」と、マスコミや企業の経営者は大騒ぎします。 また、最近ではちょっと変わった発言もあって、それは「為替が円高でも日本の企業と日本人が頑張っているおかげで日本は今もって貿易黒字ではないか!この程度の円高は、日本にとっては貿易黒字も確保できるし、その上、円高によって日本円の価値を高めて(我々の資産価値を高めてくれるので)、むしろ円高の方がありがたいのだ!」というのです。

今日は、こうした「見かけ上の円高で大騒ぎする」マスコミと経営者の性質(たち)の悪さと「円高でも貿易黒字だし、むしろ円高はありがたいのだ」と言っている人の性質(たち)の悪さについてお話したいと思います。

まず、 外国為替市場で円が買われて円高になって「こんな円高になっては輸出してももうけることが出来ず、今後、これ以上の円高では企業経営が立ち行かなくなる」といっている経営者の性質(たち)の悪さについてお話します。

先週もお話した「同じ為替レートでも本当は円安?!」のコーナーでも、こうした経営者の発言が「如何に変であり、何か裏があるに違いない」ので、私たちはこうした大企業の経営者の発言には非常に注意を払う必要があると申し上げました。

そのことを、例えばトヨタの車を輸出するケースを使ってお話しします。 先週末と同じように、2008年の豪ドル/円の為替レートと2012年の為替レートが80円で同じであったとします。
その時、トヨタの車がオーストラリアでは25,000ドルで販売されていたとします。この車をトヨタのオーストラリアの子会社で生産すれば10%の利益2500ドルの利益があったとします。

一方で、日本のトヨタでこれと同じ車を生産し、これをオーストラリアに輸出してオーストラリアで販売する価格が200万円であったとします(利益率は10%で20万円とします)。 この時の為替レートは1豪ドル=80円なのでこの200万円で作った自動車は、豪ドルに換算しますとやはり25,000ドルになり、その利益は、豪ドルでは2500ドルとなります。

そして、前回と同じように日本の物価が2008年と2012年の期間のインフレがゼロとすると、この間の物価水準は変わりません。 一方で、オーストラリアではこの期間に物価が15%上昇したとします。 するとオーストラリアのトヨタの子会社で作った車は、原料費や人件費などのコストも15%上昇していますので、販売価格を28,750ドルに設定しないと、2008年の時と同じ利益率を確保することが出来ません。 このことはオーストラリアの同業他社の車でも同じとこが言えますので、オーストラリアの同業他社の車の販売価格は2008年に比べて販売価格が15%上昇しています。

さて、その一方で、日本で生産した車は、日本の物価や賃金は変わりませんので(インフレがゼロなので)、やはり2008年と同じ水準である200万円でオーストラリアに輸出することが出来ます。 これをオーストラリアの市場で25,000ドルで売っても構わないのですが、同業他社の車が2008年に比べて15%高く値段を設定して販売しているので、これを15%高い28,750ドルで販売しても2008年と同じ価格競争力で売ることが出来ます。即ち、2012年においては、トヨタは、日本の工場で生産してオーストラリアに運んで売れば、2008年に比べて15%も超過利潤が出るのです(通常の利益に加えて15%も貿易黒字が出ます)!

逆の言い方をすれば、トヨタとしては名目為替レートが1豪ドル=69.56円になるまでは(2012年の円の為替レートが豪ドルに対して15%高くなるまでは)、オーストラリアのトヨタの子会社で生産して販売せずに、日本のトヨタで生産してオーストラリアで販売する方がより多くの利益が出るのです。

事実、昨年、トヨタはオーストラリアの子会社の人員整理を大幅に行いました。 そして、その代わりに日本からの輸出を増やしたと思われます。 何故ならば、購買力平価からみた為替水準は円安なので、そうすることによってより多くの超過利益が出るからです。

にもかかわらず、輸出企業の経営者は、見かけ上の為替水準を取り出してきては「こんな円高では企業経営が成り立たない!」というのはどうしてでしょうか?

考えられることは、

(1)「円高で儲からない」と叫ぶことで、賃金やボーナスを引き下げて更なる超過利益の拡大を図る。 もしくは、見かけ上の円高を理由に下請け企業に更なるコストダウンの圧力をかけることで利益の拡大を図る。

(2)円高だから損をしているのではなく、実は同業他社との競争に負けて損をしているにもかかわらず、そうは言わずに見かけ上の円高のせいにし責任逃れをしている。

(3)見かけ上の円高で「大変だ!」とマスコミを誘導し、更には政治家にまで圧力をかけて、補助金や税金の優遇などの便宜を計らせて利益を極大化を図る。

(4)実は、見かけ上の円高に留まらず、購買力平価で比べた為替水準も円高になっているために利益が本当に出ない(このケースのみが名実ともに「円高だから儲からない」という理屈が当てはまります)。

