2017/06/15 06:17 | 昨日の出来事から | コメント(0)
クォンツ 対 クオーク
先々週号の英誌エコノミストに掲題に関する記事がありましたのでご紹介したいと思います。 クォンツ(quants)とは金融市場を分析する統計的な計量分析手法を指し、クオーク(quirks)とは予期できない出来事を意味します。 今回は、そのサブタイトルとして「マーケットとそれを分析する研究は同時並行的に変化する」を掲げています。
諺に「いいネズミ捕りを作っても、ネズミ捕りに使う家が変わってしまう」がある。 また、株式市場でより高いパフォーマンスを出そうとしても、新しい高速鉄道が出来れば、その関連株式の上昇にはかなわない。 投資家が株式市場で収益目標を設定する際には、アカデミックな手法を用いる。しかし、たとえそうしたものを設定しても、マーケットとアカデミックな手法が同時並行的に変化してしまう。
「金融市場は効率的である」という考え(市場効率化説)は1960年代から1970年にかけて世界に広く知れ渡った。この仮説は全ての当該資産にかかる情報は、直ちにその価格に反映されるというものである。ただし、残りのごくわずかな部分においては、そのデータに基づいてトレーディングされる。この仮説の定義によれば、価格が動くとすれば、事前に知らされることにない新しい情報やニュースが市場に供給された時に動く。 よって、それ以外の株価の変動は「random walk:何の根拠もない動き」となる。確かに、「Random Walk」という書籍がウオール ストリートでベスト セラーになったこともあった。
この考えは「インデックス追随型ファンド」の創設に大いに役立った。 このファンドはS&P500に連動する株式を単純に買って保有するだけのファンドであり、1970年代には小さなファンドに過ぎなかったが、その後は着実に成長し、今や全ファンドの20%近くにまで規模が拡大している。
しかし、この効率化仮説は、これまでに何度も苦難に直面してきた。1987年10月に1日で23%も暴落した時、投資家が、何故、市場効率化説や本来の正常な株の価値を測る手法を突然放棄したのか、その理由を見つけることは困難であった。 ノーベル賞を受賞したエール大学のRobert Shiller氏は「トレーダーがファンダメンタルズ データや投資家から預かった資金の流れを正確に予測できたとしても、株式の価格変動は、本来あるべき変動以上に値ブレが大きい」と述べている。
また、為替市場においても別の例を見ることが出来る。Sushil Wadhwani氏が1999年にヘッジ ファンドをやめてイングランド中銀の金融政策委員会(MPC:Monetary Policy Committee)に参加した時、彼は、イングランド中銀が行っている通貨の動きを予測する手法に仰け反った。中銀は、為替水準予測にいわゆる「uncovereted-inerest parity: 金利差パリティ」という手法を使っており、それは、二国間の為替レートはそれぞれの通貨の金利差によって決まるというものであった。確かに、この手法は為替レートの今後の予想には最善である(しかし、実際はそれだけでは不十分である)。
Wadhwani氏は、中銀がこのアプローチを使っていることに驚いた。と言うのも、これは多くの人々が、キャリー トレード(安い金利の通貨で資金を調達し、高い金利の通貨を保有するトレード)と同じ考えだったからである。 もし、中銀が非常に資金を保有しているならば、こうしたトレードは収益が上がる筈がない(中銀の資金供給によって為替水準が一気にパリティ(金利差によって計算された為替水準)に収束するからである)。
にもかかわらず、金融に携わる多くの人々は、市場効率化説であれば収益が上がることがないはずのマーケットから収益を上げる事が出来ると考えている。また、理論的にはマーケットで収益が上がらない宿命であるにも関わらず、トレーダーや投資家が収益を上げようと努力をするのは何故か?
