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2019/03/16 11:36  | コラム |  コメント(1)

明治維新の疑問74

孝明天皇は異人嫌いではあったが・攘夷の心情は変わらなかったが・だからと言って・討幕する積りは毛頭なかった。大政委任を解除する積りは毛頭なかった。鎌倉幕府以来700年間朝廷は・実務の経験が皆無だった。象徴として君臨しているだけだった。言わば・・政治の下請け機関の幕府を信頼していた。この固い信頼が・・帝の命を縮めたのかも知れない。

長州は明らかに鬼っ子だつた。それを関ケ原以来の怨念の所為だと捉えるのは・・簡単だが・それが強迫観念となって・反幕府というマグマがエネルギーになっていた。言わば狂信的な藩とも言えた。
天皇を最大限利用する存在とするしか・・見做していなかった。長州藩は全力を挙げ・朝廷に食らいつく戦略だった。

孝明天皇は・・偽の勅諚を乱発して・不可能な攘夷行動に猛進する長州一派に対し・危険を感じられ・8月18日以前の勅は総て偽物であり・18日以降に申し出る事が・真実の存意であると・在京の大名達に明らかにされた。
更に長州に担がれた中心人物・三条実美を指して「重々不埒な国賊」と怒りを表された。

そのような言葉で怯む長州ではなかった。彼等は天皇を玉と呼び・玉を抱くとか玉を転がすと表現で・天皇を道具として見做していた。

木戸孝允は大久保利通に「玉を奪われ候では・実に致し方なしと甚だ懸念」と語っている。
又木戸は品川弥二郎(長州藩士・従二位勲一等子爵)宛の手紙で・
「うまく玉をわが方へ抱え奉り候御義・千歳の大事にて・自然万々が一もかの手に奪われ候ては・
たとえいかように覚悟仕り候とも・四方志士壮士の心も乱れ芝居大崩れと相成り・三藩の亡滅は申すに及ばず・・」
と書いている。

このリアリティに幕府は破れる事になる。天皇が玉なら邪魔になれば簡単に壊せる。玉を奪われた幕府は・・結局滅びる事になる。明治はこの長州の狂気が主流として・・日本を昭和の敗戦に引きずり込まれる事になる。

長州が京から放逐され・平成を取り戻せたのも束の間・翌年元治・1864年には長州の過激派は京に潜入していた。御所の焼き討ち・孝明天皇の長州拉致・幕府要人の暗殺等・雷撃的なクーデター計画を潜めていた。明らかに幕府の転覆を計画していた・・・

( ^ω^)

One comment on “明治維新の疑問74
  1. おののののか より:
    札付き長州

    まあ武士だから天皇を玉扱いしても不思議ではないが、そいつらが維新の近代国家で、尊皇イデオロギーで国家神道を設計したのだから呆れる。過激派はすぐ腐敗するということもあるし、デモの時にも過激派は入ってきて暴徒と化すのはよく見るところだ。警告する者もいたが、英国の意向もあり官軍に潜り込んでしまった。

    そんなやつらが帝国陸軍で、天ちゃんがな、いろいろ言っているらしいが・・・とか言って、統帥権を盾にして暴走して行く。

    総ては幕末にあり・・だな・・・
    ( ^ω^)

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