等々が挙げられます。

このように、輸出企業にとって、「為替市場の円高=企業業績の悪化=企業経営の大幅な赤字」という公式には必ずしもならないのです。 何度も言いますが、こうした公式が成立するためには、購買力平価からみた為替の水準が円高になった時にのみ成立するのです。

次に性質(たち)の悪い話として、私の身の回りでも見かけるのですが「こんなに円高になっても日本は貿易黒字が出ているじゃないか! そして、円高によって円の価値(日本の国力)が高くなっているのだから、こんな結構なことはないではないか!円高のどこが悪い!!」と言って回る人のお話です。

こういった話には、私に言わせれば最低でも2つの間違い(場合によってはそれ以上の間違い)を抱えて込んでいる上に、人を攪乱(かくらん)させる性質(たち)の悪さがあると考えています。 まず、一つ目の間違いですが、「こんなに円高になっても貿易黒字が出ているではないか!」の部分ですが、確かに見かけ上の為替レートが円高になっているにもかかわらず貿易黒字が出ており、それは企業努力によって利益を確保した部分もあることを否定しませんが、それ以前に、その根底には、購買力平価からみた為替レートでは「円高」ではなく「円安」になっているが故に貿易黒字が出ている部分が大きいのです。 したがって、正しくは「購買力平価による為替レートが円安だから、貿易黒字が出ている」というべきです。

そして、2つ目の間違いは「円高によって円の価値(日本の国力)は高く維持できているのだから、こんな結構なことはないではないか!円高のどこが悪い!!」のくだりですが、これも間違いです。 正しくは、「見かけ上は確かに円高であっても、購買力平価でみた為替レートでは円安になっており、円安によって円の価値(日本の国力)が低下しているのだから、こんな不幸なことはない!!」というべきです。

読者の皆様! 見かけ上の円高に騙されてはいけません!!
私たちの手元にある円の価値(購買力平価化からみた価値)は対米ドル、対豪ドルに対して既に大幅に円安(目減り)なのです(期間の取り方によってはユーロに対しても)!

それが証拠に、5年〜10年前に買えた外国の商品が、あれから日本円が見かけ上は円高になったにもかかわらず、今、当時の日本円の値段(価値)では買えないではありませんか!これは、即ち、購買力平価からみた円の価値が低下している(円安になっている)為に外国の商品が買えないことを意味しているに他なりません。

それは、何もフランスやイタリアの高級バックやドイツの高級車がブランドだから値段を高く設定されている為に買えないのではありません。 だって、オーストラリアのスーパーの牛乳1本ですら当時の日本円の値段(価値)ではもう買えないのですから!!

これを円安(円の購買力の低下)と言わずして何でしょうか?!

クロコダイル通信は2019年12月末日をもって連載終了となります。
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2 comments on “見かけ上の円高に騙されていけない!?
  1. godzilla より
    実感と違う

    言いたいことの本筋はわかりますし、一部真実と思います。ただ、論理の基盤となっている「購買力平価」ってそんなに信頼できますか。物価って為替や株価なんかと違って、国が違うと、瞬時に裁定が働かない気がしますが。

    最近欧米で(ブランドものなど)買い物すると、「こんなに安く買えるのか」という感じです。20年前の円高の時と同じ感じか、それ以上お買い得感が高いです。日本国内の価格設定が1ユーロ140−150円くらいのままなんですよね(1ドルも同程度のレートか)。

    そういえば、米国でバスの運チャンから人民元紙幣を見せられて「これは円だよね。最近円高だからどのくらいの価値あるのかな。」と聞かれ、「それは中国のお金ですよ」というとがっかりされたりしました。なんだかんだいって、円が欲しい人が居るんだな、円高なんだなと実感した次第です。

    豪州は資源国で為替レートが高めに推移しておりますので(そのお陰で日本から見ると、外貨投資で一番上手く運用でき有り難いです)、そちらに長くお住まいのために、少し実体とずれた認識をお持ちなのではないかと感じてしまいます。

  2. あしゅ より
    (^-^)//\"\"パチパチ

     またもや2回に渡り、非常に判り易い解説、ありがとうございました。

     購買力平価(マクドナルド指数)の考え方はとうの昔にグッチーブログで教わっていたにも関わらず、日本がデフレで相手国がインフレの場合の、ある期間後の比較ということを考えていませんでした。
     なるほど、名目レートが同じでも(同じでは)実質円安ということですね。

     また、リーマンショック後にある自動車大手は期間工の契約をせず、社員さえ減らし、下請けからの部品代を大幅にカットしたと聞いています。ところが、半年後には空前の大黒字決算だったことを思い出すと、(1)から(3)まで、全部当たっているのだろうと思います。

     何かと言うと円高だから…という輩にこの2回分は印刷して読ませたいですw

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