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The Gucci Post [ぐっちー編集長の金融・経済を中心としたオピニオンブログ News Paper]

2019/03/17 12:11  | コラム |  コメント(1)

明治維新の疑問76

我々は薩長連合と気楽に呼ぶが・・龍馬が中を取り持つ犬猿の仲・薩長同盟なんて何処にもない。書証もない。自然発生的に誕生して・・そのままズルズルと深い仲になったのだろう。今では専門家も薩長連合は無かった・という論者の方が多いそうだ。

英国の長崎領事ガウアーが・・ラッセル外相に送った報告では・英国から帰国した伊藤博文と井上聞多が・薩摩藩家老小松帯刀の庇護を受け・薩摩藩士として薩摩藩邸に滞在している。龍馬の骨折りで薩長同盟が誕生した・と言う伝説が誕生する半年前の一月の目撃だ。この目撃報告は第一級の資料だ。

長州は薩長同盟と残る以前から・・薩摩藩名義で・グラバーから多量の武器を購入している。
薩摩藩は・・第二次長州征伐以前から・裏では英国と共に長州支援に乗り出していた。誰が考え出したか知らないが・・今でも信じられている薩長同盟は・ドラマや映画用の幻の同盟でもある。

幕府の第二次長州征伐が進行する中・・英米仏阿蘭陀による4ヵ国による「四国共同覚書」が成立した。日本内戦に対する厳正中立の尊守と絶対的不干渉・密貿易の禁止が盛り込まれていた。明らかに英国に対する牽制だった。
英国の長州に対する武器支援・グラバーを使った武器密輸は・・露骨だった。

慶応元年・1865年7月長崎で伊藤・井上が・グラバー商会から大量のミニエー銃ゲーベル銃を買い付け・総計8000丁と言われている。その代金は1丁10両としても・8万両になる。密輸である以上相場より高くついた筈だ。

鈴木壮一著「開国の真実」によれば・その時グラバーは伊藤達に100万ドルの信用貸与(融資)を申し出たらしい。この時期のグラバー商会の決算書によると・同社はジャーディン・マセソン社に
38万ドルの負債を抱えていて債務過多に陥っている。100万ドルの融資を出来る筈がない。

ここで非常に興味深い指摘が生きる訳だ。あくまでも憶測にすぎないが奇妙に一致がある。
長州藩の外国船砲撃賠償金だ。この金は幕府が支払う事になっていて・その第一回分50万ドルが支払われたのが・同じ7月だ。

その3月前の4月・幕府もグラバー商会から大砲35門と砲弾を購入・6万ドルの手付金を支払った。グラバー商会はその金を薩摩藩に回したことが後に判明している。グラバー商会は金だけ受け取り・幕府に大砲を渡すのを渋ったりした。

幕府は清国と違い賄賂が効かなかったし・有能でもあった。外交能力も備わっていた。
グラバーのアドバイス?で・・村田蔵六が上海で藩所有の艦を売却・小銃を仕入れて帰国した事も・密輸と密入に該当し通商条約に違反する上に・「四国共同覚書」にも抵触した。幕府の外国奉行筋が・・この違法行為を探知し・米国商人ドレークが協力した事を突き止め・米国公使館に厳重に抗議・関係者の処分を要求した。
その結果・7月に米国公使ブリューインは解任された。多分目障りだったブリューリンを追い出す罠に・グラバーは使ったのだろう・・・
( ^ω^)

One comment on “明治維新の疑問76
  1. おののののか より:
    武器・資金

    よく映像では薩長同盟の文書に竜馬が署名する場面が出てくる。笑 誰が最初に考えたか。

    英国は植民地に手慣れていて、この手の資金・武器の使いまわしは得意だ。divide & ruleも十八番だ。南北戦争で米国に供給した武器が、そろそろ日本に回ってきて、戊辰戦争でもうひと稼ぎすべく、使ってくれということになったようだ。戊辰戦争はやめろという勢力は、蹴飛ばされてしまった。

    薩長軍は・・江戸城明け渡しで・城内に備蓄してあった・徳川軍の
    武器弾薬・引き渡された軍艦で戦った。将軍のお陰です・・・
    ( ^ω^)

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