その一つの答えとして、AQRというファンド マネージメント会社で働いていた研究者Anti Ilmanen氏は「マーケットは、「効率的に非効率になっている:efficiently inefficient」と述べている。別の言い方をすれば、平均的な参加者は市場から収益を上げる事は出来ない。 しかし、もしあなたが儲ける為に十分な資金とコンピューターを投入する事が出来るならば、収益を上げることが出来る。
これは、巨大投資ファンドが誕生する理由を説明している。 あるいはコンピューターを駆使して効率市場化説では説明できない現象をアノマリー(異常)としてそれを収益に結び付ける計量数学を使ったファンドが誕生する理由を説明している。一つの例が、相場の方向を排除した手法で、株式において、1つの買われ過ぎている株を売り、別の出遅れている株を買って、将来的にこの差が縮小する事を期待するトレードがある。
最近、専門家の中で知られている新種のファンドに「スマート ベータ;smart beta」がある。これも市場内のアノマリーを開拓するファンドであるが、これもある意味、既存の方法を真似たファンドとも言える。 具体的にはファンド マネージャーが会社の役員にインタビューをして、将来的に当該株がアウト パフォームする事を期待して資金を投入する事である(通常の状態から、将来的にアウト パフォームすることを期待するファンド)。
いずれにせよ、どちらのファンドもアノマリーがあった(もしくはこれから起きる)に収益機会を見出しているが、こうしたアノマリーが発生するには次の3つの可能性がある。
1つ目は、アノマリーは統計的には予測できない。例えば、過去の膨大なデータを集めて、ある株が雨の日の月曜日に株が上昇する事を発見しても、それが将来にわたり続くとは限らない。
2つ目は、アノマリーは、リスクに対するリターンであると捉えることが出来る。小型株は上昇すると大きなリターンを生むことがある。 しかしそうした株は流動性が低い。つまり、あなたが売りたいと思った時、こうした小型株は売却により困難が伴う。Eugene FamaとKenneth Frenchnの両氏は、こうしたアノマリーを3つの要因で説明している。即ち、それは会社の規模であり、資産に対する株価(value effect)、そしてボラティリティ(株価変動)である。
3つ目の可能性は、収益が予測不可能な行動を反映してアノマリーとなるケースである。つまり投資家が予想もしなかった大きな収益を企業が計上した時、こうしたアノマリーが起きる。しかし、企業活動は常に変動する。Wadhwani氏は「企業業績の発表の日の値動きは、20年前に比べて、その後の値動きに対してより大きくなる意向がある」と述べている。 言葉を返せば、投資家は、こうした情報により早く反応するようになった。キャリー トレードも以前ほど収益が上がらなくなった。Ilmanen氏は「スマート ベータの収益も今後、低下するであろう。そして今や、ストラティジー 取引(自らで組み立てた手法)がより人気になってきている」と述べている。
マーケットが変われば、それを研究するアカデミックも変わらなければならない。多くの現在のリサーチは、アノマリーや合理的には説明の出来ない現象(quirks)を中心になされている。MIT(マサセッチュ工科大学のAndrew Loが提唱している「適用市場仮説:adaptive-market」の中で、「市場はある意味で進化(evolution)に似た発展をしている」と述べている。 投資家やトレーダーは、儲かると期待できるストラティジーを追及している。 その中にあって、彼らは時として収益を上げ、あるいは別の機会には損をしている。
こうした中、一つの劇的な事が起こった。それは2007年8月の「クォンツ地震:quants quake」である。 これは、モーゲージで発生した損失によって、一人のファンド マネージャーが管理するファンドの運用ができなくなったことから、一気に不安が拡散してコンピューター ストラティジーが停止した(BNP アセット マネージメントの運用停止に端を発したサブプライム ローン問題の事)。この出来事は、クォンツ アプローチの危険性を如実に示している。もし、コンピューターが同じデータを世界中に拡散させれば、ファンド マネージャーは同じ株を同時に買いに行くことになるかもしれない。また、現在のアメリカの成長株であるテクノロジー会社の株は、他の世界的な株の価値に比べて割高である。それは、まるでドットコム バブルの様である。 もし、現在の相場のトレンドが変わったらどうなるか?何の数学的な根拠もない中、全ての人がパニックに陥っている中、どうやって買い手やトレーダーのポジションを見つける事が出来るのであろうか。
クロコダイル通信は2019年12月末日をもって連載終了となります。
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