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The Gucci Post [世界情勢・政治・経済金融 × プロフェッショナル]

2012/04/10 05:59  | 昨日の出来事から |  コメント(0)

南スーダン人とボツワナ人の会話


おはようございます。

日本は、ほとんど単一民族で構成されていますので日本の読者の皆様には、なかなかそうした機会はないと思いますが、私の住むオーストラリアは世界中から移民と難民を受け入れている国で、先日も、ひょんな理由で、南スーダン難民とボツワナから留学してきた人を会話をした時のお話をしたいと思います。

南スーダンからきた27歳の青年は、1994年に僅か11歳でオーストラリアに難民としてオーストラリアに受け入れ、その時は、父親と兄弟の一人が紛争で死亡、母親と幼い弟を南スーダンに残して姉と本人の2人だけで、オーストラリアに渡ってきたとのこと。 来た同時は言葉も分からず文化も全く違い、その後、現在に至るまで大変な苦労しながら大学に入り、大学では外交を先行して卒業したのですが、いくら難民を受け入れるオーストラリアの社会でも、いざ仕事となると隠然と様々なハードルや差別があるのがオーストラリアでして、なかなか本人の希望する仕事にはつけないのが現実でした。

一方で、同じアフリカでもボツアナから国費留学してきた学生は、同じく国際関係論を専攻し、いずれはボツアナの外務省関連の仕事を約束されているので、物腰や話し振りは何処かの国の官僚と似たところがあり、少し鼻につくものがありました。

さて、前置きはさておき、この二人がお互いに一杯のカプチーノを片手に延々と熱く語りはじめたのが、南スーダン問題であり、アラブの春の問題に絡んだ自由と民主主義に関する議論で、「何故、南スーダン情勢は良くならないのか?」と問いかけては、それは宗教の違い、民族の違い、老人と若者の世代間の違い、等など、聞いていた私にはちょっと青臭く、しかもその議論のレベルが浅くて聞いていて恥ずかしくなるほどでしたが、それでも、「こんな議論すら、つい、最近まで彼らには(弾圧や言論統制で)ありえなかった話なんだなあ」と、我慢して聞いていたのですが、それでも、だんだんと、彼らの議論があまりにも地につかない上辺だけでの議論に次第にいら立ちを覚え始めたのでした。

結局の処、何に腹が立ってきたかと言えば、彼らの議論は、あくまでも大学の授業の中でも議論の域を出ず、小田原評定よろしく実際の現地の事情やそれぞれの言葉に表せない様々な要因を無視して(あるいは知ろうともしないで)議論していたからです(恐らく、多分にボツアナ官僚留学生の議論の進め方に影響されてしまっているところが大のような気がしますが)。

それでも、延々と続いた取りとめもない話が終ろうとした時、南スーダンからの難民青年が、帰り間際にポツリと言っていたことだけは私の心に響きました。 それは、「南スーダン紛争問題の本当の問題は、「支援」と称して当事者とは全く関係ない国や組織が多く入り込んで却って事態を混乱させている、、、、関係ない奴は出ていって欲しいんだ!」

それを聞いた私は、「東日本大震災の復興も、そんな事にならなければいいのだけれど、、、」と、ふと頭をよぎりました。

クロコダイル通信は2019年12月末日をもって連載終了となります。
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